パニック・裸の王様 の商品レビュー
『裸の王様』は芥川賞…
『裸の王様』は芥川賞受賞作だ。まとまりのある作品である。
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『パニック』というか…
『パニック』というからどんな混乱があるのだろうと思っていたが、想像していた様な大騒動ではなく、なんと言うかある一部の者にのみ許された、潜在的なものだったのだ。
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ササがいっせいに花開…
ササがいっせいに花開き実を結ぶとそれを好物のネズミが大繁殖し・・・現実的にありそうな話でした。お役所の融通のきかない場面もリアルです。
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『パニック』 「集団」という大きな力の流れのなかで、「個」がいかに無力で、不可視的に捻じ曲げられてしまうのか。1匹のネズミが湖に飛び込めば、それに続いて「死」へと飛び込んでしまうネズミたち。感染症の根拠のない噂や俊介を都合よく英雄に仕立て上げ、高らかに官僚批判をするポピュリズム。個人的欲求からネズミの大群と対決する俊介をワナに嵌め、取り込もうとする局長。「集団」の持つ力とその危うさが明確な対比によってというよりは、あらゆる層に複雑に配置され、主人公の俊介でさえ群れの中に帰っていく。ネズミを焼き殺す様子をアウシュビッツに例える俊介が印象的。ナチスはまさに「集団」の狂気であった。 『裸の王様』 小説を十分に評価する眼はないが、それでも開高健はストーリーの構成が上手いと思う。『玉、砕ける』の持つ二重構造的なものがこの作品にもあった。タイトルの「裸の王様」は太郎くんが描いた絵のことを指すと同時に、この物語の骨格的な部分を指しているとも言える。「裸の王様」で王様が裸であることを指摘したのが純粋な少年だったのと同じように、均質化が進む教育界、権威主義が蔓延る芸術界で、主人公が信じるのは周りの大人的なもの、官僚的なものには左右されることのない、自らの経験と想像力に根ざした子供の絵であった。主人公は太郎くんの絵を、楔を打ち込むかのように偽善に満ちた大人世界へ投げ込むのだ。最後には大田氏だけが何が起こったのかを知ることなく、満足そうに笑っている。まさに裸の王様のように。
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裸の王様…偽善とか打算に満ちた社会への抵抗をひとりの画塾の教師の目線から描いている。だけど、私はそんな作者の意図より、太郎ちゃんが精神的に伸びやかになり、子どもの想像力で絵を描けるようになったことが何より嬉しい。
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開高健氏(1930-1989)の芥川賞受賞作『裸の王様』を含む、偽善・虚栄・打算に塗れた社会に生きる人々の、葛藤と自律、再生の心理メカニズムが描かれた、四編の骨太文学。〝太田太郎は山口の紹介で、ぼくの画塾へくることになった...想像していたより太郎は、ひどい歪形を受けていた...不器用だから画が描けないのじゃない。描くべきものを持っていない、孤独な少年、母親に禁じられて、粗野で不潔な仲間と交わることが出来ず、いつも独りぼっちでいた・・・〟
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「裸の王様」のみ読んだ。絵を描くことが大好きな娘の前で、どう声をかけたらいいのか考える日々。昔、少し読んだこの本の存在を思い出して再読。子どもの心のうちに秘めたものを具現化させるって難しい。自由に描くって難しい。向き合う、寄り添うって難しい。なにか得た気もするが、ますます難しいな...
