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音を視る、時を聴く哲学講義 の商品レビュー

3.5

10件のお客様レビュー

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2026/04/08

かなり難解に感じた、というか、大森先生の哲学や物理学がメインという印象だった。人間の知覚というものについて考えることができる。

Posted byブクログ

2026/01/15

“音を観る時を聴く“LIFE ”N/Y” “12”坂本龍一 12のサウンドに身を浸しながら読んだ。ものすごく多面的で奥深く掴みどころのないような人だった。音楽や作品にその人の生き方や性格が出るとすれば、到底自分などでは計り知れぬ大きな天体を眼前にしているようだった。遺作となった“...

“音を観る時を聴く“LIFE ”N/Y” “12”坂本龍一 12のサウンドに身を浸しながら読んだ。ものすごく多面的で奥深く掴みどころのないような人だった。音楽や作品にその人の生き方や性格が出るとすれば、到底自分などでは計り知れぬ大きな天体を眼前にしているようだった。遺作となった“12“のアルバムジャケットは「もの派」を代表する国際的な美術家、李禹煥が手掛けた。坂本氏は自身は“もの派”の音楽家だと自覚している。ノイズを排したサウンドを綺麗に構造化する音楽ではなくノイズとサウンドの区別がない世界の響き自体を“もの”として捉え、それらを時空に配置するだけで出来る音楽を考える。李禹煥は人間の意味づけや感情移入と無関係にゴロっと転がっている石や木をアートにする。“12”に収録された曲名が日付である事、李禹煥がジャケットを手掛ける事がとても腑に落ちた。収められた曲を聴くと音楽が立体的で世界そのものを表現していると理解できるようだった。そこには言語知覚というより身体知がありました。 LIFE-WELL TOKYOで坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎の霧の彫刻が行われていましたが姫路市立美術館で霧の彫刻展示を体感したので霧の噴射によって自分の手さえ見失う真っ白の世界の中で鳴る坂本龍一の音楽の融和性は世界と自身の境界線をより、曖昧に滑らかにしたであろうと思いました。 “自分の人生を左右したと思えるほどの子供の頃の思い出も あと何回心に浮かべるか4〜5回思い出すのがせ いぜいだ あと何回 満月をながめるかせいぜい20回 だが人は無限の機会があると思う” LIFEを読むと世界資源の有限性を憂いてモンゴル草原を歩く指先に煙草が握られているのが小さな矛盾を包括している姿のように思えてチャーミングだったので描いてみました。

Posted byブクログ

2025/12/21

積読解消 p.51『…〈今現在〉は幅がゼロの点時刻ではありまけん。もし時間を線と考え、その線上の一点でその線を切ったのが〈今現在〉だと考えるのならば(中略)〈今現在〉は何もない虚空のようなものになりましょう。(中略)線状の過去と未来の真中の〈今現在〉ではいわば時間が溶解して線形...

積読解消 p.51『…〈今現在〉は幅がゼロの点時刻ではありまけん。もし時間を線と考え、その線上の一点でその線を切ったのが〈今現在〉だと考えるのならば(中略)〈今現在〉は何もない虚空のようなものになりましょう。(中略)線状の過去と未来の真中の〈今現在〉ではいわば時間が溶解して線形を失っているように思えるのです。』 大学2年生だった2017年の自分が線を引いた箇所と2025年の自分が線を引く箇所の、差と重なりが興味深かった。社会学的な想起概念に引き寄せて考えるのであれば、過去は確固たる線としてではなく漂う点として存在しており、〈今現在〉における出来事の解釈を要請されるたびに、その都度都度のドゥルーズ的なアレンジメントに応じて再凝固するのではないか。だとすると、過去概念の線形性は母集団における回帰線ではなく、その都度切り出された標本における回帰線のようなものと理解できるし、個人的にはそう理解したい。未来概念についても同様のアプローチで整理したい。

Posted byブクログ

2025/03/20

抽象的なのと物理の用語も多くて難しかったが、意外と楽しく読めた。普段の生活では全く考えないような哲学的な思考がたくさんあり、思考の森を探索するようなそんな感覚を味わえた。 せっかく本を読んだのだから展覧会の方も行きたい。

Posted byブクログ

2025/01/12

大森哲学なんて、とても自分で読み通せる気がしない。 だが、本書は、坂本龍一が生徒役となり、音だけでなく、絵、イメージなどまで含め、それらを私たちがどう知覚しているのかを再検討していく。 本書は文庫になったのが2007年。 原著は1982年刊。 「現代の常識に照らして不適切な表現...

