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レモンとねずみ の商品レビュー

4.4

16件のお客様レビュー

  1. 5つ

    6

  2. 4つ

    7

  3. 3つ

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2024/10/03

石垣りんさんの代表作といえば「表札」 力強く、キリッとした印象です この詩集は石垣りんさんが亡くなったあと編集されたもの 童話のような詩から始まって 辛い生活をうかがわせるものまで 柔らかいりんさんと、硬いりんさんとさまざまなりんさんが見え隠れして あーこの方は普通に弱いけど、頑...

石垣りんさんの代表作といえば「表札」 力強く、キリッとした印象です この詩集は石垣りんさんが亡くなったあと編集されたもの 童話のような詩から始まって 辛い生活をうかがわせるものまで 柔らかいりんさんと、硬いりんさんとさまざまなりんさんが見え隠れして あーこの方は普通に弱いけど、頑張り通した方なんだろうなと思わせます。 最後の谷川俊太郎さん、茨木のり子さんの弔辞も 素敵な文章でした

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2024/04/30
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図書館で借りました。{洗う} あなたが抱き抱えた赤ん坊の頭を洗うとき その手のひらに不確かな首筋をもたせかける。ちいさな地球のようなものは「明日」です。{波}-水は赤ん坊を置いていった -土は老人を連れ去った。{年を越える} なぜか この道はさびしい。多勢の足音がきこえているのに みんなひとりの峠を越えてゆく。 石垣りんさんの詩集を読む。背筋がしゃんとする。

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2023/07/15
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 私は65歳です。このあいだ転んで右の手首を骨折しました。なおっても元のようにはならないと病院で言われ腕をさすって泣きました。「お父さん お母さん ごめんなさい」二人ともとっくに死んでいませんが二人にもらった体です。いまも私はこどもです。おばあさんではありません。「かなしみ」 石垣りんさん、2004.12.26永眠、84歳。5冊目の詩集「レモンとねずみ」、2008.4発行。巻末に2005.2.7、石垣りんさんのさよなら会での谷川俊太郎氏、茨木のり子さんの弔辞がおさめられています。

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2023/04/01

心に響く うた でした 石垣りん さん ひだまりトマトさん、ありがとうございました。 恥ずかしながらこの方を知りませんでした 亡くなられてからの詩集 レビューの「春」よかったですね 最後の一行『今年の桃』なんてすてきな表現 タイトルの『レモンとねずみ』も好きです 市井で...

心に響く うた でした 石垣りん さん ひだまりトマトさん、ありがとうございました。 恥ずかしながらこの方を知りませんでした 亡くなられてからの詩集 レビューの「春」よかったですね 最後の一行『今年の桃』なんてすてきな表現 タイトルの『レモンとねずみ』も好きです 市井で詩作を続けられたりんさん 大好きな谷川俊太郎さんと茨木のり子さんの言葉も沁みました ≪ 身の丈で 紡ぐ言葉が 宙にとぶ ≫

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2023/03/17

石垣りんさんの詩集ですね。 りんさんの最後の詩集です。亡くなられて後の作品です。 可愛らしい小さな詩集です。 出版社の童話屋さんが、りんさんから託されて、ご遺族のご了解のもとで遺品のなかから未刊詩をさがして四十編を選んで紡ぎ出された、宝の詩集です。 童話屋さんは詩華集「レモンとね...

石垣りんさんの詩集ですね。 りんさんの最後の詩集です。亡くなられて後の作品です。 可愛らしい小さな詩集です。 出版社の童話屋さんが、りんさんから託されて、ご遺族のご了解のもとで遺品のなかから未刊詩をさがして四十編を選んで紡ぎ出された、宝の詩集です。 童話屋さんは詩華集「レモンとねずみ」と命名されています。 春 ちいさな森のはずれに 今年も桃が咲いた。 去年とそっくり 同じ景色で その間に月日が流れたことなど うそのよう その間に人が死んだり 生まれたりしたことなど まるでなかったよう。 季節は 巡り来るたびに取り出される 一枚の衣装で 過ぎれば 薄く薄く折りたたまれる。 ちいさな森のはずれに 今年の桃が咲いた。 とても嬉しい嬉しい詩集ですね。

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2022/02/12

石垣りんさんの詩は、すくっとことばが立っているような印象がある。誰にももたれかからず自立している感じというのか。作者の生活からまっすぐに出てくることばであるような。意味するところがわからないものもあるが、時間をおいて何度も読んでみたら、自分の経験に応じて理解できるようになるものが...

石垣りんさんの詩は、すくっとことばが立っているような印象がある。誰にももたれかからず自立している感じというのか。作者の生活からまっすぐに出てくることばであるような。意味するところがわからないものもあるが、時間をおいて何度も読んでみたら、自分の経験に応じて理解できるようになるものがあるのかもしれない。 今回の詩集で特に印象深かったのは、いじわるの詩と夜の詩。自分の働きだけで家族を支える重さとしんどさと孤独感、要介護の親にやさしくできないモヤモヤなど。祖母と同居していた時間を思い出した。

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2020/12/31

きのう買っておいた サンキストレモンの一個がみつからない どうやらねずみがひいて行ったらしい。 今ごろ 黒い毛並のチビが つやつや光る黄色い果実をかかえこんで つぶらな眼をキョロリと光らせていることを思うと 狭い我が家の天井裏が宮殿のようだ。 (略) サンキストレモンをひい...