「裸の王様」のみ読んだ。絵を描くことが大好きな娘の前で、どう声をかけたらいいのか考える日々。昔、少し読んだこの本の存在を思い出して再読。子どもの心のうちに秘めたものを具現化させるって難しい。自由に描くって難しい。向き合う、寄り添うって難しい。なにか得た気もするが、ますます難しいなぁとも感じる。いずれにしても大人の声掛けや導入は影響が大きい。
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短編4篇。大江健三郎の流れから。皮肉の効いた作品集。裸の王様は面白かった。読んだタイミングが悪くダラダラ読書になって入り込めなかった。いつか再読したい。
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こういう文章を書いてみたいと思わせるような文学性の高さは見せつつも、決して読みにくいということはなく終始読者フレンドリーで面白かった。 『パニック』は、著者が筆に託して描きたかったものは果たしてなんだったのかが、読み終わってからようやくわかる筋立ての作品だった。そのためか、組織内政治の描写をそんなに読み込む必要はなかったなと若干の徒労感がある。ただこの作品の勘所はそんな陳腐なテーマじゃない、なんてことは著者のレベルを考えればそもそも自明だった。 『流亡記』は、序盤にほぼ固有名詞が出てこないため、古代中国の城邑っぽい架空の時代と場所が用意された物語として読むこともできる、というか残虐性が高くてそう読むよう誘導される。そのなかに突然出てくる「咸陽」で、読者は秦初の中国のどこかにいることに気付かされる。これは、元々帰属する国など持たなかった主人公と城壁の街が、突然秦の統治機構に組み込まれて帝国民になり、時間意識を与えられたことに合致する。読者が主人公と同じタイミングで同じ情報を与えられるという技巧が面白い。 争いはなくなったが、かつてあった他者との連帯が厳格な法執行と管理のもとで失われていくという問題意識に新規性はないけれど、物語中のシステムに組み込まれて潰されていく人間の有様には真実味があった。 それでも一番面白かったのは『裸の王様』かもしれない。
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過去にも読みましたが、実に20-30年ぶりくらいの再読。 いやあ、なかなかしびれました。 本作、4編の短編から構成された作品群ですが、強烈に感じたのが、通底するシニシズムでありました。お金、権力、偽善への痛烈な批判のようなものを感じました。 ・・・ 「パニック」では、若手公務員の視点で描かれます。 自らの属する官僚組織に巣食う汚職や腐敗、権力を毛嫌いしまた見切りつつ、120年に一度起こる恐慌(ネズミの巨大繁殖とその後の農作物大被害)について声高に対策を上程します。新人の戯言として無視されるも、これを「想定の範囲内のもの」としてあえて看過。のちにネズミ恐慌が起こった時の「それ見たことか」感。 この斜に構えた感が個人的には大分共感しました。まあ私は50歳手前で「それ見たことか」感出しながら仕事しているダメなおじさんですが笑。 ・・・ 「裸の王様」もまた、シニシズムを湛えた、こども絵画教室主宰の「ぼく」の視点からの作品。 やや理想主義ながら、こどもの絵をかく能力を「自由に」「制約なく」描かせることに腐心する主人公と、それを無意識に阻んでいる親や家庭環境、あるいは教育の現場。こどもに真正面から向き合わない親や教育現場を痛烈に批判します。 表面的な美徳に潜む腐臭、善意の顔をした商業主義のようなものを全力で揶揄しようとするかのような作品です。 ・・・ 「巨人と玩具」で感じたのはむしろ徒労感、でしょうか。 レッドオーシャンにあえぐ菓子メーカーのキャラメル部門をめぐる話。競合三社があの手この手でシェアを増やそうと努力しつつという中で、「私」が見た宣伝部でのイメージキャラクタの選定や景品の選定などをめぐる話。社会派の作品でありながら、すさんだ競争社会を揶揄しているような作品でもありました。 ある意味この昭和の営業現場の熱気は、今でいうベトナムやインドなどの熱気などに似ているかなあと感じました。徒労感という意味では、私が勤めていた証券会社での終わりのない営業ノルマを想起しました。 ・・・ 「流亡記」は中国は秦の始皇帝が始めた万里の長城構築をモチーフにした、用役人夫の視点からの作品。 人夫が用役に駆り出される前から物語は始まりますが、最終的にはこの人夫の達観がこれまた徒労感を呼び起こします。駆り出されたことは不幸といえば不幸。でもこれを駆り出す役人も、規定の人員を規定の日付まで送り届けなれば死刑。つまり管理する側される側は同じ土俵で死と向かい合う。人夫は将来の反乱も予想するも、長城の建設・辺境での戦い、王位に就くものの横暴等は続いていくものとの達観を得ます。 単調さの中に物語は終えますが、シニシズムが光る一作。 ・・・ その他、全編にわたりとても密度の濃い書きぶりも気になりました。流麗な比喩や美辞とでもいおう表現が多数使用されています。 とてもライトな書きぶりとは言えないのですが、密度の濃い文章は味わい深い読み口であったと思います。 ・・・ ということで開高氏の初期作品の再読でした。 本棚整理のための再読ですが、これは取っておくかどうか迷うところです。斜に構えた感じがとても私のツボでありました。他の作品も読みたくなりました。
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