土佐日記 の商品レビュー
注釈が付いてないのは誤算でした。 解説は注釈の代わりにはならないことがよくわかった。 本文と注釈を交互に読み進めて、分からないところは現代語訳で補完、解説で全体を見返す、というのが今のところいちばんしっくりくる読み方だと思う。
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土佐守の任期を終えた 紀貫之 が書いた土佐から京までの船旅日記。停泊多め 角川文庫 紀貫之 土佐日記 紀貫之が女性作者を装って日記を書いた理由は、編者曰く「ひらがな文学を創始するため」とのこと たしかに他人に読ませるための日記であり、天候不順や船頭の言葉に対する...
土佐守の任期を終えた 紀貫之 が書いた土佐から京までの船旅日記。停泊多め 角川文庫 紀貫之 土佐日記 紀貫之が女性作者を装って日記を書いた理由は、編者曰く「ひらがな文学を創始するため」とのこと たしかに他人に読ませるための日記であり、天候不順や船頭の言葉に対するイライラ、亡くなった娘への追慕の気持ちなど 心理描写が多く文学性を感じる。その瞬間を捉えた和歌の挿入も 日記にストーリーや映像を与えている 和歌だけだと苦痛であるし、戦争日記のような男性的日記では 文学性を感じない。紀貫之が始めた日記文学に 日本文学を見出し、松尾芭蕉への繋がりを論じた ドナルドキーン氏は さすがと思った 「影見れば 波の底なる ひさかたの 空漕ぎわたる 我ぞわびしき」
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配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。 https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=01437896
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やっぱ日本の古典はいいね〜 「分かる!」ってなるもんな 海外の古典、まぁ主にわいが読む海外の古典は中国が多いんだけど たま〜にぜんぜん意味分からん!てなるときあるもん もちろん個人差あるだろうし、あっていいんだが、少なくともわいは「分かる!分かるよ貫之!」てなるもん やっぱ...
やっぱ日本の古典はいいね〜 「分かる!」ってなるもんな 海外の古典、まぁ主にわいが読む海外の古典は中国が多いんだけど たま〜にぜんぜん意味分からん!てなるときあるもん もちろん個人差あるだろうし、あっていいんだが、少なくともわいは「分かる!分かるよ貫之!」てなるもん やっぱ日本人なんやな〜って 繋がってるんやな〜って わいってやっぱ大和撫子なんやな〜って ん? はい、『土佐日記』ね あらためまして紀貫之です 紀貫之はもう全員知ってるものとして話進めます 土佐国の国守だった紀貫之が任期を終えて京の都に帰るまでの日記…のようなものです 土佐国の国守っていうのは今で言う高知県知事なんだけど、中央政府から派遣されてるので政治家ではなくお役人って感じですな で、船でえっちらおっちら京を目指すんですが、なんと一行の侍女のていで書いてるんですわ もう、60近いおっさんがですよ ふざけてます そして全編にわたって平安オヤジギャグ満載です 平安の文化人たちはこれ読んで貫之しょーがねーなーとか言ってたんでしょうか もう勝手に親近感湧きます で、そんな中に土佐の国で亡くした娘のこととか急に歌に詠んだりするので(´;ω;`)ブワッってなります 貫之ずるい いや実際亡くしてるのでずるいとかいっちゃいけないんだけど、落差がね そして五七五七七ですよ なんだろね? なんでこのリズムってこんなしっくりくるのかね?
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#84奈良県立図書情報館ビブリオバトル「食」で紹介された本です。チャンプ本。 2017.11.18 https://www.library.pref.nara.jp/event/2488
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平安中期に描かれた航海の日記。ひらがなを用いた新しい文学。日記の中では、早く都に戻りたいとの思いと、戻れないもどかしさが鮮明に描かれている。また、土佐国で亡くした娘への追慕の念が多く語られており、これは『土佐日記』そのものの主題であるともいわれている。 特に、海が荒れ神様に奉納さ...
平安中期に描かれた航海の日記。ひらがなを用いた新しい文学。日記の中では、早く都に戻りたいとの思いと、戻れないもどかしさが鮮明に描かれている。また、土佐国で亡くした娘への追慕の念が多く語られており、これは『土佐日記』そのものの主題であるともいわれている。 特に、海が荒れ神様に奉納させるシーンが印象的。いつの時代にもずる賢い人はいるんだなぁ。
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空を漕ぐ船 影見れば 波の底なる ひさかたの 空漕ぎわたる 我ぞわびしき (水に映る月影を見ると、波の底に大空が映っているが、その空を漕いで行く私は、何とちっぽけで頼りない存在なのか) 廬山寺 ろざんじ 京都にあるお寺。紫式部の邸宅跡と言われている。 昔の旅行は本当に大変だ。...
