宮沢賢治 の商品レビュー
いくつかザッピングして読む。 何か心の在り方みたいなものがあるのかもしれない、と思った。が、ここを読み解く力が今ないのかもしれない。 ・革のトランク 見栄張ってトランク買って帰る話。自己投射らしい。 ・やまなし クラムボン…なんだったんだ。カニの親子。 ・春と修羅 書体の...
いくつかザッピングして読む。 何か心の在り方みたいなものがあるのかもしれない、と思った。が、ここを読み解く力が今ないのかもしれない。 ・革のトランク 見栄張ってトランク買って帰る話。自己投射らしい。 ・やまなし クラムボン…なんだったんだ。カニの親子。 ・春と修羅 書体の段落がギザギザ。 ・よだかの星 灼けて死んでもかまいません。私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。 これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、逆さにむいているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした。 そして自分のからだがいま燐の火のような青い美しい光になって、しずかに燃えているのを見ました。 今でもまだ燃えています。
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未読のものを中心に読んだ。 奇妙な世界観と読後感を残す「革トランク」、「毒もみのすきな署長さん」、「鹿踊りのはじまり」。 虐げられた存在への視点を持つ「猫の事務所」、「オツベルと象」。 中でも「グスコーブドリの伝記」は興味が引かれる。 初期形「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」...
未読のものを中心に読んだ。 奇妙な世界観と読後感を残す「革トランク」、「毒もみのすきな署長さん」、「鹿踊りのはじまり」。 虐げられた存在への視点を持つ「猫の事務所」、「オツベルと象」。 中でも「グスコーブドリの伝記」は興味が引かれる。 初期形「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」、先駆形「グスコンブドリの伝記」との比較も面白い。 ネーミングとしては最終形「グスコーブドリの伝記」が落ち着きがよいとは思うが、書き込みの多さからすると「グスコンブドリの伝記」に軍配が上がる。最終形は雑誌『児童文学』への掲載の為、圧縮されたものかと思う。ただ、惜しむらくは「グスコン」にしても「グスコー」にしても、最後の下り、イーハトブのために、ブドリが自死を懸けて火山を爆発させる箇所がいささか書き急いだ感が残る。
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宮沢賢治は自身のエッセイの中で 「猫というものが大嫌いだ」と公言するほど猫嫌いだったらしい。思えば宮沢賢治作品の中に出てくる「猫」に与えられた役割は、ずる賢く滑稽で生意気なものばかり。 「雨にも負けず」の精神で作品に血を通わせた賢治からすると、1番忌み嫌う性格を猫にあてがったのだ...
宮沢賢治は自身のエッセイの中で 「猫というものが大嫌いだ」と公言するほど猫嫌いだったらしい。思えば宮沢賢治作品の中に出てくる「猫」に与えられた役割は、ずる賢く滑稽で生意気なものばかり。 「雨にも負けず」の精神で作品に血を通わせた賢治からすると、1番忌み嫌う性格を猫にあてがったのだろう。 だが賢治さん、無類の猫好きから言わせてもらえば猫ほど可愛いものはいないよ、賢治さん
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宮沢賢治ー筑摩日本文学 中学の頃、国語のおじいちゃん先生が好きでよく取り扱った賢治の作品 その中でもオツベルと象が印象深い 先生が音読した白像はどことなく阿呆っぽくて感情が掴めない 彼は定年退職してしまったので中学を卒業してから一度も会えてないけれど久しぶりに会えた気がした #読...
宮沢賢治ー筑摩日本文学 中学の頃、国語のおじいちゃん先生が好きでよく取り扱った賢治の作品 その中でもオツベルと象が印象深い 先生が音読した白像はどことなく阿呆っぽくて感情が掴めない 彼は定年退職してしまったので中学を卒業してから一度も会えてないけれど久しぶりに会えた気がした #読了9/30
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革トランク 毒もみのすきな署長さん 風の又三郎 気のいい火山弾 茨海小学校 セロ弾きのゴーシュ どんぐりと山猫 鹿踊りのはじまり 注文の多い料理店 蜘蛛となめくじと狸 猫の事務所 オツベルと象 飢餓陣営 よだかの星 二十六夜 やまなし グスコーブドリの伝記 詩 「春と修...
