パンセ の商品レビュー
翻訳者の前田陽一はマルクス・アウレリウス『自省録』の翻訳者の神谷美恵子の兄である事を最近知りました。
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青年時代に三木清の『 パスカルにおける人間の研究 (岩波文庫) 』を読んで以来、キルケゴールやハイデガーの先駆者としての実存哲学風のパスカルの印象を長らく持っていた。それもパスカルの重要な一面であろうが、実際に読んで見ると『パンセ』はそれに尽きない魅力に溢れている。 一例をあげ...
青年時代に三木清の『 パスカルにおける人間の研究 (岩波文庫) 』を読んで以来、キルケゴールやハイデガーの先駆者としての実存哲学風のパスカルの印象を長らく持っていた。それもパスカルの重要な一面であろうが、実際に読んで見ると『パンセ』はそれに尽きない魅力に溢れている。 一例をあげると、パスカルは懐疑と独断のいずれにも全面的には与せず、両者の間で何とか平衡を保とうとする。この点で、極端を排する常識(コモンセンス)、あるいは良識(ボンサンス)を持った人に思える。「二つの行き過ぎ。理性を排除すること、理性しか認めないこと(断章253)」「われわれが徳の中に身を保っているのは、・・・相反する二つの悪徳の釣合によってである。それらの悪徳の一つを取り除くがいい。われわれは他のほうにおちこむだろう。(断章359)」「この世では、一つ一つのものが、部分的に真であり、部分的に偽である。・・・何ものも純粋に真ではない。(断章385)」『パンセ』には求道者パスカルとはまた一味違ったこうしたバランス感覚が随所に顔を覗かせている。 もっとも、本書は元々キリスト教の護教論として構想された未完の書物の草稿群であり、信仰のない人生がいかに悲惨であるか、信仰と理性の適切な関係はどうあるべきか、といった問題が主要テーマになっている。そして後半は聖書について相当な知識がないとかなりつらい。注と聖書本文を照らし合わせて読まなければ、断片的な記述にどんな意図がこめられているのか殆ど理解不能だ。とは言え、その大半は前半の思索を聖書の具体的な言葉に関連づけて再論したものであり、前半だけ読んでもパスカルの全体像はある程度掴めるだろう。
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烏兎の庭 第二部 箱庭 4.10.05 http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto02/diary/d0504.html#0410
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キリスト教擁護論。ヤンセニスム寄り。 でも 訴えていることは 恩寵ももちろんなのだけれど 神様の愛 ストーリーではなく いろんな思考の葉を重ね合わせたもの
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人間は考える葦である、で有名な一冊。 かといって、それがどんな本なのか?という素朴な疑問から読み始めた本だったのですが、これがまた興味深くて何度も読み返した。 今のジャンルで乱暴に当てはめるならば、当時のエッセイみたいなものだよね。 ブーレーズパスカルという人が、どういった出来事...
人間は考える葦である、で有名な一冊。 かといって、それがどんな本なのか?という素朴な疑問から読み始めた本だったのですが、これがまた興味深くて何度も読み返した。 今のジャンルで乱暴に当てはめるならば、当時のエッセイみたいなものだよね。 ブーレーズパスカルという人が、どういった出来事に感銘を受けて、どういった出来事にムカついたのか。 その対処法などは現代にも通じてすごく面白い。
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カテゴリ:図書館企画展示 2015年度第5回図書館企画展示 「大学生に読んでほしい本」 第3弾! 本学教員から本学学生の皆さんに「ぜひ学生時代に読んでほしい!」という図書の推薦に係る展示です。 伊豆藏好美教授(哲学科)からのおすすめ図書を展示しています。 展示中の図...
カテゴリ:図書館企画展示 2015年度第5回図書館企画展示 「大学生に読んでほしい本」 第3弾! 本学教員から本学学生の皆さんに「ぜひ学生時代に読んでほしい!」という図書の推薦に係る展示です。 伊豆藏好美教授(哲学科)からのおすすめ図書を展示しています。 展示中の図書は借りることができますので、どうぞお早めにご来館ください。 開催期間:2016年1月6日(水) ~ 2016年3月4日(金) 開催場所:図書館第1ゲート入口すぐ、雑誌閲覧室前の展示スペース 数ある哲学の古典の中から、とくに哲学や思想史についての予備知識がなくても読める本として上記三冊をお奨めします。「おもしろい」とか「わかりやすい」とはあえて言いません。私自身、これらの本を高校から大学にかけての時期に初めて読んだときは、「わかった」とも「おもしろかった」とも思えませんでした。それでも「わかりたい」とは思い、「いつかもう一度読みたい」とも思いました。そして、これまで折にふれて読み返しては、その都度新たな驚きや感動を与えてもらっています。結局はそのような書物こそが「古典」と呼ばれるのでしょう。多少なりとも自由な時間のある大学生時代こそ、そうした書物との最初の出会いのまたとない機会です。どうかその機会を逃されませんように。
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物事の価値が両義的であることを、 しっかりと捉えつつ、懐疑論に与しない。 その代わりに、キリストへの愛をもって、 人生の価値を担保しようとする。
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中途半端な存在としての人間 不確実であり惨めであり、真にも善にも辿りつけないが、動物でもない。 そこで人間は考えることから逃げて気晴らしをする。賭けは賭け金が必要だが、その金がほしいわけではなく、その時間を楽しむ。何もかもが気晴らしであって、死の事実、惨めさに直面するのは不幸。し...
