アリストテレース詩学 ホラーティウス詩論 の商品レビュー
現代の物語を考察する上でも当てはまることが多い。カタルシスを生み出す構造、の話にはなるほどと思わされた。 また読み返したい。
Posted by
あまりに有名な古典なので、 読まなきゃ感に背中を押されて読みました。 意外だったのはホラーティウスの『詩論』が 『詩学』に負けず劣らず良い内容だったこと。 『詩学』に 「出来事、すなわち筋は悲劇の目的であり、 目的は何物にも増して重要である。」 とあって、 なんかすごい大事な...
あまりに有名な古典なので、 読まなきゃ感に背中を押されて読みました。 意外だったのはホラーティウスの『詩論』が 『詩学』に負けず劣らず良い内容だったこと。 『詩学』に 「出来事、すなわち筋は悲劇の目的であり、 目的は何物にも増して重要である。」 とあって、 なんかすごい大事なことなんだろうけど、 それはわかるんだけど、 イマイチ意味がきちんと読み取れないもどかしさ。 うーん勉強不足か。
Posted by
オフィス樋口Booksの記事と重複しています。記事のアドレスは次の通りです。 http://books-officehiguchi.com/archives/4091921.html これまで読んできたアリストテレスの本の中で文学理論の本を読んだのは、今回初めてである。私自身、...
オフィス樋口Booksの記事と重複しています。記事のアドレスは次の通りです。 http://books-officehiguchi.com/archives/4091921.html これまで読んできたアリストテレスの本の中で文学理論の本を読んだのは、今回初めてである。私自身、文学について知見がないため、感想を書くことはできないが、この本を契機に文学理論へと幅を広げたいと思う。
Posted by
「詩」とあるが、叙事詩から悲劇への発展にみられるように、演劇についてのあるべき姿までを射程に入れた文芸論である。 アリストテレスの『詩学』は主に悲劇のあり方や特性について述べた演劇論で、現代の舞台やドラマ作りに携わる人々にも参考になると思われる理論を展開している。 まず、詩や演...
「詩」とあるが、叙事詩から悲劇への発展にみられるように、演劇についてのあるべき姿までを射程に入れた文芸論である。 アリストテレスの『詩学』は主に悲劇のあり方や特性について述べた演劇論で、現代の舞台やドラマ作りに携わる人々にも参考になると思われる理論を展開している。 まず、詩や演劇は、行為する人間を再現したものであるとし、行為する人間がすぐれた者であった場合は悲劇、劣った人間であった場合は喜劇とした上で、再現(模倣)は学ぶために子どもの頃から人間に自然にそなわっているものであり、人間には再現されたものを喜ぶという傾向があるために生まれたのだとする。そして、主に悲劇を取り上げ、悲劇とは一定の大きさをそなえ完結した高貴な行為の再現であり、快い効果を与える言葉を使用し、行為する人物たちによっておこなわれ、あわれみとおそれを通じて、そのような感情のカタルシスを達成するものと定義する。その行為の再現である悲劇には、筋、性格、語法、思想、視覚的装飾、歌曲の6つの構成要素があるとし、最も重要なものは筋(出来事の組み立て)であり、筋は出来事がありそうな仕方で、あるいは必然的な仕方でつぎつぎと起こり、不幸から幸福へ、あるいは幸福から不幸へ移り変わることができるほどの長さがふさわしく、筋は統一されていなければならないとする。そのようなものであるから、詩人や劇作家の仕事は、すでに起こったことを語ることではなく、起こりうることを、ありそうな仕方で、あるいは必然的な仕方で起こる可能性のあることを語ることであり、歴史家はすでに起こったことを個別的に語るだけであり、題材を歴史に求めてもよいが、普遍的なことを語る詩作の方が、より哲学的であり、より深い意義をもつとしている。筋には3つの要素として逆転、認知、苦難があり、筋の組み立てそのものから生じるものでなければならないが、筋の組み立ての目標としては、あわれみは不幸に値しない人が不幸におちいるときに生じ、おそれは私たちに似た人が不幸になるときに生じるものだから、それを踏まえた上で、邪悪さなどではなく、あやまちのゆえに不幸になる人を取り上げるよう提言する。