凍 の商品レビュー
勇気とは何か。恐怖心を生まれつき感じにくい人もいるようだ。 登山家の功績は勇敢さと結びついていると思っていたが、これを読むとむしろスポーツなのだと思う。 生まれながらに恐怖心が強いか弱いかある程度決まっているとすれば、自分より恐怖心が強い(ビビリ)人もいて当たり前だし、そのような...
勇気とは何か。恐怖心を生まれつき感じにくい人もいるようだ。 登山家の功績は勇敢さと結びついていると思っていたが、これを読むとむしろスポーツなのだと思う。 生まれながらに恐怖心が強いか弱いかある程度決まっているとすれば、自分より恐怖心が強い(ビビリ)人もいて当たり前だし、そのような人にも厳しく考えるのはやめようとも思えた。 山野井夫妻はそこをわかって尊重し合っていたのが良かった。 とにかく沢木耕太郎の読ませる力が凄まじく、他にも読みたくなった。ノンフィクションでここまでのめり込むのは久しぶりかも?
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素晴らしいの一言。 山野井康史と妙子という類い稀ないクライマーの凄さは言うまでもないが、それを見事に表してる主観と客観の中間ぐらいの文章が心地よく読みやすい。 目の前に山があるかのような臨場感。そして何より人間の極限状態の凄さ、生命の凄さを思い知る最高ノンフィクション。 冒険探検...
素晴らしいの一言。 山野井康史と妙子という類い稀ないクライマーの凄さは言うまでもないが、それを見事に表してる主観と客観の中間ぐらいの文章が心地よく読みやすい。 目の前に山があるかのような臨場感。そして何より人間の極限状態の凄さ、生命の凄さを思い知る最高ノンフィクション。 冒険探検自叙伝最高峰は植村直巳の「青春を山に賭けて」と思っているが、第三者が書いた自叙伝としてはこの「凍」が最高峰かもしれない。
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極限の環境の中での登山をし、大トラブルにあうものの、驚異的な精神力と夫婦の連携のもとになんとか帰還する山野井夫婦の話。登山界では有名な方たちなのだろう。この本を読むまでこんな夫婦がいるとは知らなかった。 沢木耕太郎が2人から長い時間をかけてインタビューで聞き出して時系列で再構成...
極限の環境の中での登山をし、大トラブルにあうものの、驚異的な精神力と夫婦の連携のもとになんとか帰還する山野井夫婦の話。登山界では有名な方たちなのだろう。この本を読むまでこんな夫婦がいるとは知らなかった。 沢木耕太郎が2人から長い時間をかけてインタビューで聞き出して時系列で再構成している数日間の記録はとにかく壮絶で活字を読みながら背筋が寒くなる。 最後には沢木自身も「登山経験の無い中年男性」として一人称ではなく三人称で登場するのはご愛嬌。 ——- 読み終わった本をFacebookで「どなたか進呈します」投稿をして本棚を圧縮しているのだけど、お向かいの先輩から代わりに頂いた(お借りした?)本。良い本を教えて頂いた。
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7,000mの世界を体感できます。 とんでもないスケール感です。 ご夫婦ですが、山のパートナーとしても素敵なご関係だなと思います。死を感じさせるシーンもありましたが、山においての死に対する考え方がお二人の間での暗黙のルール的なものなんだろうな。お二人だけじゃなくて、7,000m...
7,000mの世界を体感できます。 とんでもないスケール感です。 ご夫婦ですが、山のパートナーとしても素敵なご関係だなと思います。死を感じさせるシーンもありましたが、山においての死に対する考え方がお二人の間での暗黙のルール的なものなんだろうな。お二人だけじゃなくて、7,000mを超える登山界では普通なのかも。 下山後のお話もお二人の人間性が見えてとてもよかったです。
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極限の山岳遭難の描写が見事で、その中で次々と究極の選択を迫られる人間の判断と感情の機微が凄まじかった。地球上で人が存在できる場所で最も過酷な環境の中、一つ一つの判断が生死に直結し、事後にしかその判断の正解がわからない状況で繰り返される命すら選択肢の一つに入れながら、突き進む二人の...
