象は鼻が長い の商品レビュー
ちんぷんかんぷんだった。 例文がたくさん出てくるが、 冒頭の例からよく分からない。 象ハ、鼻ガ長イ。 名詞句を作って 鼻ガ長イ象 象ノ長イ鼻 中身は 象ノ鼻ガ長イ koto koto? kotoってなんですかね? 読み返してみても唐突に出てくるので分からない。 文法の基礎知識...
ちんぷんかんぷんだった。 例文がたくさん出てくるが、 冒頭の例からよく分からない。 象ハ、鼻ガ長イ。 名詞句を作って 鼻ガ長イ象 象ノ長イ鼻 中身は 象ノ鼻ガ長イ koto koto? kotoってなんですかね? 読み返してみても唐突に出てくるので分からない。 文法の基礎知識だったりするのでしょうか。 そんなこんなで、一通り目は通したが理解できず。 何が言いたかったのかな、とはしがきを改めて見ると、 ハはガノニヲを代行する というハの使い方をいろんな例文を言いかえて見ていくという本だったのかな、というところでした。
Posted by
象は鼻が長い 三上章 くろしお出版 題名に惹かれて読み出したけれど 中身が結構難しい そんなわけで 挫折しそうになったけれど 気を取り直してユックリと読み込んでみると これが結構面白くなってくるので ビックリ 日本語独特のテニヲハの中でも ハとガ更にはハに隠されているガノ二...
象は鼻が長い 三上章 くろしお出版 題名に惹かれて読み出したけれど 中身が結構難しい そんなわけで 挫折しそうになったけれど 気を取り直してユックリと読み込んでみると これが結構面白くなってくるので ビックリ 日本語独特のテニヲハの中でも ハとガ更にはハに隠されているガノ二ヲについて 英文法と比べながらこの一冊にまとめている これはゲームのように何度も読み返せる本で 買った方が良いかもしれない
Posted by
この本は、「は」という助詞の取り扱いを中心にして、日本語文法を考えている。「は」は、その文の主題を表すための助詞であり、単純にそれを表す場合と、主題を欠いた表現での格の代行をする場合(「がをのに」の代行)とがある。そこで単に、格をのみ表す助詞「が」とは異なり、主語を表す項として...
この本は、「は」という助詞の取り扱いを中心にして、日本語文法を考えている。「は」は、その文の主題を表すための助詞であり、単純にそれを表す場合と、主題を欠いた表現での格の代行をする場合(「がをのに」の代行)とがある。そこで単に、格をのみ表す助詞「が」とは異なり、主語を表す項としての助詞とはならないと筆者は言う。また、「が」は、単に、主格をのみ表す助詞であり、それはすぐ後の述語を修飾するのみで、対格や与格よりも多少主題に近いだけであるとしか言えないと。 そういった主張から、日本語文法には主語は存在し得ないという筆者の主張につながる。
Posted by
先日読んだ「日本語に主語はいらない」の「底本」のひとつに挙げられていた本です。 日本語の助詞のうち、係助詞「ハ」の役割について仔細に述べられています。「ハ」は、他の格助詞「ガノニヲ」を代行する働きと、語られている内容の「題目」を提起する働きとを持つ。 ひいては決して「主語」の...
先日読んだ「日本語に主語はいらない」の「底本」のひとつに挙げられていた本です。 日本語の助詞のうち、係助詞「ハ」の役割について仔細に述べられています。「ハ」は、他の格助詞「ガノニヲ」を代行する働きと、語られている内容の「題目」を提起する働きとを持つ。 ひいては決して「主語」の標識ではない。(少なくとも日本語には「主語」の概念は不要) そして、たとえば「象は鼻が長い」という一文があった時に、「象は」が総主語、「鼻が」が主語、等と無駄にねじれた解を与える学校文法への真っ向からのアンチテーゼです。 少々難しいですが、論旨は明解。日本語の構造が非常にシンプルに説明されています。 たぶん、日本語はそのシンプルさゆえ柔軟…運用段階では難しい言語ということになるのかも知れませんね。 この本、初版が1960年。我々もガッコでは「主語・述語」という文法を習いましたが、半世紀を経て近ごろはどうなっているんでしょうか。未だに、旧文部省の亡霊が立ちはだかっているような気がしますが…。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
その昔、学習塾で英文法と国文法を教えたことがある。前者の明瞭さに比べて、後者の歯切れの悪さには往生したもんだった。 しかし、最早タイトルで一撃!「象は、長い→何が?→鼻が」を、SVO の第3文型、と片付けるのは、どう考えても無茶だよなぁ。
Posted by
意欲的で革新的な「日本語文法」の本です。テーマは「は」という助詞の役割です。それがいつの間にか「主語」の話になります。 本のタイトルである「象は鼻が長い」という文章の主語は「象」なのでしょうか、それとも「鼻」なのでしょうか。三上章氏は「そもそも日本語には主語というものがない...