きのう買っておいた サンキストレモンの一個がみつからない どうやらねずみがひいて行ったらしい。 今ごろ 黒い毛並のチビが つやつや光る黄色い果実をかかえこんで つぶらな眼をキョロリと光らせていることを思うと 狭い我が家の天井裏が宮殿のようだ。 (略) サンキストレモンをひいていくような鼠ならば、決して小さくはない。耳を齧られるぐらいの恐怖を感じても良さそうなものだが、石垣りんさん特有の諧謔は、貧乏の生活を光り輝かせる。因みに、鼠は戦利品を決して天井裏までは持ってゆかない。かなり奥まったところに溜め込んでいる筈だ。何故わかるかって?最近はご無沙汰だけどウチも毎晩天井裏の運動会をやっていたし暫く智慧の合戦をしていたからである。長い間戦っていると、なんだか旧知の間柄のようになってゆく。でも、遂に私は我が家の天井裏を、平和なお城にたとえたことは無かった。 石垣りんさんのような有名な詩人でも、おそらく普通に貧乏だったと思う。私は仕事で一度岡山市の永瀬清子の寓居に赴いたことがある。まるで、江戸時代のサムライ長屋のようだった。日本では、詩集ほど売れない本はない。 「春」 ちいさい森のはずれに 今年も桃が咲いた。 去年とそっくり 同じ景色で その間に月日が流れたことなど うそのよう その間に人が死んだり 生まれたりしたことなど まるでなかったよう。 (略) コロナ禍をくぐり抜けて、来春の桜に、多くの人が同じ想いをすることと思う。石垣りんさんの想いは私たちとは当然別の想い、おそらく先の「いくさ」にあるのではあるが。 今年もたいへんお世話になりました。 良い年をお迎えください。

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2023/07/12

◆きっかけ 『詩のこころを読む』(茨木のり子)で著者のことを知り、現実を受け止め見つめているどっしりとしたたたずまいのようなものを感じ、他の作品も読みたいと思って。Amazonでざっと見て特に気になったのが、エッセイ『ユーモアの鎖国』と、谷川俊太郎さんと茨木のり子さんの弔辞も収め...

◆きっかけ 『詩のこころを読む』(茨木のり子)で著者のことを知り、現実を受け止め見つめているどっしりとしたたたずまいのようなものを感じ、他の作品も読みたいと思って。Amazonでざっと見て特に気になったのが、エッセイ『ユーモアの鎖国』と、谷川俊太郎さんと茨木のり子さんの弔辞も収められているという『レモンとねずみ』。2017/6/21 ◆感想 し図。リクエストして他館より貸し出し。2017/9/11 中古?購入。2023/5月以前

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2016/04/10

大人になって(?)、殆ど、詩を、読まなくなった。 先日、ウルグアイの元大統領のホセ・ムヒカ氏が、来日した。 「世界で一番貧しい大統領のスピーチ」と言う絵本を読んだ事があるけど、その本人です。 「お金があっても、時間は買えません」と、、、、 その時に、この石垣りんさんのこの本の中...

大人になって(?)、殆ど、詩を、読まなくなった。 先日、ウルグアイの元大統領のホセ・ムヒカ氏が、来日した。 「世界で一番貧しい大統領のスピーチ」と言う絵本を読んだ事があるけど、その本人です。 「お金があっても、時間は買えません」と、、、、 その時に、この石垣りんさんのこの本の中の「すべてほしいものばかり」の詩に、 「ナンニモイラナイ なんにもいらない 何にもいらない 三遍となえて おじぎをする 欲ばりおりんの 朝のお経。。。。。と、言う詩が、出て来る。 言葉は、違うが、パナマのタックスヘイブンで、各首脳らの蓄財が、疑惑されている中、心に、ずっしりとくる詩である。 苦労され、病気に冒されたのに、ユーモラスな生活感や、抑制出来ない命の叫び、母への思い、不正へ怒り、、、が、描かれている。 その中で、私が好きなのは、 「かなしみ」 私は65歳です。この間転んで 右の手首を骨折しました。なおっても元のようにはならないと 病院で言われ 腕をさすって泣きました。 「お父さん お母さん ごめんなさい」 2人ともとっくに死んでいませんが 2人にもらった体です。 いま私はこどもです。 おばあさんではありません。 先日読んだ重松清氏の「日曜日の夕刊」で、子供が哀しい時は親も哀しいのです。と言う言葉と、共に、親子のつながりを深く感じた 一篇である。 そう、還暦を過ぎたら、赤いちゃんちゃんこ着て、あかちゃん還りへ なるのだから、作者の「いまも私はこどもです。」の言葉も、親からしたら、歳を重ねていてもいくつになっても子供はこどもなのですと、、、、 共感出来ました。

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2014/01/26

★引用あり★ 資料番号:011042280 ご利用の細則:貸出可能です 備考:【元の所在場所】2階9類 http://lib-yuki.city.yuki.lg.jp/OPP1600?PCTI=10210011 新川和江名誉館長室所蔵の『風の花嫁たち』に所収の詩と同一の「契」を所...

★引用あり★ 資料番号:011042280 ご利用の細則:貸出可能です 備考:【元の所在場所】2階9類 http://lib-yuki.city.yuki.lg.jp/OPP1600?PCTI=10210011 新川和江名誉館長室所蔵の『風の花嫁たち』に所収の詩と同一の「契」を所収。この「契」は,りんが20代の頃,友人の結婚に際し,送った祝いの詩。(p.16-17)

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