中途半端な存在としての人間 不確実であり惨めであり、真にも善にも辿りつけないが、動物でもない。 そこで人間は考えることから逃げて気晴らしをする。賭けは賭け金が必要だが、その金がほしいわけではなく、その時間を楽しむ。何もかもが気晴らしであって、死の事実、惨めさに直面するのは不幸。しかし逃避するのもそれはそれで不幸。そこからの逃げ道をキリスト教に求める。 良さの核心を永続性に置き、旧約と新約を折り合わせるための原理を表徴に求める(事実において合っていない部分は隠喩的表現にすぎないと解釈するということ?)。新約の中心人物としてイエスを置き、正当性の基準の一つを奇跡に求めて、奇跡について論じる。 モンテーニュ批判。自分の頭で考える、という姿勢に対していかに習慣や自己愛が人間に作用しているかで以て反論する。 終盤は教皇批判も。信仰において真理を重視することと、理性を優先することの一致。
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キリスト教が絡んでくる社会情勢の中で書かれたものでしょうから,パスカルの真意をよく汲み取れていないかもしれませんが,自分流の解釈をつけながら,記録していきます。 ***** 哲学をばかにすることこそ,真に哲学することである。(断章4) ⇒否定学の精神か。「心理学をばかにする...
キリスト教が絡んでくる社会情勢の中で書かれたものでしょうから,パスカルの真意をよく汲み取れていないかもしれませんが,自分流の解釈をつけながら,記録していきます。 ***** 哲学をばかにすることこそ,真に哲学することである。(断章4) ⇒否定学の精神か。「心理学をばかにすることこそ,真に心理学することである」も成立するのか? 人を有益にたしなめ,その人にまちがっていることを示してやるには,彼がその物事をどの方面から眺めているかに注意しなければならない。なぜなら,それは通常,その方面からは真なのであるから。そしてそれが真であることを彼に認めてやり,そのかわり,それがそこからは誤っている他の方面を見せてやるのだ。彼はそれで満足する。なぜなら彼は,自分がまちがっていたのではなく,ただすべての方面を見るのを怠っていたのだということを悟るからである。(断章9) ⇒物自体は見えない。ある側面からの解釈が全てではないという相対性を配慮しましょう。世界平和のためにも,科学論としても大事な視点だろう。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
人間は生まれたときに死へのカウントダウンが始まっている。 でもそれを考えるのが怖いので、気晴らしを求める。 昨日(2012/8/26)都内某所で自身初の哲学読書会を開催した。 その記念すべき初回にパスカルのパンセを課題本として選びました。 NHKの100分de名著6月号や、今年猫町倶楽部で暇と退屈の倫理学を 呼んでパスカルのパンセに非常に興味を持ったので課題本とした。 パスカルは恐るべし人間への観察力を持っていた。 もともと数学の天才だった彼が論理的に物事を考える能力を駆使して 人間を観察するもんだから、人間についてのコメントは300年も色あせない。 僕が気になった断章。412と413。理性と情念について書かれている。 人間は常に理性と情念の間で戦いをしている。 こうして人間は常に分裂し、自分自身に反対している。 例えば情念ではやりたいと思っていることを理性が止める。 これっていいことだろうと思うけど、 時にこの決断は僕を欲求不満にさせる。 生理的にやりたいことを否定するわけだから。 もう一つ気になったのは断章162 。人間のむなしさを十分知ろうと思うなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めてみるだけでいい。 原因は私にはわからない何かであり・・・。 この章と断章163はグサリと心に刺さる。 こうして人間は不幸である、死について考えるのが怖い、 考えることが原罪であると言い切るんだが、 考えて考えて考えまくる人間は尊厳だといい、 人間は考える葦であるというあの名台詞へと至る。 これ以外のことは参加者に解説としてお伝えすることができたので、 ここではデカルトとパスカルについて述べ感想を終えよう。 デカルトとパンセは当時犬猿の仲だった。 パンセでは徹底的にデカルト批判をしている。 でも我々の先輩方はデカルトの理性は万能であるという考え方を採用し、 デカルトは近代哲学の祖といわれるまでになった。 でも21世紀になってから、そのデカルト的な考え方にひびが入っている。 その典型が原発事故。絶対安全だと政府は言ってきたので、 国民はそれを信じてしまった。でも結果はご存知の通り。 地震で安全神話は崩れた。パスカルは理性には限界がある、 時には直感を信じないといけないといっている。 あらゆる現象、出来事はメカニズムがあるというのはもはや一般人の 我々でも信用することが出来ない。 今こそパスカルの考え方に再度焦点を当てるべきではないか。 (参考資料:NHKの100分de名著-6月号)
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