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夏の花・心願の国 の商品レビュー

4.4

21件のお客様レビュー

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2024/05/27

夏の匂いの正体 夏の匂いは2つある。 1つ目は、生活をしていて実際にある匂いをかいで、「あ、夏の匂いだ」と思うもの。2つ目は、遠い夏の日を思い出す時に匂うもの。 前者を実際に嗅ぐのは、実は夏ではないように思う。長く続いた冬の終わりに、どこからか吹いてきた風が少しだけあたたか...

夏の匂いの正体 夏の匂いは2つある。 1つ目は、生活をしていて実際にある匂いをかいで、「あ、夏の匂いだ」と思うもの。2つ目は、遠い夏の日を思い出す時に匂うもの。 前者を実際に嗅ぐのは、実は夏ではないように思う。長く続いた冬の終わりに、どこからか吹いてきた風が少しだけあたたかく、緑や土の匂いが混じっていて、固くこわばらせていた身体が溶けていくのを感じる。近くの自販機までボールを蹴りながら白ボスを買いに行った時にふと気付いたり、水が張られて田植えを待つ田んぼにつばめが飛んできた時に気付いたりする。死の季節に終わりを告げる命の匂い。 この1つ目の夏の匂いが出てくる小説がある。ウィラ・ギャザーの『大司教に死来る』だ。19世紀のアメリカ南部で布教活動をする2人のフランス人神父の物語なのだが、須賀敦子の日本語訳に以下の一文がある。 --- 桜はもう散り、林檎が花ざかりだった。あたたかい春風に、空気と土がまざり合っていた。土は日光にあふれ、日光は赤い埃にあふれていた。吸う空気にも土の香りがしみこんでいて、足下の草には、青い空が映っていた。 --- 2つ目の夏の匂いの話に移ろう。強い夏の陽射しに色落ちしてしまったようなノウゼンカズラのオレンジ色。畦道に高くのびたミツバアオイの立ち姿。お寺から聞こえてくるお経と線香の匂い。幼い頃の父や母を写した古い写真。そして、ポマードで髪を固めて鼈甲の眼鏡をかけた祖父の顔。俯いてただ世迷言を繰り返すだけの祖母。私が遠い夏の日を思い出す時に匂ってくるのは、故郷の風景と家族の歴史であり、言い換えるとそれは、戦争の匂いである。 身近な祖父母たちには、よくドラマで描かれるような優しさは無く、無口で、かと思えば早口で、短気で暴力的で、感情的で分かりやすいかと思えば、一貫性が無く何を考えているのか分からず、人間は信用できない、ということを体現していた。そういう人間らしさが嫌になるほど家の中に充満していて、私に常識の範疇を与えている多くの法律よりも早く生まれて生きてきた人たち。彼らが夏になると語るのは、もう死んでしまった人たちのことで、私たちは直接戦争の話を聞いて戦争の匂いを嗅ぐことのできた、最後の世代だったのかもしれないし、そうなることを願ってもいる。 この2つ目の夏の匂いが出てくる小説がある。原民喜の『夏の花、心願の国』だ。「夏の花」は、広島での被爆体験について書かれている。「心願の国」は、その戦争で死んだ妻について書かれている。「心願の国」は、死の誘惑に必死にあがらいながらも、それが不可能であり彼が彼岸に向かって歩いていることを予感させる。ネットで原民喜の顔写真を見てほしい。彼の沁みる表情が全てだ。 夏の匂いの正体は、生と死の匂いである。過去と未来が交錯する時代の裂け目から匂いたってくるものである。我々は、花に水をやらなければならない。夏の陽射しに萎れてしまう前に。 へ?

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2023/07/22

『鎮魂歌』にかなりやられてしまった。表紙のひまわりといい、堪えるしかないことを存在の内に含む姿がとても苦しい。

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2022/01/16

原爆が、落とされたあとの状況が目に浮かぶように書かれた作品。記録としての文学の役割を果たしている。だからこそ、残してもらった私達がしっかりと読み、受け止め行動しいく義務がある。 世界で唯一原爆を落とされた国の国民としての自覚を改めて思い知らされた。

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2021/06/26

ものを書くことへの迷いと覚悟が,静かな文体から感じられる。とはいえ結局は狂気から逃れることは不可能で,しかし何事もなかったかのように語りを続けようとしたのが本作。 いわゆる原爆文学に分類されるのだが,妻の闘病と死の延長線上として書かれている点に注目すべきだろう。急激に拡張する現実...

ものを書くことへの迷いと覚悟が,静かな文体から感じられる。とはいえ結局は狂気から逃れることは不可能で,しかし何事もなかったかのように語りを続けようとしたのが本作。 いわゆる原爆文学に分類されるのだが,妻の闘病と死の延長線上として書かれている点に注目すべきだろう。急激に拡張する現実に対する視点の変化は,シュルレアリスムの作家に通じるところがある。 人間の認識がぶっ壊れる瞬間の記録としても読める。もともとの詩人としての高い技量無しには成り立ち得ない作品。

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2020/11/21

現代日本文学史上もっとも美しい散文で、人類はじめての原爆体験を描いたと評される原民喜の『夏の花』三部作を含む短編集。原爆以前に亡くした妻への思いと彼が見た原爆投下の惨劇、そして生き残った苦しみ、原爆をこのように描いた作家はほかにはいません。

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2020/10/24

短編「夏の花」だけは、原爆を題材にしたアンソロジー「セレクション戦争と文学」(集英社文庫)ですでに読んでいだ。 https://booklog.jp/item/1/4087610470 冒頭の一文「私は街に出て花を買うと、妻の墓を訪れようと思った。」に象徴されるように、静かに湧き...

