アーミッシュの赦し の商品レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
20220122のアド街ック天国にてテレビ東京の片渕茜アナウンサーが愛読書として紹介していたので読んでみた。 この本を読むことで、アーミッシュと呼ばれる人たちの考え方を知ることができる。が、私には賛成できないし、美徳とも感じられなかった。むしろ、統一教会の2世問題が報じられている昨今において、子供の頃からアーミッシュ社会で教育を受ける子どもたちは幸せなのだろうかと疑問を感じる。 「赦し」は罰を与えないことではない、とあったように思う。それならば、まだ良いが、全てが赦されてしまうのであれば悪の蔓延る社会になってしまわないか。 犯罪者の家族に対して、あなたたちも被害者だと言って赦すのは賛成。 教義に従い、無理に赦そうとする話も出てくるが、時間の経過に任せれば良いのではなかろうか。 否定はしない。様々な考え方があって良いと思う。その考え方に同調しない人たちに迷惑をかけなければ。 宗教の研究者など理解を深めたい人には薦めるが、そうでない人には、面白いとは思えない作品。アーミッシュの人たちも注目されることは避けたいのではなかろうか。
Posted by
テレ東の片渕アナがアド街で激推ししてたので借りたのだがいまいちハマらなかった。 正直この本をを人に薦める感覚がよく理解出来ない。 多分彼女とは気が合わないな。 どうでもいい事だけど。
Posted by
2006年10月2日 アーミッシュの学校で 銃乱射事件が起きた。 女生徒5人死亡、5人重症。 衝撃的なニュースだったが それよりも 人々が驚いたのは その事件を起こして 自殺した 犯人を アーミッシュの人達が赦した事だったそうです。 アーミッシュという人々は 私は見たことがあ...
2006年10月2日 アーミッシュの学校で 銃乱射事件が起きた。 女生徒5人死亡、5人重症。 衝撃的なニュースだったが それよりも 人々が驚いたのは その事件を起こして 自殺した 犯人を アーミッシュの人達が赦した事だったそうです。 アーミッシュという人々は 私は見たことがありませんが映画とかで(ハリソンフォードが出てた?) 黒い服を着て 帽子をかぶって ひげを伸ばして 馬車に乗ってるという のを 見ただけですので 詳しくはわからないので 読んでみました。 彼らにとって 相手を赦すというのは イエスの教えに従って 行う事なので そんなに凄いことではないそうだ。 とは言っても やはり 葛藤はあるようです。 でも、この事件のように アーミッシュじゃない人からの 行為に対しては 赦すことは アーミッシュ同士の赦しあいよりやりやすいそうだ。 相手を赦すということが 第一。 そして 自分も赦される。 そういう考えの人達らしい。 目立つことを嫌い つつましく暮らすのが良いと考えている。 雨乞いはしなくて 降るまで待つ。 そして降ったら感謝をする。 赦す人は 赦さない人よりも 幸福で健康な生活を送れる。 というのも、憎しみに支配されると幸福ではなくなってしまうから。 何か 大きな試練があっても 癒しと希望を持って生きれば乗り越えられる。 このような 教えが 子供の頃から生活の場で常に目の当たりにして身に沁みていく人達。 だからこそ、子供を殺された親たちは 犯人や 犯人の家族に対して赦しをして、犯人の家族に対しては 寄り添ってあげるという 行為ができたようです。 すごい人達です。 確かに 罪を憎んで 人を恨まずというような言葉もありますよね。 そうそう、アーミッシュの人達は 犯人や罪は赦すけど 忘れる訳じゃないんです。こういう事件があったという事は 心に刻むそうです。 最後の付録部分に アーミッシュの暮らしについての記述がありました。 運転はしないけど 普段は馬車でも タクシーとかには 乗るのですよ~~ 不思議ですよね~~ どうやら 自分らで 運転とか出来ると遠くへ行きやすくなると 地元の結びつきが薄くなるのが 好ましくないと みなしているそうです。 全て自給自足しているのかと思ったら 一応電気とか(バッテリーからの電源だけどね)も使ってるようなので なんとなく そんなに 私たちとかけ離れていないのだなぁと 思いました
Posted by
アーミッシュの赦しが、この集団の独自に生み出された興味深い何か独特の哲学から来ていることを期待していたが(ほんと無責任なことだけど)、結局は神か…という印象で、理性的で高尚とも思える「赦し」が思考停止した結果であるようにも感じた。 一連のアーミッシュ達の赦しエピソードを見ている...
