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幸福な死 の商品レビュー

3.5

31件のお客様レビュー

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カミュの『異邦人』の…

カミュの『異邦人』のもとになったといわれる作品。『異邦人』に感動した人は読んでみても良いかも。

文庫OFF

2026/03/19

個人的には『異邦人』よりこっちの方が好きだったけど、こっちは小説としては未熟だし未刊行になってたらしい。本読むセンスないかも笑 幸福な生/死とはなんなのか、系の実存関連小説として個人的に読んだ。「金と時間」、「幸福への意志」、「健康」などのキーファクターを自分の中で整理するの...

個人的には『異邦人』よりこっちの方が好きだったけど、こっちは小説としては未熟だし未刊行になってたらしい。本読むセンスないかも笑 幸福な生/死とはなんなのか、系の実存関連小説として個人的に読んだ。「金と時間」、「幸福への意志」、「健康」などのキーファクターを自分の中で整理するのに役立てられそう。 世界に身を委ねるとは、ある意味で逆に、現実性の絶望から抜け出して、可能性/永遠性の中で人生を捉えるというようにも考えられるなとも思った。 つか俺は幸福への意志がやや欠けてるかもなー。 世界の美しさに関する描写とか多くて良さげなんだけど、いかんせん自分が風景とかにあまり何も思わないからあんま刺さらず。風景とか見に行く文化的素養鍛えた方が良いのかなー。 また、愛について、あとがきより。 「メルソーがかたくなに愛を拒否し、ひたすら相手を《アパランス》に、あるいは《目の喜びに》とどめようとするその裏には、こうした傷つきやすい自尊心の存在を見逃すわけにはいかないだろう。」P293 「メルソーやムルソーのこうした女たちとのむすびつきは、すなわち、相手を、外観(アパランス)の世界にとどめておこうとするありかたは、自分自身に対する場合も含めて、たえず世界と距離を置こうとする態度に発展していくだろう。〔…〕《世界のやさしい無関心》にだけ心をひらくのである。」P294 心と耳が痛いです。 「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」……。

Posted byブクログ

2026/01/09

私には早すぎた。 文が読めても内容や意味が全く頭に入ってこず大苦戦。 でもまあ投げ出さずに読了したことにも意味があると信じる。 もうちょっと本を読む事に慣れてから読み返そう。

Posted byブクログ

2025/11/07
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

大苦戦の読書でした。 第一章の「自然な死」と第二章の「意識された死」の二部構成ですが、とにかく第二章が意味わからん。 文章は入ってくるのに、それの意味するところ、意図するところがまるでわかりませんでした。 解説を読んで、やや納得。 この作品は、『異邦人』を書く前の、未発表のものなのだそうです。 だから注釈でやたらと、タイプライター原稿ではこう書いている、手書きの原稿用紙では線を引いて消している、など、いろんなパターンの文章を出してくるのか、と思いました。 これも読みながら本文も読む。 となると、作品に対する集中力なんてものは発生しません。 しょっちゅう注釈と見比べなければならないので。 とりあえず第一章のストーリーとしては、貧乏な若者のメルソーは、恋人を通じて金持ちのザグルーと知り合います。 ザグルーは若いころから、金を持っているものは幸せになる義務があると考えており、幸せになるために努力して金持ちになります。 ところがいざ幸せになろうとするとき、戦争中の事故により両足を失い、大金を抱えたまま意に染まない生を送ることになりました。 つまり、ザクルーにとっては、失敗の人生なわけです。 ザクルーはメルソーに遺書、金、ピストルのおいてある場所を教えます。 要は、殺してくれるよう遠回しに頼んでいるのです。 そしてメルソーは望み通りザクルーを殺し、大金を持って旅に出る…と言うのが第一章のあらすじ。 旅を経て、幸せに暮らした後に病死するメルソーの後半生が第二章になっている…と思うのですが…。 『異邦人』の主人公の名前がムルソーで、こちらがメルソー。 似すぎてないか?とおもったり。 貧しいのに自尊心の高い若者が金持ちの老人を殺して金を奪う、と言うのは『罪と罰』みたいやなーと思ったり。 あんまり作品の深いところまで読み込むことができませんでした。 と言うかさ、未発表のこの作品、文庫としてしれッと売らないで欲しい。 カミュの研究している人とか、めっちゃファンの人は読めばいいけど、通りすがりの本好きでは太刀打ちできないと思います。 ってか、私は全然できませんでした。

