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街道をゆく 新装版(6) の商品レビュー

3.8

16件のお客様レビュー

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2025/11/01

これまで何冊も司馬遼太郎の本を読んできたので、彼の言葉で沖縄を語る時には、映画の人が家に来たような心地がした。 ただ、本の半分以上は先島に割かれており、本島出身の自分としては、もう少し本島のことを話してくれるとなお嬉しかった。 1974年と、今から約半世紀前の情景を見ての言葉...

これまで何冊も司馬遼太郎の本を読んできたので、彼の言葉で沖縄を語る時には、映画の人が家に来たような心地がした。 ただ、本の半分以上は先島に割かれており、本島出身の自分としては、もう少し本島のことを話してくれるとなお嬉しかった。 1974年と、今から約半世紀前の情景を見ての言葉だが、この半世紀変わったところもあるものの、その前の半世紀と比べると変化は小さかったとつくづく思った。 また、私は先島へは一度八重山諸島への旅行に行っただけであるが、せっかくなら全ての友人の先島諸島を訪れたいと思った。 【以下、印象に残った箇所・言葉】 p19 氏によれば、「もし首里の街が戦前のままそっくり残っていたら、沖縄は京都、奈良、日光と肩をならべる」観光地になっていたろうと言われる。 p27 明治後、「日本」になってろくなことがなかったという論旨を進めてゆくと、じつは大阪人も東京人も、佐渡人も、長崎人も広島人もおなじになってしまう。 p28 それまでの日本は二百数十個の藩-ある面では公国という感じでもある-にわかれていて、それぞれの独立性はさほど弱いものではなかった。江戸期の幕藩体制にしても、将軍家である徳川家は大名の大いなるもので、大名の君主というより諸大名連合の盟主といった見方で見るほうが、とくに徳川家と外様大名の関係の場合、実情に近いかと思える。 p31 「琉球処分」という言葉が、多くの琉球史では一見、琉球のみに加えられた処置のように書かれていて、同時代に、同原理でおこなわれた本土における廃藩置県の実情についてはふつう触れられていない。つまり、本土との共同体験としては書かれていない。 p123 われわれが人間の歴史を考えるとき、歴史教科書的な把握法からまぬがれることは、どう用心しても困難である。つまり、歴史は均等に発達するものだという迷信を理性のなかに組みこんで物事を論じてしまうことである。 教科書的にいえば、人類が鉄器時代に入るのは気が遠くなるほどの古代で、紀元前1二〇〇年このかただという。しかしそれはごくかぎられた地域の現象にすぎない。歴史は感覚性の高い導体のようにたちまち物事や技術が伝播するという場合もあるが、逆にそうではなく、歴史は新技術に対して不導体のように受けつけることのない「地域」というものを抱きこんで存在しているものだという見方もなりたつ。 p124 その唯一といっていい理由は、沖縄諸島では砂鉄を産しなかったからである。 沖縄では石でつくったべらのようなものを農具として用いるいわゆる耕文化がながくつづいた。農耕といっても生産性がきわめてひくく、自然、所有欲が小さな限界でとどまり、とくに土地所有欲は室町以前までは沖縄ではほとんど現実性をもたなかったはずである。土地所有欲が稀薄であることは、その欲望をエネルギーとする大型の闘争が必要なく、げんに沖縄史をみると、鉄器の導入以前には大征服事業というものはなかった。落島のなかでもっとも歴史の進行の速度が早かった沖縄本島においてさえ、十四世税初頭ごろまでは神話と伝説の時代といっていい。 p130 雑木林といえば言い足りず密林といえば言いすぎる掛々の槍のひくい叢のなかをうろつき、やがてそこから出ると、にわかに海がひろがっていた。 p144 沖縄は琉球王朝時代、中国に朝貢してその文化を大いに吸収しつつも、民家だけは本土の民家と概括的にはおなじ思想で仕上っているように思える。 p156 沖縄の神道は本土の原始神道だとおもえばいい。かつて首里王朝はこの原始神道を軽備して祝女を任命制にし、政庁で統制されたこの宗教を通じて本来治めがたいかに思われた離島の統御に成功した。 日本の原始神道の斎主が女であったように、沖縄においてもそうで、神の前では女がより神に近く、男はより遠い。 p181 固隣する台湾島では、まだ他の世界の影響による変化はおこっていない。大陸の漢民族が一種の流民のかたちで台湾に入ってくるのは明末(日本の徳川初期)で、それまではいわゆる高砂族(マライポンネシア語族)の居住地であった。 ついでながら、高砂族は剽得で小気味のいい性格をもっているが、小部族で小社会を構成し、タロイモを作ったり、採集をして食っていることに自足していたため、広域な統一社会を構成する必要性をかれらは持たなかった。 要するに、大王朝を作らなかった。それだけの理由でかれら高砂族のこの島はのちに清国領や日本領や中華民国領にされ、かれら自身は変なことに「原住民」にされてしまった。世界史というのは、大社会を構成することにお得意な民族が主軸になって旋回するようにできているようである。

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2025/06/01

再読。 前回の読書メモにはこう書いてあった。 『大好きな沖縄。もっと旅レポみたいな感じを期待していたけど、話が飛躍して沖縄史のことがほとんどだった。もっと沖縄の描写とか感想とかが読みたかったなー。 2021/08/07』 約4年ぶりに読んだんだけど、あれこれほんとに読んだっけ?...