大森哲学なんて、とても自分で読み通せる気がしない。 だが、本書は、坂本龍一が生徒役となり、音だけでなく、絵、イメージなどまで含め、それらを私たちがどう知覚しているのかを再検討していく。 本書は文庫になったのが2007年。 原著は1982年刊。 「現代の常識に照らして不適切な表現もあるが、著者の一人が故人であること、また時代背景を考慮し、そのままとした。」とある添え書きを見ると、感慨深い。 今や坂本さんも鬼籍に入り、もう2年経とうとしている。 本書の内容に関わり、備忘録的に書いておく。 音がどう知覚されるかという話になると、空間と時間の問題が関わってくる。 「今」を、大森さんは「現在只今」と呼ぶ。 時間とはやはり線状のもので、それが空間化され固化された形になる(ベルグソンの「純粋持続」)のイメージに近いとのこと。 瞬間というより、厚みを持ったもの。 しかし、やはりいい言葉が見つからない、と本書では語られている。 空間の比喩を使って時間を説明するのだが、物理的な時間は線的に展開するのだが、人の体験する時間としてはぼけやにじみのように空間的に広がった領域になる、ということらしい。 こういったことが坂本さんの音楽の体験の中に翻訳される。 (それが体感的に理解できるかどうかは、少し難しいこともある気はする。) 主観と客観の二分論も、再検討される。 イメージは、頭の中にあるのではない、という話は、坂本さんもなかなか受け入れづらそう。 そこについて、絵を見たときの感動は絵から切り離せるのか、と問われる。 ことばが認識を作るという考えにも疑問符が打たれ、言葉を介さなくても、分節できるとも。 音楽体験でいえば、荘厳な音楽を聴いて沈痛な気持ちになるのは心の中の問題ではなく、音楽がそのような相貌を持った世界を立ち上がらせるのだ、と。 とはいえ、近代科学の世界像も完全に否定できなく、そこに重ね書きしていけばいい、という。 異分野の人が話す面白さが味わえる本だった。

Posted byブクログ

2018/12/21

見ることと聴くこと◆“今”とはどういう時間か◆イメージは頭蓋骨の中にあるか◆風景を透かし視る◆未来が立ち現われる◆“私”はいない 著者:大森荘蔵、坂本龍一

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2014/11/07
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

[ 内容 ] イメージは頭にあるのだろうか、それとも身体が感じるのだろうか、そして言葉はそれとどのようにかかわるのか。 人は時間を、そして音をどのように知覚するのか、あるいは、それは客観的に計測できるのか。 哲学や諸科学がさまざまに論じてきたこれらの問いに正しい「表現」を与えるべく、世界的ミュージシャン・坂本龍一の問いかけに、時間と感覚について独自の思考を展開させてきた哲学者・大森荘蔵が応える先鋭的な哲学講義録。 1980年代の傑作対話がここに。 [ 目次 ] 第1講 見ることと聴くこと 第2講 “今”とはどういう時間か 第3講 イメージは頭蓋骨の中にあるか 第4講 風景を透かし視る 第5講 未来が立ち現われる 第6講 “私”はいない [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]

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2025/06/26

もう30年くらい前の対談で、著者の一人の哲学者である大森荘蔵さんは すでに亡くなられています。 対談当時の坂本龍一さんも、30歳になってるかなってないかの若さ。 今の僕よりも若い坂本さんが、難解な大森先生の哲学講義によく ついていっていて、もちろん、地頭の良さっていうのはあるでし...