空を漕ぐ船 影見れば 波の底なる ひさかたの 空漕ぎわたる 我ぞわびしき (水に映る月影を見ると、波の底に大空が映っているが、その空を漕いで行く私は、何とちっぽけで頼りない存在なのか) 廬山寺 ろざんじ 京都にあるお寺。紫式部の邸宅跡と言われている。 昔の旅行は本当に大変だ。海賊の心配をしたり、天候のために何日も足止めされたり… 「わだの泊の別れの所」での段で、在原業平の名前が出てきて驚いた。 故在原業平だって。死んでる… 在原業平は平安前期の人で、紀貫之は平安前期から中期にかけての人。 それに紀貫之が前の世の優れた歌人たちを六歌仙と名付けたのだから、同じ時代の人ではないというのは、考えてみれば当然だった。 さらに言えば、在原業平の北の方は紀一族の女性だったか。紀貫之にとっては名高い親戚という位置づけだったのかな? 人はなぜ歌を詠むのか? 「思ふことに堪へぬ時のわざ」 土佐の国から京まで、今の高知県から京都までか。 紀貫之一行が京にたどり着いた章では、一緒に帰京したかのようにほっとした。55日間の冬の旅だ。
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教科書に載ってて存在は知ってるけど内容はよく分からないから読んでみたいシリーズその1。 せっかちさんには向かなそう。土佐から帰京する船旅の、日記の体の文学だそう。でも船が悪天候やらなんやらかんやらで、遅々として進まない。まだ同じ場所で停泊しなければいけない、そんな船上の人たちの不...
教科書に載ってて存在は知ってるけど内容はよく分からないから読んでみたいシリーズその1。 せっかちさんには向かなそう。土佐から帰京する船旅の、日記の体の文学だそう。でも船が悪天候やらなんやらかんやらで、遅々として進まない。まだ同じ場所で停泊しなければいけない、そんな船上の人たちの不満や不安が伝染するようで、あーもう早く!と思ってしまう。 読者は作者が本当は男だと分かっている前提で女性のフリして女もしてみんとてするなりと書いていたらしい。一種のギャグのようだけど、当時からそういうのってあったんだなあと、平安時代がちょっと身近に思った。 紀貫之さんは和歌の名手のようで、至る所で上手かったり下手だったりする歌が散りばめられている。文学のミュージカルみたい。
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ほむほむ短歌会の皆で鑑賞した紀貫之特集の番組で紹介された土佐日記。読まなくちゃとしばらく積読状態でした、なんとか読了。 四国の高知から任期を終えてあとの京の都へ帰るまでの、想像を絶する船での移動旅日記(約五十五日間、ある年の十二月二十一日から二月十六日)。 現代訳、原文、解説、...
ほむほむ短歌会の皆で鑑賞した紀貫之特集の番組で紹介された土佐日記。読まなくちゃとしばらく積読状態でした、なんとか読了。 四国の高知から任期を終えてあとの京の都へ帰るまでの、想像を絶する船での移動旅日記(約五十五日間、ある年の十二月二十一日から二月十六日)。 現代訳、原文、解説、時々コラムの構成なので比較的読みやすい。付録に和歌歌謡初句索引、巻末に旅程地図がありそちらをたどりながら道中移動を体感できる。 コラム欄を抜粋。「歌集」でなく「家集」個人の歌を集めた私的な歌集のこと、歌人の家に代々伝わる父祖の歌集という意識が強かったとのこと。歌合とは紅白歌合戦のように二チームに分かれて和歌の優劣を競う文学的遊戯で、チーム名は赤白でなく左右で一首ずつ歌を出し合い勝負を競う。古典文学は、書き写して転写を重ねて残され、自筆本はほぼない状態で読み違いや間違いだらけの写本の可能性もあるとのこと。解説によると、著名は実は『土左日記』らしい。 特に好きな歌を抜粋。 池に住む住人からの贈り物と一緒に添えられた和歌 <浅茅生の野辺にしあれば水もなき池に摘みつる若菜なりけり> 別れをしのぶ幼子が詠んだ歌 <行く人もとまるも袖の涙川汀のみこそ濡れまさりけれ> 風も波もやまず二十五日以上も停泊して焦る様子を詠う 波も雪に見えるくらい途方に暮れている様子 <霜だにも置かぬかたぞといふなれど波の中には雪ぞ降りける> 海賊の噂を聞きつつ船を出すことになった嬉しさを詠う <追ひ風の吹きぬる時は行く船の帆手うちてこそうれしかりけれ> 梶取の無茶ぶりな要求に呆れている様子 大事な鏡を投げ入れたら海が穏やかになったらしい <ちはやぶる神の心を荒るる海に鏡を入れてかつ見つるかな> 無事に京に入り桂川を見てしんみり帰京の嬉しさに浸っている様子 <ひさかたの月に生ひたる桂川底なる影も変はらざりけり>
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平安時代の大歌人、紀貫之が女性になりすまして土佐から京の自宅を目指す旅を描いた日記文学の名作だ。 編者の「はじめに」を引用すると“笑いあり、涙あり、スリルあり、そして作品全編にただよう水の匂い。それが『土佐日記』の魅力” 時にはデーブ・スペクターにも負けないようなダジャレを繰...
平安時代の大歌人、紀貫之が女性になりすまして土佐から京の自宅を目指す旅を描いた日記文学の名作だ。 編者の「はじめに」を引用すると“笑いあり、涙あり、スリルあり、そして作品全編にただよう水の匂い。それが『土佐日記』の魅力” 時にはデーブ・スペクターにも負けないようなダジャレを繰り出し、紀貫之の堅いイメージがいい意味で崩れた。 また、この日記には様々な登場人物が詠む五十八首の和歌が出てきて和歌入門書としての側面もある。一番好きなのはこの和歌。 棹させど 底ひも知らぬ わたつみの 深き心を 君に見るかな (棹をさして知ろうとしても測り知れない大海のように、深いご厚意をあなた方には感じますよ) 土佐を去る紀貫之との別れを惜しみ、見送りに来てくれた人たちへ送った紀貫之の和歌だ。きっと貫之は関羽のように義理人情に厚い男だったのだろう。
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