奇貨居くべし 火雲篇 の商品レビュー
「キングダム」では、悪役の呂不韋だが、本書では、美男で愚直で誠実なヒーロー。 その青春時代。 荀子の言葉が興味深い。
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戦乱の中で呂不韋は囚われの身となる。待ち受けていたのは奴隷という立場であった。順境にあっても逆境にあっても彼は問い続けた。問うことと疑うことは似て非なるものだ。偉大な人物はおしなべて我が身の不遇を嘆き運命を疑うことがない。自分を含む世界を突き放して客観的に捉える。なぜなら不幸も幸...
戦乱の中で呂不韋は囚われの身となる。待ち受けていたのは奴隷という立場であった。順境にあっても逆境にあっても彼は問い続けた。問うことと疑うことは似て非なるものだ。偉大な人物はおしなべて我が身の不遇を嘆き運命を疑うことがない。自分を含む世界を突き放して客観的に捉える。なぜなら不幸も幸福も移ろいゆくものであることを自覚しているためだ。万物は流転する。ゆえに流転する万物を達観し好機を待てばよい。 http://sessendo.blogspot.jp/2014/10/blog-post_29.html
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紀元前3世紀中国戦国時代に、秦の始皇帝の父・荘襄王を擁立させた、呂不韋という人物の生涯を描いた作品。荘襄王が趙の国に人質となっていたとき「奇貨居くべし(価値のあるものだ、手に入れるべき)」といって跡継ぎにした。 呂不韋はもとは商人の家の子で学もなく何もないまま家を出るが、旅の途中...
紀元前3世紀中国戦国時代に、秦の始皇帝の父・荘襄王を擁立させた、呂不韋という人物の生涯を描いた作品。荘襄王が趙の国に人質となっていたとき「奇貨居くべし(価値のあるものだ、手に入れるべき)」といって跡継ぎにした。 呂不韋はもとは商人の家の子で学もなく何もないまま家を出るが、旅の途中で和氏の璧という宝を拾ったことから人生が変わる。趙、楚の上の人と知り合いになり、荀子という師にや唐挙という有名な人相見や孟嘗君と出会い、人々を助け、助けられながらやがて王の宰相となる。人とは何か、人を知るとはどういうことか、と常に問いかけながら私欲なく生きてきた生涯が胸を打たれる。
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和氏の璧を無事秦の国から守り、りんへ運んだ呂不韋は病に倒れる。 そこできふくに助けられ、息を吹き返す。 そのまま邯鄲へ向かうはずが、1日遅れで秦からの攻撃を受け、秦の奴隷となってしまう。 しかし、そこで呂不韋は忠実な僕となる雉(ち)、孫子に出会い、蔽いがとれる。 穣から抜けだした、呂不韋は小環や人相見の唐挙と出会う。 唐挙はすぐに呂不韋が大きな器を持っており、ある国の宰相になることを見抜く。 唐挙からの寄付金を慈光苑を届けに行った先で、孟嘗君と出会い、彼に連れだって薛(せつ)へ。 そこでも魯仲連など、有名な士と出会い呂不韋は成長していく。 その後、行方不明となった小環を探し、再び慈光苑へ辿りつくが、そこで孟嘗君の死を知る。 この巻では呂不韋をより大きく深みをもった人物にさせていく人物が登場します。 孫子と孟嘗君。 私が思うに孫子は呂不韋の精神世界の、孟嘗君は呂不韋の世俗世界の基礎を作った人ではないでしょうか? 「国の余毒」 「青という色がある。その色は藍という草から取るが、藍よりも青い。人は青になりうるのだ。」
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様々な経験と出逢いを通じて、人格を築き上げていく過程。 後に大成する基礎が作られていく段階に、見事に引き込まれていきます。 『天下に名が知られるようになったら、天下と共に仁を楽しめ。天下に名が知られなければ、傀然として天地のあいだに独立して畏れてはならぬ』 『幸運を受け取るとき...
様々な経験と出逢いを通じて、人格を築き上げていく過程。 後に大成する基礎が作られていく段階に、見事に引き込まれていきます。 『天下に名が知られるようになったら、天下と共に仁を楽しめ。天下に名が知られなければ、傀然として天地のあいだに独立して畏れてはならぬ』 『幸運を受け取るときは一度にすべてを受け取るべき。逆に不運は分ければよい』 『人に会ったらまず問え。賢人のみならず愚人もまた師なり』
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人はどう生きるべきであるか。生きるということはどういうことか。故人の生き方というのは参考になります。
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キングダムつながりで春秋時代に興味を持ったので、その小説がないかとさがしてたら ありました。 だけど きょうかいやオウキが出てくる感じじゃなかったのでちょっと残念でしたが、時代背景がわかったのでちょっとよかったです。
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前250年頃。秦の宰相を務めた。韓の賈人の子供に生まれ,家族に愛されない不遇な生活を送っていた。始皇帝である秦王政の父子楚の不遇を嘆き,秦王にまでのぼらさせしめた。子楚の正妻の小梠は呂不韋の寵をうけており,子楚に嫁ぐ時は呂不韋の子供を身ごもっており,子楚もそれを承知で欲しいと言っ...
前250年頃。秦の宰相を務めた。韓の賈人の子供に生まれ,家族に愛されない不遇な生活を送っていた。始皇帝である秦王政の父子楚の不遇を嘆き,秦王にまでのぼらさせしめた。子楚の正妻の小梠は呂不韋の寵をうけており,子楚に嫁ぐ時は呂不韋の子供を身ごもっており,子楚もそれを承知で欲しいと言ったと言われており,始皇帝は呂不韋の子供とも言われる。斉の晏嬰,管仲に並び名宰相と言われるひとり。晏嬰は国を富ませ自分は質素のままであり,管仲,呂不韋は自分も国も富ませるという型の人間だった。呂不韋は荀子とも交流があり,唯一の師と仰ぎ,人として生きていくためにつねに努力をし続けるよう自分に言い聞かせながら人生を送った。最後には始皇帝に疎まれ自殺に追いやられる。 『人というものが生きるということを深刻に考えるのは,困難にさしかかった時である。自分について考えるという事は,他人について考えることである。では,順風のときは何を考えていたのか。ふしぎなことに,思い出せない。滑沢な平板のうえをすべっていたにすぎないような気がする。順調の中で自足してしまうと,得るものの質が精神から遠ざかる。端的にいえば,苦しまないひとは多くを得られない。』この言葉が好きだ。
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秦の始皇帝の父ともいわれる呂不韋のお話の第2巻は、十代後半の波乱万丈エピソード。 それにしても、中国のあれだけ広い国土を旅する間に、かつての知己と偶然に再会できるシーンがあまりにたくさんある。しかも、今にも殺されそうな状況の中での危機一髪とかで、本当か?!と疑いたくなってしまいま...
秦の始皇帝の父ともいわれる呂不韋のお話の第2巻は、十代後半の波乱万丈エピソード。 それにしても、中国のあれだけ広い国土を旅する間に、かつての知己と偶然に再会できるシーンがあまりにたくさんある。しかも、今にも殺されそうな状況の中での危機一髪とかで、本当か?!と疑いたくなってしまいます。 ま、フィクションだと思って読めば、それなりに面白いのですが。 2006/2/24
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秦の始皇帝の父とも言われる呂不韋を書いた作品なり。 ただの商人だった人間が秦の宰相にまで登りつめた男の波乱万丈が余す所無く書かれてていますなり。
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