短編「夏の花」だけは、原爆を題材にしたアンソロジー「セレクション戦争と文学」(集英社文庫)ですでに読んでいだ。 https://booklog.jp/item/1/4087610470 冒頭の一文「私は街に出て花を買うと、妻の墓を訪れようと思った。」に象徴されるように、静かに湧き出す清水のような文体。それは「明るく静かに澄んで懐かしい文体」を目指したという作者の言にも当てはまる。 しかし、妻の早世と、偶然帰省した広島での原爆被爆という2つの体験を経た作者が、その文体どおりにいつも凪いだ水面のように静穏でいられたとは思えない。 それを裏付けるように、私はこの作品集を読んで、次の2つのことが気になった。 ①妻の病が進んでいくのを自分では止められなくそれを静かに受け入れざるを得ない作者の思いが静かに描かれるのと表裏一体をなすものとして、戦争が進み暗く単調化していく世相に誰もが覆いつくされて止められない様子が、耳をすませば和音の低音部のように文体から響いてくるのが分かる。 ②妻に静かに寄り添う一連の描写のあと、後半に置かれた短編では、作者が「U」と表記する22歳の女性が彼にとって存在感を増してゆく。妻に先立たれて7年近くがたつ作者が「ある優しいものによって揺すぶられていた」と書くのを、“静穏”と一くくりにして良いのか正直迷う。 つまり私にとっての原民喜は、この本の解説で大江健三郎が「原民喜は狂気しそうになりながら、その勢いを押し戻し、絶望しそうになりながら、なおその勢いを乗り超えつづける人間であった」と書くその額面どおりに受け取れない作家だった。 その証拠は短詩「水ヲ下サイ」に現れている。原にとって“あの夏の日”以降、水を求める声々が耳から離れなくなったのだと思う。この短詩に世間一般的な静穏さはない。 しかし私はそれゆえにこの作家に魅かれる。静穏なだけの作家?そんなのはクソくらえだ。 原も結局は、自身の内部に静穏と狂気とが併存し、その二者の葛藤を書かずにいられない作家だったのだ。聡明な大江は当然それに気づいていて、狂気を描く作家だけが勢力をはびこらせる情勢を良しとせず、あえて原が狂気の描写を抑え冷静さで勝負しようとした稀有な作家であることをクローズアップしたのだ。 つまり原が頭一つ出ている理由は、戦争に対する絶対的な批判精神や人間がもつ熱情を、暴れ馬を抑えるように静かなる文体に封じ込めて結晶化しようとした作家としての使命感にある。(それゆえに作者の鋭敏すぎる精神は伸びきったゴムのように張りつめ、突然切れたのだと思う。) なおWikipediaによると、作者の死後50年が経過して著作権が失効したためWebsiteで自由に原の作品を見つけられるようだ。でも私は原の一連の作品は“紙のページをめくって”読むほうが作者の使命感に応えてその文章の美しさを味わうのに適していると考え、そして大江健三郎の解説文を読みたいために、この本を買って読んだ。

Posted byブクログ

2019/05/03
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

静謐で美しくも猛焔のような熱量と物悲しさを具える。散文作家という予備知識のみで読んだので、『夏の花』の題名の意と描写の強烈さ、たびたび垣間見せる語彙の妙と美しさがより被爆体験の凄惨さを際立たせる。また病床に臥し日々弱りゆく妻を描く『美しき死の岸に』のなんとも哀しく美しいものか。 被曝という原体験と無防備な感性が、原民喜という偉大な才能を以てして本作を描かせ自殺へ導いたのかもしれない。

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2019/01/03

梯久美子さんの本を読んで、読み飛ばしていた本書を再読。 硫黄島が玉砕して、沖縄が占領されて、千葉から疎開したはずの広島にもきな臭い戦争の暗雲が立ち込めてくる不穏な空気が市民生活の様子を通じて十分に伝わってくる。 勤労学徒の女工達が偵察に飛来した輝く機体のB29や残した飛行機雲を...

梯久美子さんの本を読んで、読み飛ばしていた本書を再読。 硫黄島が玉砕して、沖縄が占領されて、千葉から疎開したはずの広島にもきな臭い戦争の暗雲が立ち込めてくる不穏な空気が市民生活の様子を通じて十分に伝わってくる。 勤労学徒の女工達が偵察に飛来した輝く機体のB29や残した飛行機雲を窓から見上げて、「綺麗だわね」と歓声を上げる様はリアルすぎてゾクッとする。 編集に携わった大江健三郎さんが、昭和48年当時の若い人たちに向けて書かれた解説が巻末にあり、 「つけくわえたいことはただひとつ、」に続く文章に救われました。

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2018/02/09

「鎮魂歌」原爆被災によるPTSDの表出か、狂気に満ちた幻視や幻覚の描写が襲い掛かるように突き刺さってくる。

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2017/01/09

一人の人間の内的なものと外的なものが綴られている。 2011念の大災害を経験したからこそ沸き上がって来る複雑な感慨がある。

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