Posted byブクログ

2025/01/31

 “死ぬことへの恐怖は、人間のなかで生きているものへの、際限のない執着を正当化していた。けっして生きなかったがゆえに、充分には生きなかった”  「忍耐的な自己放棄」が悟りに至る、ブッダの瞑想になぞらえて読めて驚いた。  1年前に本書を読み終えたとき、そのときの精神状態には断絶的...

 “死ぬことへの恐怖は、人間のなかで生きているものへの、際限のない執着を正当化していた。けっして生きなかったがゆえに、充分には生きなかった”  「忍耐的な自己放棄」が悟りに至る、ブッダの瞑想になぞらえて読めて驚いた。  1年前に本書を読み終えたとき、そのときの精神状態には断絶的で自閉的なユートピアという印象に浸れただけだった。メルソーが否定した愛の領域は、愛するものとそうでないものとを分別する、その当然のプロセスに偏った利己的な倫理観を感じて、納得したのも覚えている。  その人「だけ」を愛するために、他の人とその人とを区別することは、愛の決定的な性質である利他性を喪失する矛盾を孕んでいるからだ。  つまり、誰か一人を愛するということは、同時に愛の不可能を立証していることになってしまう。  だから、孤独にこそ、積極的な差異化に基づかない幸福が宿っているというメルソーの解釈に異論はなかった。  でも今は違う。  孤独は積極的な贈与にこそ向かうと今はそう思う。    それは自分自身の孤独を実感しながら、だれかの孤独を癒すことに自分を贈与することだ。そしてその贈与をまるまる忘却してしまうことだ。    執着抜きに贈与することだ。何も言わずに別れたマルトと再開したザグルーは、マルトにとって自分がもう不要な存在であって、自分の必要と相手の必要とが常に一致するわけじゃないことを知った。  その意味で執着とは自分の必要に相手や時間を括ることだし、相手の必要とするときに応じないことでもある。  リュシエンヌに対してのザグルーの態度がずっとひっかかっていた。ひとりの女として女性を愛するときに、リュシエンヌから個別性が失われてしまうようなきがするのも分かる。  逆にそのひとりの女が彼をひとりの男として愛することで、彼もまたその他大勢の「愛された」男として抽象化されることも分かる。  でも、逆説的ではあるけれど、恋愛関係において当事者が個別性を共に喪失することが、愛の成就なのだと思う。  冒頭で自殺したザグルーにしろ、彼に両足がなかったとしても愛は可能なのだ。愛は個別性の領域を凌駕する。個別性の領域にとどまりながら世界を理解したかのようなメルソーの幸福な死は、周りの世界を連続性の領域に押し戻しはできたけれども、生のなかでは得られないものだ。  愛にこだわりすぎた。メルソーはその隠遁生活のなかで、一つの幸福の達成に到達できたのだし、もしリュシエンヌの愛に応答していたとしたら、彼はリュシエンヌというひとりの女性の愛に答える具体的な役割を持って、その存在を限定されていたかもしれない。  リュシエンヌのそれが、執着ではないと言い切れない。愛が愛であるには具体的な形式をとらないのだとしたら、メルソーもまた中途半端にリュシエンヌと関係し、リュシエンヌからの要請にたいして彼の形式を押し通しすべきではなかったのかもしれない。それもまた、ひとつの執着だからだ。  まだ考え足りない、、  

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2024/06/05

ストーリーが読み取りづらく1/3ほどで断念してしまった。もう少し時間を空けてからもう一度最後まで読み直そうと思う。

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2024/06/04
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

