夢小説・闇への逃走 他一篇 の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
併読している『芸術・無意識・脳』の序盤で紹介されているシュニッツラー、一作も読んだことがなかったので、とりあえず借りてきました。読む前から半ば分かっていたけど、好きだわ笑。 表紙はクリムトの「悲劇」、収録作品は3作品。みんな旅に出ます。笑 「死んだガブリエル」 ガブリエル(男)を恋から死にやった女と付き合っている主人公の男が、ガブリエルに恋していた女(恋敵と主人公が付き合っていることは知らない)をけしかける話。 …ヴィルヘルミーネはもう一度二人に手をさしだした。そしてイレーネとの再会を願うかたわら、フェルディナントに、この勝負はわたしの勝ちね、といわんばかりに笑いかけた(p.30) …突然、ひしと抱きすくめられ、唇にイレーネの唇を感じた。むせるような、熱い甘美な口づけ。これまで一度も味わったことのない口づけだった。それほどかぐわしく、神秘にみちていた。いつはてるとも知れないキスがつづいた。馬車がとまったとき、唇がはなれた。…「ついていらしてはだめ」イレーネはきびしく言いのこした(p.31) 二人の魅力的な女性笑 「夢小説」 自己中心的な男の調子のいい話で、自分のために美しい女性が何人も犠牲になる。忍びこんだ仮面舞踏会が現実のものかはわからない… 最近息を吸うように遊べる男性の側にいるときに感じる諸々が描かれているので笑笑、遊び人の思考って古今東西・万国共通なんだなと感慨深い…。そういう人の"妻"の女性は一番辛いから、アルベルティーネのような復讐をするしかない気持ちもわかる笑 ちなみに私の立場はまんま娼婦のミッツィだったのは自分でも笑ったw …フリドリンは熱い血が逆流するのを感じた。娘のそばに歩みよって、抱きしめようとした。そして信用すると言いながら、あけすけに心配のたねを打ち明けた。娘を引き寄せ、愛する女に求めるようにして愛を求めた。娘は拒んだ。彼は恥ずかしくなって中途でやめた。(p.65) この行きずりの女だからこそ・自分の人生に深く関わってこない女だからこそ「あけすけに心配のたねを打ち明けられる」んだなという。自分もあまり仲良くない人の方が話せることもあるという風に頭ではわかっている一方で、女だからか私だからなのか、仲いい人の方が深く話せるので、そもそも理解しようとすることを止めようと思いました笑。理解しようとすることが、自分の物差しでどうしても歪曲して見てしまうことに繋がるから。 「闇への逃走」 ”忍び寄る狂気の影におびえ、とめどない妄念の自己増殖に自らを失ってゆく”という表紙の説明がぴったり。 自分が狂気に陥っているかもしれず、周りにそう思われているかもしれないという強迫観念を揺り戻しにあいながら、結局はつきつめてしまうローベルト。真に迫っていて、そして迎える破滅が切ない。きっとこうなのだろう。 …「まだ夢を見ているんだ。さあ、目をさませ。ぼくだよ、ローベルトーおまえの兄だ、兄のオットーだ。何をまたありもしないことを考えている?兄のオットーだよーいいか、わかるだろう。ありえないとも、おまえが正気じゃないなんてーおまえが狂ー」(p.320) 冒頭で、…兄弟の絆こそ、自分の存在にとって最良のものであり、この世でただ一つ、不滅を約束されたものと思わずにはいられなかった。親との縁よりも強い。親は早晩、老いを迎え、死んでいく。わが子との関係よりもうちょい。ローベルト自身は、ついぞわが子を持たなかったが、いずれ青春という名のもとに親から去っていくことは承知している。これに対して兄弟の絆は、ふいに魂の暗い奥底からたちのぼって男と女をつつみこむ、あの黒い影とは、きれいさっぱり無縁でいられる。(p.168) 冒頭のこの口調、私も100同意する兄弟の絆について語っていたローベルトが行き着く先が兄を殺し、自分も死ぬ結末だと思うと切ない。世紀末の甘やかさと暗黒が、私に眩暈を与える。
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初読み作家。 訳がいいのか読みやすくてあっという間だった。 全体的にふわふわ&混沌としているけれど、文章があっさりめなのでバランスが良いと思う。 狂人と好奇心に任せてふわふわしている男性たちの物語り。 お気に入り作家に入りました。
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岩波文庫は解説がよい。しっぽまで餡がつまったたい焼きのようで満足。この本も池内紀氏の解説が出色で、世界文学の中で独自の立ち位置を示すシュニッツラーをエピソード豊かに紹介してくれている。 巻頭を飾る「死んだガブリエル」が素晴らしい。期待せず読んだ分、思わぬ拾い物を見つけた気持ち。短...
岩波文庫は解説がよい。しっぽまで餡がつまったたい焼きのようで満足。この本も池内紀氏の解説が出色で、世界文学の中で独自の立ち位置を示すシュニッツラーをエピソード豊かに紹介してくれている。 巻頭を飾る「死んだガブリエル」が素晴らしい。期待せず読んだ分、思わぬ拾い物を見つけた気持ち。短編の妙技。
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世紀転換期ウィーンを代表する作家シュニッツラー(1862-1931)後期の小説三篇。文化史家の言葉を借りれば、彼は、世紀末ウィーンという滅びゆく時代精神とその爛熟した文化の相貌を小説と戯曲の中に結晶化させて後世に残したと云われている。 「死んだガブリエル」(1906年作) ...