革トランク 毒もみのすきな署長さん 風の又三郎 気のいい火山弾 茨海小学校 セロ弾きのゴーシュ どんぐりと山猫 鹿踊りのはじまり 注文の多い料理店 蜘蛛となめくじと狸 猫の事務所 オツベルと象 飢餓陣営 よだかの星 二十六夜 やまなし グスコーブドリの伝記 詩 「春と修羅」序 春と修羅 報告 風景観察官 岩手山 原体剣舞連 永訣の朝 無性慟哭 あすこの田はねえ 青森挽歌 歌曲 星めぐりの歌 大菩薩峠の歌 井上ひさしの解説がどうも…あなたが言うのか?的なやつで。
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弱い者たちの描き方が、苦しくて切ない・・。 色や明かりが ぽわっと浮かんでくるような文章が でもやるせない気持ちを誘うんだなぁ・・永訣の朝 なんどよんでも ぐっとくる・・
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自分とは生まれも立場も異なる農民の仲間に入りたかったんだなぁ宮沢賢治……。作品から感じ取れるどことないさみしさは「ああ、こんなに望んでいるのに、自分はきっと、決して、農民たちと本当の意味で打ち解けることはできないんだなぁ……仲良くなりたいのに……」という孤独の感情。そうかと思えば...
自分とは生まれも立場も異なる農民の仲間に入りたかったんだなぁ宮沢賢治……。作品から感じ取れるどことないさみしさは「ああ、こんなに望んでいるのに、自分はきっと、決して、農民たちと本当の意味で打ち解けることはできないんだなぁ……仲良くなりたいのに……」という孤独の感情。そうかと思えば、あとがきで井上ひさしが言及しているように、服装や持ち物など、こだわりのスタイルは捨てない。それでは、所詮は名家宮沢一族のお坊ちゃんと言われても仕方が無い。異なる生活環境に夢を見るのは人の常、しかし、貧しい方へ夢を見るのは生きることに余裕があるからだ。悪意が無くともこれが嫌味になるということに気が付かなかった宮沢賢治が、愚かでもあり少し愛しくも感じられます。 小・中学生くらいの時に、たしか「オツベルと象」「やまなし」と宮沢賢治のことを教科書で読んだけれど、何だこりゃよく分からんつまらないという印象だった。今、宮沢賢治が作品を作った年齢と同じだけ生きてきた今は、昔に比べてとても興味深く感じた。宮沢賢治の人物像を知ったうえで作品を読んだ方が、私は好きです。おそらくですが、宮沢賢治の作品は他人へ向けたエンターテイメントとういよりも、自己顕示的な表現としての色が濃いような気がします。詩的な物語。 羨望と現実との狭間、生々しい感情と悠久の自然、近くを観る視点と遠くを想う目、調和したリズムとどこかズレているような印象。白か黒かというどちらかには振りきれない世界。 様々な葛藤を自身で経験してきた今、作品を読んで、惹き付けられる不思議な魅力を発見しました。 所々にある可愛らしい表現、言葉のチョイスが好きです。
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ちらっとかじるくらいで、きちんと読んだことのなかった宮沢賢治にチャレンジしてみたものの、言葉がわかりづらかったり、ストーリーがわたし好みでなかったり。でも、読んだ価値は確かにあったと思う。
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おそらく僕の心を形作っているであろう要素の一つに「宮沢賢治」がある。 僕の深いところで今日も賢治のお話は生きている。 言葉の一つひとつが宇宙にちりばめられた宝石のように輝き、燃え続けています。
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授業のテキストとして買ったんだけど、このセレクトはマニアックでとてもいい! 宮沢の「心象」の片鱗に触れられる作品ばかりです グスコーブドリの伝記、子どもの頃に読みたかったな…
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