極限の山岳遭難の描写が見事で、その中で次々と究極の選択を迫られる人間の判断と感情の機微が凄まじかった。地球上で人が存在できる場所で最も過酷な環境の中、一つ一つの判断が生死に直結し、事後にしかその判断の正解がわからない状況で繰り返される命すら選択肢の一つに入れながら、突き進む二人の姿に震えが止まらなかった。この小説からのは「人間の強さ」を一番に学ぶことができた。この本に出会わせてくれた二人の主人公と著者に感謝したい。
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先ず抜群に面白かった。何が面白いのかを考えながら本の8割程を読み進めた時に、この小説がノンフィクションであることを知り、合点がいく。あらゆる描写が生き生きとしており、山野井泰史と山野井妙子の2人がどのような人物なのかを、説明ではなくその描写によって伝えてくれているのだと。何故、登ったこともないギャチュンカンの景色をここまで想像することができるのか。勿論、2人の生き様あってこその作品であることに違いはないが、今回はその生き様を現す文章表現に強く惹かれてしまった。これは2人の極限状態に関する(そしてそれ故に情報が時に欠落する)インタビューだけでは作り上げられるものではない。綿密な情報ソースの収集、2人以外への取材、そしてそれらを起点とした想像等を組み合わせなければ、恐らくは辿り着けない表現なのだろうと感じた。以下に記載したような、時に普遍性を持つポイントも、そうした綿密な描写の中に埋め込まれているからこそ際立つ。ある種、良い定性調査の手本ともなるような表現と思う。 特に印象に残った箇所は以下 ・わからなさは、危険と隣り合わせだということでもある。しかし、同時に、自分の未知の力を引き出してくれる可能性もあるのだ。困難な壁に全力でぶつかっていったとき、初めて自分の力を感じることができる。それに、すべてがわかっており、まったく安全だというなら、登る必要がない。もちろん、そうした山を必要としている人がいることは理解できる。しかし、少なくとも自分が求めているものではない……(p.21) ・この圧倒的な壁を前にして、登るための一歩を踏み出せるかどうかは、勇気の問題である以上に自分の力量に対する信頼の度合いによる。自分の力量を信じられたとき、押しつぶされそうになる恐怖に耐え、一歩を踏み出すことができるのだ(p.159) ・失敗しても失敗しても登っているうちに、あるとき脳のどこかが、ここは登れると思うようになる。そこと手足の神経が結びついたとき、登れなかったはずのところが登れるようになるに違いなかった(p.339) ・(解説文に於いて)彼らが確保している自由の中で大事なのは名声からの自由である。つまり名声を求めないこと。そういうものに振り回されないこと(p.363)
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※このレビューにはネタバレを含みます
「人間という生き物はこんなに強いのか」 読み終えて素直にそう思う。 クライマーの山野井泰史さん・妙子さん夫妻が、ギャチュンカンという山の壁に挑むノンフィクション小説。 リアルで力強く、痛々しい描写で、読んでいる私もグッと体に力が入った。 山野井泰史さんの登山に対する姿勢として、このように書かれている。 > **困難な壁に全力でぶつかっていったとき、初めて自分の力を感じることができる。それに、すべてがわかっており、まったく安全だというなら、登る必要がない。もちろん、そうした山を必要としている人がいることは理解できる。しかし、少なくとも自分が求めているものではない…。(p21)** > 私は新事業の立ち上げに関わっていたが、少しだけ同じような思いでいた。 社内で誰もやったことがないことに挑み、それを楽しんでいる。 挑んで初めて、自分の身の程が知れる。 自分の力を信じて、他人や文明の力をできるだけ借りずに登る山野井さんたちの姿勢は、羨ましくあり、憧れる。 しかしこれほどのエネルギーを持って何かに向き合えるか。 もうそれだけですごいことだと思う。 登山が好きだとは言え、自分の身体の機能を失ってまで続けることは、容易じゃない。 山野井さんは、絶対絶命の危機に、「諦めたら死ぬ。でも俺たちは諦めないから死なない」というよなうなことを言っている。 