世紀転換期ウィーンを代表する作家シュニッツラー(1862-1931)後期の小説三篇。文化史家の言葉を借りれば、彼は、世紀末ウィーンという滅びゆく時代精神とその爛熟した文化の相貌を小説と戯曲の中に結晶化させて後世に残したと云われている。 「死んだガブリエル」(1906年作) 憂愁を帯びた夜の空気、登場する男女の関係に静かに走る緊迫感、洗練された筋立て、結末の苦み。巧みな短編。 「夢小説」(1926年作) とある告白から萌した妻への嫉妬から、ウィーンの夜の官能に誘われるまま夢と現実のあわいを往き来する男の、夢とも現実ともつかない物語。ブルジョア社会の現実が割り当てる世俗の自己像を仮装の下に隠し、〈ほんもの〉の自我の重苦しさはその輪郭を曖昧にしながら夢幻の街を漂う。"どこへ帰りたいとも思わない。どこへ行くよりも、このまま進む所に憧れている。・・・。行くところまで行ってみよう。死んでもいいから――"フリドリンが云うように、そこには喜劇的な虚構の趣がある。なぜならそれは決して成就し得ない戯れだから。 「闇への逃走」(1931年作) 自分は嘗て妻や恋人を殺してしまったのではないか、兄が自分を狂人だと思い込んで殺しにやって来るのではないか、という強迫観念に憑かれて、遂に狂気の闇の向こう側へ墜ちてしまう男の物語。「自分は狂人ではないか」と無際限に自己確証を得ようとせずにはおれない理性の内に予めその闇を湛えている狂気の深淵。人間は理性から解放されることは在りえない、そして理性には影のように狂気がつきまとう。以下の引用では、理性の際限無き自己確証という狂気の様態を、息苦しいほど美しく描写している。"・・・、どこまでも、あてもなく、無我夢中でつきすすんだ――永遠に明けることのない蒼い夜が耳元で音をたてていた。この道なら、もう何千度となくこうして駆け抜けたことがあると彼は思った。そしてこれからも何千度となく、耳いっぱいに音を立てる蒼い夜めがけて、永劫にわたり走りつづけなければならない――" □ シュニッツラーと同時代のウィーンでは、フロイトが精神分析を創始しつつあった。 "どれほど澄んだ心の中にも危険な渦を巻き起こしかねない、ひそかに奥に隠された、予期しない願望といったこと。心の中のひそかな秘密の領域であって、憧れをはっきり感じることは稀ながら、いつか夢の中で運命の風にあおられて行き着くこともある。" "「それにどんな夢も――」ほっと吐息をついてフリドリンが言った。「決してただの夢ではない」"(以上「夢小説」) "高地だと町にいるときよりもたくさんの夢をみる。しかも風変わりな夢をみる。さらにべつの特徴があって、人なり事物なりがそのまま現れることはなく、何かまるでかけ離れたもの、あるいは実在のものではなくて、どちらかというと概念めいたものを借りて現れる。"(「闇への逃走」) 医者でもあったシュニッツラーが、フロイトと同じ時期にかつ同じ街で、「人間の深層が夢を通じて表れる」という着想を得たという事実は、当時のウィーンが生きていた時代精神を考える上で、大変興味深く思われる。 訳は、日本語の文章としてほぼ違和感なく、かつ本作品の雰囲気に相応しい。名訳。
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『夢小説』が最も印象深かったです。どこまでが現実でそこからが夢か……。曖昧な境界線のなか、夢想が現実を侵食しているような不思議な話でした。フロイトも好きなので、面白かった。 キューブリック監督の『アイズ・ワイド・シャット』という映画はこの話が原作だそうです。
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この本に収められている「死んだガブリエル」という短編がすばらしい。これぞ、まさに短編!よく練られたプロット、無駄のないストーリーでこの短編に★5つ。 「夢小説」には★4つ、「闇への逃走」は★3つ。
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……、出ました、ね。池内紀氏による新訳(でも、この版もすでに20年近く前のものです、二昔をして「古い」と言う者には言わせておくがいいさ、ってね)。さすが、既訳を踏んまえ、しかも見事な翻訳、「死んだガブリエル」を読めば、わかります。表題作二篇は、この訳で初めて読みました。「世に知ら...
……、出ました、ね。池内紀氏による新訳(でも、この版もすでに20年近く前のものです、二昔をして「古い」と言う者には言わせておくがいいさ、ってね)。さすが、既訳を踏んまえ、しかも見事な翻訳、「死んだガブリエル」を読めば、わかります。表題作二篇は、この訳で初めて読みました。「世に知られたシュニッツラー」の、もう半身を、ここで確認できました。解説も充実しています。フロイトとの関わりも、これで納得がいきます。「夢は一個の願望充足である」まっことそうですよねぇ。私も、鮮明なる夢を見て目覚め、自らの内にあるものに慄然とすること、?々です。この本を「古い」と仰いますか??まさか、ね。貴方の書架には、これは在ったのでしょうか。
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