再読。 前回の読書メモにはこう書いてあった。 『大好きな沖縄。もっと旅レポみたいな感じを期待していたけど、話が飛躍して沖縄史のことがほとんどだった。もっと沖縄の描写とか感想とかが読みたかったなー。 2021/08/07』 約4年ぶりに読んだんだけど、あれこれほんとに読んだっけ?ってくらいほとんど覚えていなかった…。 でも前回にくらべて興味深く感じるところは多かったと思う(たぶん)。 ここ数ヶ月で知った柳田国男の引用がでてきたりしたのも面白かった。 やっぱり民俗学的なことになぜか興味をひかれるなぁ。 そういうこともあって私は沖縄が好きなんだろうな。 結構小難しい事書いてあって、教科書読んでるみたいなのは好きじゃないけど、勉強にはなる。 前よりも面白く感じれたし、私もなんだかんだと大人になれているのか?!

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2025/04/02

沖縄言葉の母音にて え と お がない 日本・沖縄本島には元来醸造酒しかなく 泡盛はタイから来た? 江戸時代薩摩を除いて蒸留酒はない

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2025/02/12
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※このレビューにはネタバレを含みます

八重山諸島旅行の調べ物をしていたときにとあるブログで紹介されていて出会った本。ずっと読みたいと思いつつなかなか手を出せなかった司馬遼太郎作品、小説よりも先にこんな形で出会えるとは。 司馬遼太郎はさすがの豊富な知識の持ち主で、見つけたもの一つ一つに対して歴史的背景、風土、文化から掘り下げられていて、単純に勉強になったし、 ただ旅行雑誌から知識として入れようとしても入ってこない情報も、紀行文だとすんなり入ってくることに気付くことができた。 旅先でも「この場所で司馬遼太郎はあの知識をもとにこう考えたんだな」と思えるのが楽しかった。 (因みに本シリーズは歴史紀行エッセイと呼ばれるらしい) ------------ やっぱりその土地その土地で現地の人に話を聞くことでよりその旅に深みが出るんだなぁ。 そして、司馬遼太郎が出会う人のめぐり合わせがまたすごい。"持ってる”ってやつなのか。 ------------ 自分はカイジ浜という星砂の浜に対して、「星型の砂って実は生物の死骸なんだよ」なんていう何とも薄い知識の披露で満足していたのに、 『実際には砂でなく、こういう種類のヒトデの残骸らしいのだが、硬さといい色といい、まったく砂になりきって地球の一部を構成しているということが、古代インドの輪廻の思想をおもわず感じてしまうような雄大さと可憐さがある。』(p,133) なんて文章を見せつけられて絶望。知識だけではなく、感受性と想像力、そしてそれを文字にする力があってようやくここまでこられるんだな。 今後旅に出るときは必ずこのシリーズを読んでから出掛けようと思う。

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2024/11/02

2024年11月「眼横鼻直」 https://www.komazawa-u.ac.jp/facilities/library/plan-special-feature/gannoubichoku/2024/1101-16415.html

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2023/09/17

以下抜粋 ・「もし首里の街が戦前のままそっくり残っていたら、沖縄は京都、奈良、日光と肩をならべる」観光地になっていたろうと言われる。 ・竹富島は、民俗学の宝庫とされている。というよりも沖縄の心の宝庫だという意識が住民の側に濃厚にあり、外部資本に土地を売らないだけでなく、住民がい...

以下抜粋 ・「もし首里の街が戦前のままそっくり残っていたら、沖縄は京都、奈良、日光と肩をならべる」観光地になっていたろうと言われる。 ・竹富島は、民俗学の宝庫とされている。というよりも沖縄の心の宝庫だという意識が住民の側に濃厚にあり、外部資本に土地を売らないだけでなく、住民がいまの暮らしの文化をそのまま維持できるよう、経済的にも配慮されたのが、この徹底した民宿主義なのである。 ・床の間はいうまでもなく室町文化の所産である。 室町というのは乱世だが、しかし生活文化からいえばこんにちの日本の文化からいえばこんにちの日本の伝統芸能や生活文化の源流のほとんどが室町期に発している。 食事が日に二度から三度になったのも室町末期からだし、茶道、いけ花、能狂言や謡、歌舞伎、行儀作法から結婚式のしきたりにいたるまでがそうで、われわれがごく日常のものとして馴れっこになっている生活文化の光源は室町に発し、いわば室町文化を灯台としていまもそのひかりを浴びつづけているのである。 ・日本の原始神道の斎主が女であったように、沖縄においてもそうで、神の前では女がより神に近く、男はより遠い。 ・真の信仰とは事実を信じることではなく虚構を信ずることによって真実に入りうるのだという意味のことを親鸞はその語録の「歎異抄」でいっているのである。

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2023/02/28

朝日文芸文庫 司馬遼太郎 街道をゆく 「沖縄 先島への道」 重厚な紀行文。面白い。琉球文化の深さなのか、著者のような識者が掘れば掘るほど 面白さが出てくる感じ 著者の目線は 近代の超克 沖縄史を研究し、足を運び 現地の人と話しながら、国家を超えるものを探しているように...

