そして謎は残った の商品レビュー
「なぜエベレストに登るのか」と聞かれて、「そこに山があるから」という言葉で有名な登山家マロリーを探す調査隊を追ったノンフィクション。 マロリーは、1924年にエベレスト初登頂を目指し、同僚アーウィンとともに登山を開始するが、登山隊のメンバーにアタック中の姿を一度目撃されたのを最後...
「なぜエベレストに登るのか」と聞かれて、「そこに山があるから」という言葉で有名な登山家マロリーを探す調査隊を追ったノンフィクション。 マロリーは、1924年にエベレスト初登頂を目指し、同僚アーウィンとともに登山を開始するが、登山隊のメンバーにアタック中の姿を一度目撃されたのを最後に行方不明になってしまう。その後、数多の登山隊が登頂を果たすが、マロリーは70年以上も発見されなかった。捜索チームは、マロリーの登頂の謎を解くために、それまでの情報を基に探索場所を検討し、遺品捜索中にマロリーの遺体を思いがけず発見することになる。マロリー発見の感動と遺品から判断される彼らの行動の仮説がハイライトになっている。エベレストまでのマロリーの行動と調査隊の苦労が並列に話が展開していて大変面白く読み応えがあった。 マロリーの時代と現代では、ベースキャンプまでの移動行程は大きく異なり容易になったが、エベレスト登頂の過酷さは今も変わらない。道具は進化しているが、一番問われるのは人間の高所への適応能力だろう。 環境への順化、体力、精神力の強さが求められるが、当時の人たちは強かった。 多くの疑問に対する証明はされたが、登頂については未だに謎のまま。著者が考察した4つの仮説は解明されていないというのが、この本出版時の状況となっている。写真や図解などでうまく整理されていて大変分かりやすかった。
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「そして謎は残った」と云う、表題通りのノンフィクション。さすがに迫力はあるけど、物語としての面白さではない。
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※このレビューにはネタバレを含みます
エベレスト登頂を世界で初めて成し遂げたと思いたい、マロリーの調査記だ。 様々な写真が出てきて、当時のことをあれやこれやと想像力をかき立たせるが、結局は真相は分からずじまいだ。 本当に最後のほうに、どのようにマロリーが滑落していったかなどが1ページぐらいでかかれている。 登頂したのか、していないのか、マロリーが亡くなったのは、どういう情況でなくなったのか、などを細かく分析するというよりは、マロリーを探しに、キャンプしながら当時のことに思いを馳せていくといった旅行記のような感じだった。 「神々の山嶺」や「遥かなる未踏峰」を読んだ後に、本書を読んだが、やはりオススメは「遥かなる未踏峰」だ。
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彼は、そこにいた。エヴェレスト北面の8,160m地点。両手を頭の横に 広げ、うつ伏せになったまま75年の時を過ごして来た。 着ていたであろう服はほとんど剥ぎ取られ、剥き出しの肌は色素が抜 けてまるで石膏のよう。 でも、それは紛れもない遺体なのだ。1924年、大英帝国がエヴェレ...
彼は、そこにいた。エヴェレスト北面の8,160m地点。両手を頭の横に 広げ、うつ伏せになったまま75年の時を過ごして来た。 着ていたであろう服はほとんど剥ぎ取られ、剥き出しの肌は色素が抜 けてまるで石膏のよう。 でも、それは紛れもない遺体なのだ。1924年、大英帝国がエヴェレスト 初登頂を目指して送り出した遠征隊に参加した登山家、ジョージ・マロリー。 歳若い同行者であるアンドルー・アーヴィンと共に、山頂を目指して山稜 を歩く姿を目撃されたのが最後だった。 あと数時間で、ふたりは戻って来るだろう。目撃者は思った。だが、何時間 待っても再びふたりの姿を見ることはなかった。 大英帝国屈指の登山家であったマロリーは、果たして初登頂を果たした のか。山岳界に大きな謎を残したマロリーとアーヴィン。本書はふたりの 捜索の為に編成されたアメリカ捜索隊の、マロリー発見と回収した遺品 と当時の資料から登頂の謎を追ったドキュメントである。 1924年のイギリス遠征隊と1999年のマロリー捜索隊の動きが交互に なっている構成は、山の専門用語には門外漢の私でも興味深く読める。 1975年の中国遠征隊のメンバーが、後に日本人登山家に「イギリス人 の遺体を見た」と語った手掛かりに、マロリーの遺体を発見するくだり は圧巻だ。 そして、遺体に残っていた服や装備から回収された遺品から、登頂の 有無を推測する手掛かりが得られる。 だが、結局は謎は謎のまま。マロリーが登頂を果たしたという証拠は ない。そうして、登頂しなかったという証拠もないのだ。 1953年、エヴェレストはエドマンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイに よって初登頂が達成された。もし、マロリーが持っていたカメラが 見つかれば登頂の有無がはっきりと分かり、歴史は塗り替えられる かもしれない。 でも、謎は謎のままにしておいたほうが想像が膨らむかもしれない。 マロリーは捜索隊の手で発見された場所に埋葬された。 尚、捜索隊によってエヴェレストで遭難した人たちの遺体が多く 目撃されている。登山も冒険もしないけれど、この遺体の話は 怖かった。涙。
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そして謎は残った 伝説の登山家マロリー発見記 マロリーの遺体発見までのドラマ。 1924年6月21日、エベレスト登頂を目指して、最後の頂上アタックでこつ然と姿を消したジョージ・マロリーと、サンディ・アーヴィン。 これはマロリーの登頂の謎を追いかけた若き登山研究家ヨッヘン・ヘムレ...