アーミッシュの赦しが、この集団の独自に生み出された興味深い何か独特の哲学から来ていることを期待していたが(ほんと無責任なことだけど)、結局は神か…という印象で、理性的で高尚とも思える「赦し」が思考停止した結果であるようにも感じた。 一連のアーミッシュ達の赦しエピソードを見ている限り、単に彼らは強迫観念に苛まれながら生きているだけのように思え、「赦し」が彼らにとっての強迫行為となっている。しかし、それを行うことで自分が来世で救われるのであり、本人たちは苦しんでいるようで、ほぼ自己満足の世界である。 非アーミッシュの言う「怒りは誰のためにもならず、怒りを抱え続ける者を一層みじめな気持ちにするだけ」というのは怒りや憎しみを絶えず抱え続けた者が、最後に導き出す結論としては真っ当だ。一方で、そこに至るまでのプロセスをすっ飛ばしていきなり赦すアーミッシュとは、やはり人間ではなく概念としての悪を憎むからできることなのではないかと感じる。 とにかく人を積極的に赦すかどうかで自分も赦されるかが決まる、ということを人生の指針とし、極限の選択を突き付けられながら日々を生きているアーミッシュ。もはや彼らは来世を生きている人種なのかもしれない。しかし、信仰心をきっかけに惨たらしい争いが世界各地で起きていることを見ると、彼らの赦しに対する徹底っぷりはあらゆる宗教の根幹をなすものでもあるといえると思う。
Posted by
赦すことで、相手の支配から解脱して、自分の幸福と満足度が増す。素晴らしいことじゃん。かっこいい。アーミッシュからまたひとつ智恵をもらった。 以下、好きな部分を抜粋 --------------------------------- 時間が経てば自然と赦せるようになる。で...
赦すことで、相手の支配から解脱して、自分の幸福と満足度が増す。素晴らしいことじゃん。かっこいい。アーミッシュからまたひとつ智恵をもらった。 以下、好きな部分を抜粋 --------------------------------- 時間が経てば自然と赦せるようになる。でも、最初は意志が必要なんです。だから、赦したつもりでいても、後で恨みが蘇ることもあります。その時はまた初めから赦しなおすしかありません。 赦しは闘いだよ。人を赦すというのは難しいことだ。でも、赦されなければ赦してもらえない。だから、どんなに辛くても赦そうと、一生懸命になるのさ。私たちも人間だからね。 赦しはたんなる選択を超え、永遠の希望に連なるものとなる。 過ちは人の常、赦すは神の業。 赦しは心理的なものであると同時に社会的なものである。心理的というのは、つまり赦す側き憤りからの解放という変化が起こるからだ。 恨みを抱えるということは、あいつが僕の人生をコントロールしていることになる。それくらいなら今すぐ捨てたほうがいいだろう? 赦しと救いは「一つのこと、表裏一体なんです。罪は赦してもらえる。でも、救われるためには自分を許さなければいけないんです。聖なる場所[天国]に入るには罪が許される必要がある。でも、赦してはいない者は、その罪を赦されない……だから赦さないと悲惨な結末を招くことになるんです」 本当の赦しとは、赦したことを行為で示すことを言うのである。 赦しを研究する心理学者によれば、一般に、赦す人は赦さない人よりも幸福で健康な生活を送れるという。我々がインタビューしたアーミッシュもこれに賛同し、 赦せなかったときは加害者に「支配」されていた、という人もいれば、憎しみは酸のように体を蝕む、と表現した人もいた。赦しはある意味では自己否定に違いないが、自己嫌悪とは違う。つまり、赦しは、それを与える者を癒し、より大きな活力と全体感をもった生に向けて解放する。 およそ一切のことに制約を設け、それを尊重することは智恵の根源の一つだというだろう。アーミッシュにとって制約とは人が幸福になるための必要条件である。制約を設ければ、個人の自由を選択、様々な自己表現は抑えられる。 しかし、現代生活の中で際限ない選択肢を与えられるより、むしろ大きな尊厳と安全が確保されるともいえる。アーミッシュの考えでは、制約を重んじることは、コミュニティ、帰属意識、アイデンティティという、人間の満足と幸福につながる3つの大事な要件を叶えることでもあるのだ。
Posted by
『赦し(す)』という事がアーミッシュの方達にはどういう物なのか?読む前には1ミリも考え及ばない理由だった。そして読みだしてから知った事件の詳細とその後。にも驚きなのか感動なのか自分でも判別できない気持ちになり、読み進めていくとそこに見えてきた理由と伝統、そして個人個人のグラデーシ...
『赦し(す)』という事がアーミッシュの方達にはどういう物なのか?読む前には1ミリも考え及ばない理由だった。そして読みだしてから知った事件の詳細とその後。にも驚きなのか感動なのか自分でも判別できない気持ちになり、読み進めていくとそこに見えてきた理由と伝統、そして個人個人のグラデーションのリアルさと共に少しは納得できたが全てを理解できたとは思っていない。またいつか読むような気がする
Posted by
実際に起きたアーミッシュの学校銃撃事件のその後を書いたノンフィクション。 アーミッシュのライフスタイルをとりあげた本は多いけど、こういう観点で取り上げている本は初めて読んで、とても興味深かった。 自分の家族を殺した人やその家族を即座に赦せるか? 赦すことは愛なのか、情緒的に不健...