意欲的で革新的な「日本語文法」の本です。テーマは「は」という助詞の役割です。それがいつの間にか「主語」の話になります。 本のタイトルである「象は鼻が長い」という文章の主語は「象」なのでしょうか、それとも「鼻」なのでしょうか。三上章氏は「そもそも日本語には主語というものがない」という、一見とんでもない主張をします。 言語は文法に沿って形作られるものではありません。自然に発生した言語から抽出した法則性が文法なのでしょう。つまり、文法はあくまで「後付け」だと思います。ですから文法には「正しい文法」や「間違った文法」というものはなく、言語の実態をうまく表現している文法が「よい文法」なのだと思います。その意味で、三上氏の主張する文法は「よい文法である」と私には感じられました。学校教育の日本語文法は、あるいは英語文法に毒されすぎているのではないかと思います。 この本は日本語をよりよく理解するうえでの示唆に富んでいて、日本語の素晴らしさについても読者を開眼させてくれるでしょう。日本語を愛する人たち、日本語でよい文章を書きたい人たちに必読の書だと思います。
Posted by
日本語の「は」という助詞について検討していく大変ユニークな本。 ただ、私にとってはやや難しく理解できない部分があり、読んでてつまらなさを感じた。 ⭐️3としたが、これは上記の通り私の日本語文法知識不足の側面が原因の部分もあり、内容としては素晴らしいものだろうと思っている。 ...
日本語の「は」という助詞について検討していく大変ユニークな本。 ただ、私にとってはやや難しく理解できない部分があり、読んでてつまらなさを感じた。 ⭐️3としたが、これは上記の通り私の日本語文法知識不足の側面が原因の部分もあり、内容としては素晴らしいものだろうと思っている。 知識をつけてからこの本にチャレンジし、自分の中での評価を上げていきたい。 以上
Posted by
なかなか難解。内容を読み取れた自信はほとんどないが、ただおぼろげながら捉えた内容は非常に興味深い。 この本での主張は主に次の二つ。 ①「ハ」には主務と兼務とがある。 ②「ハ」は「ガニノヲ」を代行する。 「ハ」は文末と呼応して文を完成させることを本務とし、また兼務として中味へ...
なかなか難解。内容を読み取れた自信はほとんどないが、ただおぼろげながら捉えた内容は非常に興味深い。 この本での主張は主に次の二つ。 ①「ハ」には主務と兼務とがある。 ②「ハ」は「ガニノヲ」を代行する。 「ハ」は文末と呼応して文を完成させることを本務とし、また兼務として中味への関与の仕方も示している。これが主務と兼務という考え方。 「ハ」というのは元々「ガニノヲ」であったものが「題目」として出てきたものであるから、「ハ」は「ガニノヲ」に置き換えることができる。つまり「ハ」は「ガニノヲ」を代行していると言える。 それでは仮に「ハ」は主語ではないとしても「ガ」は主語ではないのか?ということになるのだが、三上氏はどうもこの「ガ」を主語ではなく主格として、つまや連用修飾語として目的語や補語と同列に並べているようである。従来の「主語-述語」を主軸とした文法に一石投じていると言えよう。個人的には私もこの案に賛同。言語を学ぼうとする際に、「主語」というものがあまりにも特別に扱われすぎではないか?もちろん英語においてはそれでもいいかもしれないが、日本語だけでなく中国語においても主語というのがそこまで明確でない気がする。 私は英語や中国語といった外国語を勉強しているが、その中で主語という概念に疑問を持ちこの本にたどり着いた。この本は、日本語だけでなく外国語の世界にも新たな視点をもたらしてくれるものだと思う。
Posted by
日本語「主語」論の古典中の古典。 現在の言語学や日本語学ほどの理論的道具立てを持たない当時の国語学が、膨大な例文を提示しつつ「主語」なる概念の多義性、不明瞭さを浮き彫りにしていく手法は見事。 しかし、当然と言えば当然だが、やはり理論的な明晰さは、現代言語学に譲らなければならない。
Posted by
本書は言語学者である三上章による、日本文法における「は」に関する自説を解説したものである。初版が1960年と古いが増版、増刷され続けている書籍である。 本書では日本文法論に見られる「主語不要論」の立場において、係助詞「は」の働きについて、「文全体の題目を表し、かつ格助詞『が・の...
本書は言語学者である三上章による、日本文法における「は」に関する自説を解説したものである。初版が1960年と古いが増版、増刷され続けている書籍である。 本書では日本文法論に見られる「主語不要論」の立場において、係助詞「は」の働きについて、「文全体の題目を表し、かつ格助詞『が・の・に・を』を代行するものである」としている。 確かにこう考えることにより、英語に直訳すると意味不明になる、「は」を使った文章を (英語的に) 自然な形に言い換えることができる。しかし、現在のところ、この三上文法は主流ではないようである。その理由としては、その代行の解釈がややアドホックであることと、これを生成文法 (正しい日本語の文が作れるような形式的規則) として捉えることが難しいからではないだろうか。三上文法は寺村秀夫に受け継がれたようなので、そちらもぜひ勉強してみたいと思う。 内容は非常に面白いが、文体にやや癖があるので読みにくく、★4つとする。
Posted by
- 1
- 2