もう30年くらい前の対談で、著者の一人の哲学者である大森荘蔵さんは すでに亡くなられています。 対談当時の坂本龍一さんも、30歳になってるかなってないかの若さ。 今の僕よりも若い坂本さんが、難解な大森先生の哲学講義によく ついていっていて、もちろん、地頭の良さっていうのはあるでしょうけれど、 「頑張ったなぁ」という印象を持ちました。 タイトルにもあるように、大森先生は時間の哲学に明るい方のようで、 <現在只今>というものの区切りはどこで、どこからが過去だろうか、だとか、 「今」の定義だとか、そういうことをについて本書でも考えを述べたり、 まさに考え中のまま語っていたりします。 答えが出ていない中での、外堀を埋めたり、核心部分を見定めたり、 そういったところの思索を語ってくれています。 また、見たり聞いたりして認知するいわゆる知覚世界(ふつうの人間的感覚の世界ですよね) っていうものが、物理的世界(科学的に証明されていることを正解とする世界) に劣っていて正しくないとはしない考えなのは面白かったです。 そして、たとえばイメージすることは未来の産物に関わることだとか、 イメージしたものは未来に実在する産物、だとかっていう知覚の仕方っていうのが、 みなさんなかなかしたことはないでしょうが、これも一つの考えとしてあるわけでした。 難しいでしょうか、でも、頭の体操になるようでもあるし、 そういう視点を持つことで見える世界も変わるので、 ちょっとした知的散歩にもなりますよね。 具体的な例を本書の中から僕の言葉で紹介すると、 スピーカーが2つあって、それが鳴ると、 真ん中で音が鳴っているように知覚されるというのがある。 物理的世界を真とすると、それは正しくなく、やっぱり左右で音が鳴っているから 感じられる錯覚だとされるけれど、知覚世界を正しいとすると、 真ん中でたしかに音が鳴っているのは正しいとされる。 屁理屈じゃなくて、です。 僕がこれをいいなと思えたところは、 知覚世界を物理的世界によってないがしろにしないところです。 そういうのが人間だとか生物にとってはバランスがよくて、 生存していくのに生存しやすいからそういう知覚になっているのではないかなぁ。 後は、世界というのは見たり考えたりすることで、 立ち現われてくるものだ、としています。 存在というのはそういうことみたいな感覚と読みましたが、 難しかったので、誤読していたり、理解が足りなかったりしている 部分もありそうです。 最後に、本書ではさらりと触れられているだけですが、 他者との繋がり・関係において、あったかみ、という言葉がありました。 かつては、あったかみ、があったと。 そういったものはどうやらアニミズムという言葉であてはめておかしくはないようです。 自我にたいする他我っていう言葉もありました。 他我を少し想像してみること、他我を認めることって、 イコール「他者への敬意」なんじゃないのでしょうか。 前回読んだ、佐々木俊尚さんの『レイヤー化する世界』では、 他者との関係に「いとおしさ」があるとなおいい、というように書いてありました。 それは、本書でいえば「あったかみ」が似ていて、さらに、両者ともに、 アニミズムの言葉で大雑把にですがひっくるめることができそうです。 モースの『贈与論』にあることって、このアニミズムなんですよね、たぶん。 そういうものが見直されないかしら。 まったく古代と同じようにせよ、というんじゃなくて、現代風にアレンジした アニミズム的な連帯感覚、それがいとおしさやあったかみなのですが、 そういった感覚って現代での生きやすさに効力があるのでは、 と考えたりします。 最近はこの方面での思考を深めたり検索ワードを増やせたりすることが多いです。 それも、時代の流れに乗ったり動かされたりしている何かなのかもしれないです。 それにしても、だいぶ、生きやすい世界へ今の世界に何が足りないのかが見えてきたなぁ。 だいぶとはいっても、以前の真っ暗闇よりはとっかかりである灯りがぽつぽつ出てきた というようなところですけども。

Posted byブクログ

2012/05/26

あまりにも話が唐突に始まりすぎたのはびっくり。中身は…またじっくり時間をかけて読み解く必要があるかな。

Posted byブクログ

2010/08/04

音というもののひとつの特徴は生まれたとたんに死ぬことである。 過去、現在、未来というのは我々の生活の中の分け方で、物理学には過去、現在、未来はない。全部時間変数t 。物理学に過去、現在、未来を与えるのは我々の生活。 音楽は人の心に様々な情緒を引き起こす。 言葉もひとの心に意味...

音というもののひとつの特徴は生まれたとたんに死ぬことである。 過去、現在、未来というのは我々の生活の中の分け方で、物理学には過去、現在、未来はない。全部時間変数t 。物理学に過去、現在、未来を与えるのは我々の生活。 音楽は人の心に様々な情緒を引き起こす。 言葉もひとの心に意味を呼び起こす。 西洋では技術の進歩と計測器が一種の世界を眺める根本様式だった。ところが東洋、特に中国では技術というのははじめから手作業。そして事の中心は道徳だった。人間の生き方だったわけです。このウェイトが高いといくら技術が進んでもそれが人間世界を眺める根本的な見方にはならなかったんじゃないでしょうか。

Posted byブクログ