お言葉ですが…(8) の商品レビュー
『お言葉ですが…』の⑧、連載1年分、50回。 とくに「ピン助とキシャゴ」と「瞼の母」の回がおもしろい。 漱石の『吾輩は猫である』に出てくるピン助とキシャゴ、『坊ちゃん』の赤シャツと野だいこ、実は同じモデル。漱石の一高時代の同僚教員だという。すなわち、津木ピン助-赤シャツは杉敏介、...
『お言葉ですが…』の⑧、連載1年分、50回。 とくに「ピン助とキシャゴ」と「瞼の母」の回がおもしろい。 漱石の『吾輩は猫である』に出てくるピン助とキシャゴ、『坊ちゃん』の赤シャツと野だいこ、実は同じモデル。漱石の一高時代の同僚教員だという。すなわち、津木ピン助-赤シャツは杉敏介、福地キシャゴ-野だいこは菊池寿人(どちらもヒント丸出しじゃないの!)。どうして彼らをモデルにしたのかも考察している。ちなみに、どちらものちに一高の校長になった。 幼くして母と生き別れた長谷川伸、アブナイ世界も渡り歩いて劇作家となり、自身のことを入れ込んで書いた『瞼の母』が大ヒット。その後、母の所在がわかり、異父きょうだいもいることがわかった。母親はだれで、異父きょうだいはだれなのか。事実は小説よりも奇なり、小説よりも何倍もドラマチック。
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いつものように知らないことばかりで非常に勉強になりました。 一つ意外だと思ったのが、童謡と唱歌に関して考察がおこなわれているところで、著者がフィリップ・アリエスの『子供の誕生』の議論を踏まえているところです。どの巻だったかわすれてしまったのですが、以前著者が、新聞か雑誌の評論で...
いつものように知らないことばかりで非常に勉強になりました。 一つ意外だと思ったのが、童謡と唱歌に関して考察がおこなわれているところで、著者がフィリップ・アリエスの『子供の誕生』の議論を踏まえているところです。どの巻だったかわすれてしまったのですが、以前著者が、新聞か雑誌の評論でこうした広い意味での社会構成主義的な議論をさもあたりまえのことのように記している大学の先生と激しくやりあった経緯が語られていた記憶があり、著者はこういった現代思想的な発想はあまりお好きでないのかもしれないと思っていました。 意外といえば、「フリー百科辞典ウィキペディア」の引用がされているのもそうでしょうか。もっとも著者が自分でしらべたのではなく、読者からの手紙のなかでウィキペディアが参照されていたのを紹介しているにすぎないのですが。
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2007/07 もう、いろいろとすみません。国語くらいは人並よりもうすこしできるかと思いきや、いったい自分は何人のつもりであったのかと思わされる。ああ恥ずかしい。こっそり勉強しようと誓う本。
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