ザクルーとメルソーは最終的に同じになった。 メルソーは最初貧しい=不幸だという考えで、そこからザグルーを殺すという考えに至ったが、真の幸福を見つけるのは貧しい状態ではできなかったのだろうか。出来ない。ザグルーが最初に「時は金なり」ということを教えた。八時間働く貧しいメルソーでは、時も金もなく、幸福には至れなかっただろう。また、この小説では自然の描写が多い。美しい場所で最期を迎えたからこその幸福かもしれない。 表面的な幸福(金、異性)までは思いついていたが、最後に見つけた真の幸福が、自己の多面性から一つを選びとるということなのがとても良かった。人は自己の多面性によって苦しむ。苦しみながらも生き続ける。最後に全てを理解し、一つを選び取れたのは、ザグルー同様死期が近づいていた故かもしれない。 ベルナールという医者がでてきたが、ペストの主人公と同じ名前だった。多分同姓同名。 いくら読解しても分からない所があった。カミュの別作品か、キリスト教背景がないと読み解けないのかもしれない。

Posted byブクログ

2023/10/26

 休みの日に何かしなきゃと使命感に駆られることの正体を感じられた気がしました。 メルソーの幸福の追求の過程を読んで自分が幸せな休みを過ごすことで自分の人生は有意義だと正当化しようとしているんじゃないかと感じました。その一方で帰り際に感じる虚しさはこんなことしても自分の人生は幸福だ...

 休みの日に何かしなきゃと使命感に駆られることの正体を感じられた気がしました。 メルソーの幸福の追求の過程を読んで自分が幸せな休みを過ごすことで自分の人生は有意義だと正当化しようとしているんじゃないかと感じました。その一方で帰り際に感じる虚しさはこんなことしても自分の人生は幸福だと言えるのか?独りで無為にどっか行くことが?と自問にも捉えられました。それはわざわざ孤独になることで女たちの存在に幸せを感じるメルソーのように、それが幸福なのかを自分で証明し続けないといけない労苦に感じました。  自分でもちゃんと読めたわけではないのでこれからより再読していきたいと思えてしまう謎の魅力があり、そこが異邦人を未だに悩みながら読んでいる理由を見つけることにもなりそうだなと根拠なく思ってます。

Posted byブクログ

2022/01/24

アルベール・カミュが処女作として書き、生前日の目を見なかったが、あの「異邦人」のベースとなったと言われる作品。 主人公のメルソーは恋人との関係を持つ、両足の無い不具者で有り富を持つザグルーについての会話の中で金と幸福についての相関性を説かれ、自分の人生を馬鹿にされたとの思いを持つ...

アルベール・カミュが処女作として書き、生前日の目を見なかったが、あの「異邦人」のベースとなったと言われる作品。 主人公のメルソーは恋人との関係を持つ、両足の無い不具者で有り富を持つザグルーについての会話の中で金と幸福についての相関性を説かれ、自分の人生を馬鹿にされたとの思いを持つ。 ザグルーを射殺したことにより、その富を奪い取り、富による幸福を目指し、放蕩をする。最終項に於いてメルソーは死に至るが、奪った富により得た幸福な生は、その死を幸福にしたか、決定的な彼の言は無いので、読者に委ねられる。 カミュがまだ若くその生活に貧困があった事から求めを小説の中で描きたかったのだろうけど、「異邦人」ほどの哲学性は残念ながら見つけられなかった。但し文体の煌めきはこの頃から際立ってはいると思った。

Posted byブクログ

2021/05/14
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

文章の書き方は異邦人にも通ずるが中々馴染めず非常に読みづらかった。(特に第二部、意識された死・・)カミュによって書かれ夫人の所有物。刊行も作者自身ではなく周囲が行ったもの。前書きにある通り、一つ一つの刊行を軽々しく行わなかったカミュにとってこれは望むかたちなのか、注釈にページ大部分割かなきゃ読み解けないような本でよいのかなど、カミュという人物の探求の為ならとても参考になる本なんだろうけど作品単体としては好きになれなかった。

Posted byブクログ