同じうたをうたい続けて の商品レビュー
2024.11.6市立図書館 今年百歳をむかえられた児童文学界最長老が80を超えた頃にまとめた創作(1973年から1981年までに発表された小品)とエッセイ(新聞や雑誌に掲載されたものから書き下ろし、補筆まで)。 このところの訃報続きで、亡くなってから読むのでは遅い、という気持ち...
2024.11.6市立図書館 今年百歳をむかえられた児童文学界最長老が80を超えた頃にまとめた創作(1973年から1981年までに発表された小品)とエッセイ(新聞や雑誌に掲載されたものから書き下ろし、補筆まで)。 このところの訃報続きで、亡くなってから読むのでは遅い、という気持ちで手を伸ばした。 巻末をみると、同じ晶文社から神沢利子「おばあさんになるなんて」他、岩瀬成子、鶴見和子、鶴見俊輔らのエッセイ集の紹介が興味深く、いずれ手にとってみたいと思っている。
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大好きだった、『ちびっこカムのぼうけん』や『くまの子ウーフ』の作者がどんな人生を送ってきたのか、これまで考えたことがありませんでした。初めてその一端に触れたのが「流れのほとり』でしたが、それは女学校へ入学するまでの生活でした。 この本は2006年、80歳の時に出版されたもので、これまでのエッセイや、未発表の小説、「母の友」で連載されたイラストと詩などが収められています。 エッセイなので、自伝的なことは断片的にしか語られていませんが、戦争の前日に結婚し、徴兵、戦後は自分と夫の病気、義姉、母親の介護、死別。父と母、兄妹のこと。大人になってからの神沢さんの人生に、明るい光はあまり差していなかったように感じられます。このなかから、あの物語が生まれていたのだと知り、ショックを受けました。でも、だからこそあの力強い文章が書けたのかとも思うのです。 神沢さんは私たちに明るく、確かな言葉で語りかけてくれます。病気がちであったから文学に親しみ、貧乏のどん底だったから夢を描き、文学でお金を稼ぐことができた。母には反発もしたけれど、ようやく今、受け入れることができた、人に助けてもらったことで、私は生き延びてきた、感謝しかないと。 80歳現在の書き下ろしの言葉は、過去を振り返っても、未来への子供達へも、なんと優しい、けれども的確な文章でしょうか。忘れたくない金言が、鉱脈の中からあちこちに光っています。 日本の児童文学を作ってきた作家たちが高齢になり、または亡くなると、絵本はともかく、作者の言葉を記録した本が、本屋さんの棚から姿をなくしていくことは残念です。真実を語る名手の文章を、このまま埋もれさせてしまうのはもったいない。 神沢さんは、2023年現在、99歳でいらっしゃいます。人は皆年老いていくものですが、神沢さんの言葉のように歳を重ねていけたら・・・。
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鎌倉文学館で開催されていた、『神沢利子の世界』展を見て手にとった本。 「いまはただ、わたしのかくもの かいたものが、こどもたちのいのちの火に風を送る、鍛冶屋のふいごの役をつとめるものでありたいとねがっている」素敵な言葉だ。
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幼いころ、毎晩母が読んでくれた詩集がある。 陽だまりのような温かさのある言葉、 擬人化された野菜たちのかわいらしい仕草、 植物に向けられた優しいまなざし。 こっくりとした灰色のカバーがかけられた 詩集「おやすみなさいまたあした」(神沢利子・詩)は今でも私の大切な一冊であり、お気に入りの書棚の片隅に大切にしまわれている。 数々の絵本作品を発表してきた神沢利子さんのエッセイを読み、 一つとても意外だったことがある。 それは常に人生の傍らに絵本があったのではないということ。 幼少期を過ごした樺太では絵本や子ども向けの童話にふれることは難しく、東京での学生時代に参加した同人誌は、戦況激化による応召で次々と解散してしまう。戦後まもなくの子育てでは生活が苦しく、美しい装丁の絵本などとても買い与えることができなかった。 やがて童話作家としてスタートを切ったのも、不安定な家計を支えるためという理由からであり私が幼いころに親しんだ「ふらいぱんじいさん」や「はらぺこおなべ」にこんな人生はいやだ、という恨みが隠れていたとはまったくわからなかった。 神沢さんが本格的に絵本と出会ったのは、17歳の時だったという。 それまでは「小さな村と野山と川がわたしの絵本であり、おもちゃだったのだ」と語るように、すぐそばにある自然が、幼少期の彼女の想像力を大きく膨らませていたのだ。 本著に収められた短編「川のうた」に登場する、生活のすぐそばに寄り添う川は、こうした幼少時代の記憶から描き出されたのだろう。 苦しい生活の中で自らの思いを吐き出すように生み出された作品においても、自身の中の問題意識を書き起こした作品においても、 そこには欠けることなく、自然への優しいまなざしがある。 亡き母が詠んだ俳句を通して、母の人柄に思いをはせる「枯野の母」という短編がいちばん印象に残った。ハイジに憧れた母の生き難さが切ない。
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