そうした人物の性格は、やはり必然的なこと、ありそうなことにせねばならず、同時に筋の解決もやはり筋から生じるべきで、「機械仕掛け」のようなものに求めるのではなく、不合理な要素があるとすれば悲劇の外におくべきとする。 このようにアリストテレスの演劇論は、現代にも立派に通じるほどに普遍的な思考により理論化されており、テレビドラマ(特に自分も観ることが多いミステリードラマなど)でも、不合理な成り行きや、安易な人物設定、カタルシスの無いオチを見るにつけ、あまねくこの二千数百年前の著作を勉強し直してほしいとさせ思える。 クィントゥス・ホラティウス・フラックスは紀元前1世紀、古代ローマの人。 『詩論』は、ピーソー家の人々への手紙という形式にて、詩的な調べにのりながら、時にはユーモアを交え、様々な事例を例に引きながら、その文芸論を展開する。詩的な比喩表現が多く、当時の背景を知らない自分にはその意を理解するのは少し難しかった。解説によると中世ヨーロッパ以降、その理論は文学や演劇に大きな影響を与えたという。 まず、詩(劇)の構成については全体の釣り合いを主張し、詩人(作家)は自分の力に合った題材を選ぶべきという。そして、詩は美しいだけではなく、快いものでなければならないといい、解説では、有用性とよろこびを同時に追求する姿勢をアリストテレスと対比させている。演劇を実施する上での俳優や舞台装置、演出についての「ふさわしさ」の指摘は、今となっては当たり前のことのように思えるが、率直な批評を必要とし追従者には気をつけるべきという指摘については、作家にとって現代でも常に戒めとせねばならない点であるだろう。 ホラティウスの文芸論は、いかにすると観客(読者)に受け入れられるかという点が重視されているといい、訴求の技術である弁論術を重視するヨーロッパで広く受け入れられたというが、それが逆にアリストテレスの『詩学』の理解を誤ったものにしてきたとのことである。 両編とも、当時の演劇スタイルや小道具、作品がこれでもかというほど引用されており、演劇論のみならず批評の書でもあったと思われるが、自分には未読の作品が多いのとそうした観劇の機会もほぼ無いため、感想や批評の言葉も無いのであるが、はるか昔の演劇理論に触れているだけでも意外と楽しいものであった。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
古代ローマ時代の詩人ホラティウスと哲学者アリストテレスの語る文学理論。 「詩人が狙うのは、役に立つか、喜ばせるか、あるいは人生の楽しみにもなれば益にもなるものを語るか、のいずれかである」 「どのような忠告を与えるのであれ、簡潔でなければならない。すみやかに語られる言葉は、心がすなおに受け入れ忠実に守るだろう。余分なものはなんであれ、いっぱいになった心の中に入らず、そこから流れ出す」 「あまりに用心深く嵐を恐れる者は地面を這うほかない」 などなどありがたいお言葉にたくさん出会えます。 内容の批判をするためにはこの時代の悲劇やら喜劇を勉強しないと。
Posted by
『詩学』のみ再読。師匠プラトンがイデアの不完全な複写として排除した芸術という分野をアリストテレスは最大限に肯定。ミメーシス、つまり模倣や再現を人間の自然的な喜びに結び付け「万学の祖」たる彼によって世界最古の文芸評論は誕生する。当時の花形である悲劇の機能について徹底的に解体、芸術的...
『詩学』のみ再読。師匠プラトンがイデアの不完全な複写として排除した芸術という分野をアリストテレスは最大限に肯定。ミメーシス、つまり模倣や再現を人間の自然的な喜びに結び付け「万学の祖」たる彼によって世界最古の文芸評論は誕生する。当時の花形である悲劇の機能について徹底的に解体、芸術的本懐を「おそれとあわれみ」にあると看破した上でその媒体や方法といった構成要素を分析し提示する。そして本書は失われた第二巻、喜劇の考察の不在によってミロのヴィーナスやサモトラケのニケの様に、想像力による全体への飛翔を手に入れるのだ。
Posted by
内部的な構造を柱に詩の理想形を語るアリストテレス。 観客うけも考え、現実的な詩を語るホラーティウス。
Posted by
アリストテレスは「万学の祖」と呼ばれ、『ニコマコス倫理学』『形而上学』を著し、後のイスラーム哲学や中世スコラ哲学に多大なる影響を与えた人物である。 本書『詩学』は、そのアリストテレスの研究の一環として、すばらしい詩とはどういったものか、それを作るにはどういった手順を踏むべきかを...