実際に起きたアーミッシュの学校銃撃事件のその後を書いたノンフィクション。 アーミッシュのライフスタイルをとりあげた本は多いけど、こういう観点で取り上げている本は初めて読んで、とても興味深かった。 自分の家族を殺した人やその家族を即座に赦せるか? 赦すことは愛なのか、情緒的に不健全なことなのか。 答えのない問いだけど、ひとつの視点を見せてもらった感じ。 自分が見習えるかどうかとかいうことではなくて、これもひとつの真実。
Posted by
件が起こったのは2006年10月2日。テクノロジーを極力排し、伝統的な 生活を営むアーミッシュのコミュティの学校で、部外者による銃乱射事件 が起った。 牧歌的ともいえるアーミッシュのコミュティで、こんな凄惨な事件が起きる とは誰も思っていなかった。自身の子供が生後間もなく亡くな...
件が起こったのは2006年10月2日。テクノロジーを極力排し、伝統的な 生活を営むアーミッシュのコミュティの学校で、部外者による銃乱射事件 が起った。 牧歌的ともいえるアーミッシュのコミュティで、こんな凄惨な事件が起きる とは誰も思っていなかった。自身の子供が生後間もなく亡くなったことで 「神を恨んでいる」という男の犯行だった。 男が立て篭もった学校で、少女たちが犠牲になった。事件そのものも センセーショナルであったが、それ以上に人々を驚愕させたのは アーミッシュの人々が犯人とその家族に対して示した「赦し」だった。 「私たちの赦しに大きな影響を与えているのは、主の祈りです。 赦さなければ、私たちも赦されません」。アーミッシュの農夫は そう語る。 「我らに罪を犯すものを我らが赦す如く、我らの罪をも赦したまえ」 アーミッシュの信仰でどんな時にでも唱えられる「主の祈り」が 彼らの宗教生活の根本にある。それが、彼らが憎むべき犯人を 赦し、その家族に示した思いやりの発露でもあった。 自分に対して、自分の親しき者に対して、罪を犯した者を赦す。 「罪を憎んで人を憎まず」とは言うけれど、難しい問題だと思う。 勿論、アーミッシュの人々にも喪失感や哀しみ、葛藤はある。 しかし、彼らにとって人を「赦す」ことは当たり前のことなのだ。 人を憎み続けるにはエネルギーがいる。そして、人を赦すこと にもまたエネルギーがいるのではないか。 誰もがアーミッシュの人たちのように慣れる訳ではない。だが、 罪を犯した人に対し、自分に仇をなした人に対し、どのように 接すればいいのか。少しはヒントが掴めるかもしれない。 そもそも、犯罪なんて起らないに越したことがないんだけどさ。
Posted by
『刑事ジョン・ブック 目撃者』で初めてアーミッシュの存在を知り、それ以来興味を持っていたので手に取りました。生活スタイルとして簡素で美しく惹かれるものがあります。考え方もとても共感できる。でも排他的になり、原理主義に陥るのは恐ろしい。遠くの人間は許せても身近な人間は許せなくて苦し...
『刑事ジョン・ブック 目撃者』で初めてアーミッシュの存在を知り、それ以来興味を持っていたので手に取りました。生活スタイルとして簡素で美しく惹かれるものがあります。考え方もとても共感できる。でも排他的になり、原理主義に陥るのは恐ろしい。遠くの人間は許せても身近な人間は許せなくて苦しむ、というのはとてもよくわかる。以前、ある理想を持って集まったコミュニティの中にいたが、みな、正義感が強く、道徳的により良く生きたいと願う人ばかりなのに、内輪もめはしょっちゅうだったのを思い出した。
Posted by
赦しとは復讐する権利の放棄。闘いであり、果ての見えない道だ。 和解ではない。赦しを罪の赦免と混同してはいけない。 赦しはあくまで個人的なもの。自らが赦されるため、怒りや恨みで人生が支配されないために赦すのだ。 赦すということは、「被害者としての一生を送る気はない」という誓いだ。 ...
赦しとは復讐する権利の放棄。闘いであり、果ての見えない道だ。 和解ではない。赦しを罪の赦免と混同してはいけない。 赦しはあくまで個人的なもの。自らが赦されるため、怒りや恨みで人生が支配されないために赦すのだ。 赦すということは、「被害者としての一生を送る気はない」という誓いだ。 赦しが希望になって欲しい。 ロバート・D・エンライト『ゆるしの選択』 エヴァレット・L・ワージントン・ジュニア エベレット・L・ワージントン 「決意された赦し」 「心からの赦し」 感情をコントロールできない時でも行動はコントロールできる。 行動をコントロールすれば、感情も行動に促され変わっていく。
Posted by
- 1
- 2
