死者の書 の商品レビュー
それぞれのシーンで(…
それぞれのシーンで(革命)を志し、戦い続けた兵士が殺そうとしたモノは何か。生きる為に彼らが体現しようとした(死)を検証し、想像力だけが奪い得る(革命)への連帯を高らかに嘔う現代の(再生=死者)の書。
文庫OFF
著者がさまざまな機会に執筆した評論をまとめた本です。 「犯罪の政治学」と題された章では、あさま山荘事件の犯人であり、拘置所で自殺を遂げた森恒夫や、「中学社会主義同盟」を名乗って郵便局の襲撃をくわだてた「林少年」、あるいはテルアビブ空港乱射事件の犯人である岡本公三についての評論が...
著者がさまざまな機会に執筆した評論をまとめた本です。 「犯罪の政治学」と題された章では、あさま山荘事件の犯人であり、拘置所で自殺を遂げた森恒夫や、「中学社会主義同盟」を名乗って郵便局の襲撃をくわだてた「林少年」、あるいはテルアビブ空港乱射事件の犯人である岡本公三についての評論がまとめられています。「政治の季節」が終焉へと向かっていくなかで書かれた文章としては、うしなわれた時代へのロマン主義的な郷愁がめだちます。おなじく、オリンピックの政治性について論じた「国境問題からおさらばする試み」の章に収められた文章にも、同様の精神が見られます。 おそらく、これらの文章が発表された当時においても、新しい時代を展望するような視点を示しているとはいいがたいものだったのではないかとも思えますし、他方でその反時代性が当時の読者の支持を受けたのかもしれないという気もします。とはいえ、時をへだてて現在から見れば、これらの文章に示されている著者特有の身振りが興味深くも感じられます。
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同名の書が100冊以上あるのを、登録しようとして初めて知りました。 それだけ、死とか死者とは、語り尽くせないくらい興味深く恐ろしいものなのでしょう。 寺山さんの書、です。 独特の独善で、飛躍した、極端な、身勝手な文章がずーっとつづきます。でも、どこかでそれに引き込まれ、気がつく...
同名の書が100冊以上あるのを、登録しようとして初めて知りました。 それだけ、死とか死者とは、語り尽くせないくらい興味深く恐ろしいものなのでしょう。 寺山さんの書、です。 独特の独善で、飛躍した、極端な、身勝手な文章がずーっとつづきます。でも、どこかでそれに引き込まれ、気がつくと、自分が一瞬こころここにあらず、の状態だったことにはっとします。 生活そのものが劇であった、そしてそう生きていたひとだからこそ書ける文章なのだと感じます。 中学生が、強盗団をつくって、銀行に向かい、つかまって「冗談だ」。 それで済んだ時代。 ひょっとしたら、とても幸せな時代だったのでは、と感じさらせれます。寺山さんが存在できたのも、そんな時代だったからかもしれません。今の世の中なら、絶対出てこられない人のような気がします。
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想像力というものが、時間の無駄としか見なされないような現代において読み返す価値のある本である。寺山の演劇というものを想像力の革命として捉えていたことがわかる。 文学や詩は、自分が今当たり前だと思っていることや気持ちがいいと思っていることに対決を余儀なくさせるものでもある。想像力の自由こそが新たな思考、新たな社会を生み出す力を持つからである。寺山は冒頭の「森恒夫論」で、連合赤軍の「粛清」を、「狂気」や「犯罪」として語るのではなく、まさしく森が語るように革命の犠牲ではないかと考える。国家や資本主義の暴力性に対比させて彼らの実践を擁護している。 p19 人がもし、政治的変革に何k\が市価の夢を託そうとするならば、「政治権力とはすべて搾取と抑圧の謂」(バクーニン)であり、そのことは共産主義化の革命過程にあっても例外ではないのだ、ということくらいは覚悟していてもらわなければ革命などは語れない。・・・にんげんは「血のつまったただの袋」であるという認識を全く認めず、ただヒューマニズムの土台からだけ語ろうとするならば、毛沢東も、ホーチミンも、金日成も、チェも、ベトコンも・・・全てイデオロギーを持った殺人鬼であるにとどまり、もしも彼らが「成功」したことによって殺人鬼からまぬがれられたというならばまだ実現していないものは全て形態として名づけえず、起こらなかったことは何ひとつとして歴史ではなかったという真実よりも事実を偏重した日和見主義者に堕することになるだろう。 「異邦人」のムルソーの殺人のように、それは容易に犯罪や道徳のコードから解釈されるべきものではないのだ。
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30年程前に書かれた本。 当時問題になっていたミュンヘンオリンピックや、日本赤軍によって引き起こされた数々の事件について寺山修司の視点から解剖されてゆく。 オリンピックが個人の戦いから国家単位の戦いに変わった時期が、ちょうど第二次世界大戦をはさんだ二回のドイツオリンピック...
30年程前に書かれた本。 当時問題になっていたミュンヘンオリンピックや、日本赤軍によって引き起こされた数々の事件について寺山修司の視点から解剖されてゆく。 オリンピックが個人の戦いから国家単位の戦いに変わった時期が、ちょうど第二次世界大戦をはさんだ二回のドイツオリンピックの時期と重なるということ。何もかもが政治化され、イデオローグによって操作されていく人間たち。 今も昔も変わらない見えない現実。
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