そして妙子さんと力を合わせて、その場その場で冷静に判断し、決して諦めずに立ち向かい、無事に生還を果たす。 ギャチュンカンから生還した直後、山野井さんが登山を辞めようという気持ちと裏腹に、もう登山はできないというものがなしさがあったというシーンには、言い表せない気持ちになった。 自分には、これだけエネルギーを注ぎ込める何かがあるだろうか。 今は自分の携わっている新事業立ち上げが面白くて仕方がないが、それが終わったら、次はどうしようか。 山野井さんが再び山に向かったように、人間の心は、結局、自分がやりたいことが好きなことに向いていくのか。 解説で、池澤夏樹さんが、「山野井夫妻は自由だ」と書いていた。 「自由は、したいことを邪魔されずにできると言うだけでなく、したくないことをしないと言う自由もある」とも書いていた。 私にとって、自由とは何か。 自由に生きていくとはどういうことか考える。
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トップクライマーである山野井泰史・妙子がギャチュンカン北壁に挑む。彼らの過酷で壮絶な登攀を、ノンフィクションで沢木耕太郎が書き表した作品である。 流石に思った。この二人のクライマー、いくらなんでも常軌を逸している。山の環境も体調も万全でない中でこんな冒険的登山、一般人の視点から...
トップクライマーである山野井泰史・妙子がギャチュンカン北壁に挑む。彼らの過酷で壮絶な登攀を、ノンフィクションで沢木耕太郎が書き表した作品である。 流石に思った。この二人のクライマー、いくらなんでも常軌を逸している。山の環境も体調も万全でない中でこんな冒険的登山、一般人の視点からすれば自ら死にに行っているようなものだとしか思えない。しかし、こんなにも悪天候なのに泰史は登頂し、二人とも生還した。山は一切のオマケをくれなかったのに、ここまでの成果を出せたのは彼らの底力だとしか言えない。 ほとんど飲まず食わずで、一週間以上も極寒の山中に居て、目も見えなくなり、重度の凍傷で手足がやられているのに、何故生還できたのか、不思議でならない。彼らの生命力は異常だ。ゆえに、彼らにしか出せない輝きが間違いなくそこにはあって、読み進めていく手を止めることができなかった。 凍傷で指を切りまくっても泣き言一つ言わない妙子の精神力に、参ってしまう男性陣の様子には同情してしまう。妙子さん、本当に強い人なんだな。
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沢木耕太郎作品としてはいつもと違うと感じた。 山野井夫妻のギャチュンカン登頂を当の夫妻目線で書き連ねている記録(記憶)という形式。 そこには著者の第三者からの視点があまり盛り込まれていない。 わたしはそれゆえか、この作品に高揚感が感じられなかった。 が、池澤夏樹さんの巻末解説を読...
沢木耕太郎作品としてはいつもと違うと感じた。 山野井夫妻のギャチュンカン登頂を当の夫妻目線で書き連ねている記録(記憶)という形式。 そこには著者の第三者からの視点があまり盛り込まれていない。 わたしはそれゆえか、この作品に高揚感が感じられなかった。 が、池澤夏樹さんの巻末解説を読んで自分だけでは読み解けなかった作品の重さを感じた。 まさに私が感じた今までの沢木耕太郎さんらしくない記録形式は著者の神技とも言えるインタビュー能力が身を結んだ素晴らしい賜物なのだろう。 よく考えればわかる。苦難のギャチュンカン登頂と命懸けの下山の細部を当人たちがキチンと整理して思い出し記録することなど不可能であろう。 そこに沢木耕太郎というインタビューの名手が2人の記憶の中に潜り込み彼らの心の奥に隠れている当人たちでさえ掘り起こせない記憶を引き出すのだろう。 沢木耕太郎さん、夫妻の2度目のギャチュンカン訪問、ギャチュンカン北壁登頂の真の完結のための訪問、に同行したのだということもこの解説で知った。
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活きることのすばらしさを若い人たちにつなげたいです。 (※同名タイトル【「凍」トーマス・ベルンハルト著】のレビューの可能性あり)
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