アリストテレスの現象学的解釈 の商品レビュー
2度目の通読。この本の作成経緯どおり、ハイデガーがこの時期の自分の研究計画をまとめたもの。前半は、『存在と時間』へのステップともとれます。『存在と時間』と似ているようでいて、やはりずいぶんちがいます。だってこちらは存在の問いが明確になっていないんだから。 後半は、アリストテレスの...
2度目の通読。この本の作成経緯どおり、ハイデガーがこの時期の自分の研究計画をまとめたもの。前半は、『存在と時間』へのステップともとれます。『存在と時間』と似ているようでいて、やはりずいぶんちがいます。だってこちらは存在の問いが明確になっていないんだから。 後半は、アリストテレスの解釈方針。こういうふうに解釈するつもりだったんだ、ということがわかっておもしろいです。 前回読んだときは、前半のほうが楽しかったですが、今回は後半のほうがおもしろかったです。この前ニコマコス倫理学を読んだところだったので、ハイデガーがばくっと言っていることが、どういう解釈かっていうのがちょっとわかったりして。俄然興味がわいてきました。阿部さんの『存在とロゴス』や、ハイデガー全集62巻あたりを読もうかなあと思いました。ただ、62巻はたしか翻訳出てないんですよね。創文社もつぶれちゃうし、どうなるんでしょうか。 訳者が丁寧に訳してくれているのはよろこばしいですが、やはり日本語としては不自然なことが多々ありますね。Interpretationを解釈と訳すので、Auslegungを釈意と訳し分けていますが、やはりぴんとこないです。ハイデガー読みはタームをドイツ語に再変換しながら読み進めるのであまり支障がないといえばそうですが、私のように素人に戻りつつある人間からすると、やはり訳語にひっぱられることも多くなってきて、そのために理解がうまく進まないこともありました。あと、時熟はちょっと先走って訳しすぎではないでしょうか。たぶん原語がそうなっているんでしょうけど。同じtranszendentalでもカントとフッサールとではずいぶんとちがうように、ハイデガーのこのナトルプ報告と『存在と時間』とでは、意味合いがちがうのではないでしょうか。少なくとも私には、同じものとは読めませんでした。どうなんでしょう。(2018年5月6日読了)
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