アリストテレスは「万学の祖」と呼ばれ、『ニコマコス倫理学』『形而上学』を著し、後のイスラーム哲学や中世スコラ哲学に多大なる影響を与えた人物である。 本書『詩学』は、そのアリストテレスの研究の一環として、すばらしい詩とはどういったものか、それを作るにはどういった手順を踏むべきかを論じた大作だ。 そして、『詩学』の特徴は、なんといっても論理的に書かれた本文にある。 創作活動を行う人は、この本を創作の際の一つの指針として読めばよいと思うし、逆に、普通の人はこの作品を、劇を観たり詩を読んだりする際の参考として読むとよいと思う。 本書は、まず喜劇と悲劇の違いについて論じ、さらに叙事詩と悲劇の位置関係を確認する。本文中に何度も登場する概念が、再現(ミメーシス)、変転、逆転といった概念だ。この3つの概念をまずは抑え、そこから内容を発展していく構成なので、ここを抑えれば本書を容易に読み進めることができるだろう。 喜劇は、「比較的劣っている人たちを再現すること」だ。その一方で悲劇は、「一定の大きさをそなえ、完結した高貴な行為の再現」である。 本書には、しきりに「再現(ミメーシス)」ということばが登場する。これは要するに「模倣(真似)」である。上述のように、喜劇は劣った人について再現し、悲劇は優れた高貴な人について再現する。さらに、本書で後に述べられるが、悲劇は「ありそうで現実には再現不可能なこと」を再現する。ここにおもしろさがあると、僕自身は思う。 さらに、本書で登場する概念として、「逆転(peripeteia)」と「変転(metabasis)」があり、ここを抑えれば本書はかなり読みやすくなるだろう。悲劇はこれらを含んだ複合的な構成となることが望まれる。 読みながら感じられたのは、アリストテレスの論理性のすばらしさと、劇の分析方法について学べたことだと思う。 アリストテレスの論理性のすばらしさは先程も述べたとおりで、徐々に重要事項を積み上げながら展開するさまはまさに圧巻であり、非常にわかりやすい文章ができあがっている。現代の書籍は、ことばの定義が曖昧で論理がわかりにくいものが多く(この本とか)、項目の羅列に過ぎないものも多いと思う。そのような書籍ばかりを読んでいたので、アリストテレスのこの明確な論理は新奇さすら覚えた。 劇(筋?)の分析方法について勉強できたこともまた大きいと思う。小説などを読む際、今回の『詩学』の内容にそって分析してみるとなお面白いと思う。ヒット作はもちろん、『詩学』で書かれた内容以外も含まれていることだろうが、それでも基本中の基本として、本書の内容は抑えられているのだろう。これからの小説読書生活を楽しむにあたっては、『詩学』を読了したことは大きな糧となってくるに違いない。
Posted by
なぜ詩作というものが生まれるのか。大きな原因は二つあるという。ひとつは人間が何かを再現するという行為を好むため。いまひとつは、人間が学ぶということを楽しむからである。 叙事詩、喜劇、悲劇と詩作の種類は様々であるが、本書では主にすぐれた悲劇はどういったものかであるかについて論...
なぜ詩作というものが生まれるのか。大きな原因は二つあるという。ひとつは人間が何かを再現するという行為を好むため。いまひとつは、人間が学ぶということを楽しむからである。 叙事詩、喜劇、悲劇と詩作の種類は様々であるが、本書では主にすぐれた悲劇はどういったものかであるかについて論じている。 すべての悲劇とは六つの構成要素を持っている。それは 1)筋 2)性格(キャラクター) 3)語法 4)思想 5)視覚的装飾 6)作曲 である。 そして悲劇は、人間の再現ではなく、行為と人生の再現である。したがって、出来事と筋が最も重要なものになるのである。 悲劇は、いたましさとおそれを通じて観客の諸感情の浄化(カタルシス)を達成するものである。
Posted by