そして謎は残った 伝説の登山家マロリー発見記 マロリーの遺体発見までのドラマ。 1924年6月21日、エベレスト登頂を目指して、最後の頂上アタックでこつ然と姿を消したジョージ・マロリーと、サンディ・アーヴィン。 これはマロリーの登頂の謎を追いかけた若き登山研究家ヨッヘン・ヘムレブと、調査遠征隊を組織したラリー・A・ジョンソン、そしてエリック・E・サイモンスンによる1999年のマロリー遺体発見への探索の物語。 結果、75年ぶりにマロリーの遺体は見つかるが、はたして登頂したかどうかについては判明はしない。 最後の文章が心に残った 結果、「2人は登頂したか?」という質問に対する回答としては、もう一つ質問を重ねるほかないだろう。「それが貴いことか?」と。何より貴いことはー私たちの注目が当然であり、私たちの畏敬が当然なのはー2人が、与えられた諸条件の中で、あれだけのことを成し遂げたことであり、2人の驚くべき体力と度胸、おのれの希望に対する不屈の精神なのである。 1924年6月8日に世界の最高峰に2人が登頂したかどうかというより、そのことこそが、ジョージ・リー・マロリーとアンドルー・カミン・アーヴィンの物語を貴いものとしている。 今日から考えると、信じられないような状況の中でエヴェレストを目指した彼らの勇気と体力に心が打たれた。 その後、エヴェレスと登頂は1953年エドモンド・ヒラリー卿によって達成される。
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登山ものの迫力は本当に凄い。 表紙を開いて飛び込んでくる遺体の写真は衝撃的だがグロではない。 その後の捜索記はややテクニカルだが、発見のくだりは読ませる。 完全に征服したように見えても、山はまだ未踏の場所ばかりだ。
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ヒラリーとテムジンが初登頂するよりずっと前、エベレストに挑んだ登山家マロリーの遺体を探すドキュメント。 果たして彼はエベレストに登頂出来たのか? 8000m級の山々での活動の様子は読んでいて息苦しくなる。
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「なぜ山に登るのか」 「そこに山があるから」 の問答で知られる登山家マロリーの発見記。 実に75年前、 エヴェレスト山頂近くで消息を絶ったマロリー。 彼が登頂に成功したのかどうかはエヴェレスト登山史上最大の謎となった。 本書は現代のマロリー捜索隊と 当時のイギリ...
「なぜ山に登るのか」 「そこに山があるから」 の問答で知られる登山家マロリーの発見記。 実に75年前、 エヴェレスト山頂近くで消息を絶ったマロリー。 彼が登頂に成功したのかどうかはエヴェレスト登山史上最大の謎となった。 本書は現代のマロリー捜索隊と 当時のイギリス遠征隊の対比を絡めつつ展開していく。 とにかく当時の遠征隊の装備には驚かされる。 現代なら富士山ですら場合によっては遭難しかけるぐらいの貧弱な装備で 彼らは世界最高峰の登山を成し遂げようとしたのだ。 表紙の写真はマロリーの肖像と発見された遺体。 遺体は真っ白な彫像のようだ。 彼は発見されるまでの実に75年間エヴェレストの大地にしがみついていたのだ。 タイトルの通り、謎のすべてが明かされるわけではない。 しかし、だからといって本書の魅力がそがれるわけではない。
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