朝日文芸文庫 司馬遼太郎 街道をゆく 「沖縄 先島への道」 重厚な紀行文。面白い。琉球文化の深さなのか、著者のような識者が掘れば掘るほど 面白さが出てくる感じ 著者の目線は 近代の超克 沖縄史を研究し、足を運び 現地の人と話しながら、国家を超えるものを探しているように思う 明快な結論はないが「倭人」という言葉を近代超克のヒントにしている *倭人=日本という国家の規制を受けず、村落共同体に生きる人 *国家ではなく、村落共同体で人を捉えるという意味だと思う 沖縄に行くなら 沖縄戦、琉球処分、人頭税、柳田国男ら沖縄文化論、池間栄三 「 与那国の歴史 」を 理解してから行きたい。 軍隊についての言葉は 衝撃的 「軍隊というものは〜自国の住民を守るものではなく、軍隊そのものを守るもの〜軍隊が守ろうとするのは抽象的な国家もしくはキリスト教のためといった崇高なものであって、具体的な国民ではない」

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2022/05/10

「街道をゆく」シリーズの第6巻。沖縄の神は海から来る。宗教的な空のことをアマと言い、同時に海をもアマと言うように、海は神聖者が渡来してくる道なのである。「南波照間島はそういう理由で幻出してきた・・・」自在に展開する「司馬史観」。

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2021/12/28
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

司馬さんの本は小説しか読んだことがなかったんですが、紀行本がこれほど面白いとは思いませんでした。内容自体もですが、ちょいちょいこちらの鳩尾を的確に衝いてくる表現が出てくる。須田さんの糞便のくだりは爆笑してしまいました(4Pも割く話なのかと…笑)。 ところでこれは40年以上前に書かれた本ですが、本土の不動産屋の進出について言及されていて、現状の沖縄にいたる開発がこのとき既に始まっていたことがわかります。「沖縄」って何だろう。 ―彼女は急に眠ったような埴輪みたいな表情に化って、「それはね」と勿体をつけ、「ハテルマ、ハテルマと言うてゆくのよう」と、いった。何度繰りかえし質ねても、その呪文のようなことをいうのみで、質問者としてはらちが明かなかったが、しかし一面、古代の中にいるようで、神韻縹渺とした世に漂うような気分になった。ハテルマ、ハテルマととなえているうちに言霊の力でハテルマへゆけるというのであろうか。(200P)

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2019/12/09

「街道をゆく6 沖縄・先島への道」司馬遼太郎。1974年、今から46年前に連載されたもの。2019年3月に読了。  46年前、復帰2年後の沖縄を司馬さんが旅行して、見聞したことと、考えたこと。 # 沖縄は15世紀くらいまで、神話の時代という感じ。それについて、「鉄、鉄器が...

「街道をゆく6 沖縄・先島への道」司馬遼太郎。1974年、今から46年前に連載されたもの。2019年3月に読了。  46年前、復帰2年後の沖縄を司馬さんが旅行して、見聞したことと、考えたこと。 # 沖縄は15世紀くらいまで、神話の時代という感じ。それについて、「鉄、鉄器が土地的に無かったから」。なるほど。 (本文より) この事実を、冷静に知的にそして濁りのない情緒で把握しなければ、現代にいたるまでの沖縄史と、沖縄問題の本質をとらえぞこねるのではないかと思える。 われわれが人間の歴史を考えるとき、歴史教科書的な把握法からまぬがれることは、どう用心しても困難である。つまり、歴史は均等に発達するものだという迷信を理性のなかに組みこんで物事を論じてしまうことである。 (本文より)  人類に金属器が普及したときに、社会が飛躍的に大型化したし、人の心も、金属器によってそそのかされた。金属器によって生産や所有への欲望が増大しただけでなく、いっそ生産と人間を独り占めにしたいという大権力も成立した。これらで、青銅器時代から鉄器時代に移ったときに人の心はよほどたけだけしくなったにちがいない。 # 司馬さんはこの稿では、沖縄戦などについて感情的な、批判的なことは、かなり避けて居ると思います。 ただ、戦車兵だった自分の体験から、こう述べています。 (本文より) 軍隊というものは本来、つまり本質としても機能としても、自国の住民を守るものではない、ということである。軍隊は軍隊そのものを守る。この軍隊の本質と摂理というものは、古今東西の軍隊を通じ、ほとんど稀有の例外をのぞいてはすべての軍隊に通じるように思える。 これ、「軍隊」を「国家」や「権力」や「企業」に置換して考えてみたいですね。

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