柳田国男全集(4) の商品レビュー
柳田国男「都市と農村」(昭和4年)を読み終わった。現代の過疎問題とちがって、この当時は少ない耕地に小作人がいっぱいいて、農村には人力が余っていた。柳田は「都市は農村の従兄弟によってできたもの」として農村と都市の融和を説き、「農民が自分の力が強いことをしらぬ」といっている。その上で...
柳田国男「都市と農村」(昭和4年)を読み終わった。現代の過疎問題とちがって、この当時は少ない耕地に小作人がいっぱいいて、農村には人力が余っていた。柳田は「都市は農村の従兄弟によってできたもの」として農村と都市の融和を説き、「農民が自分の力が強いことをしらぬ」といっている。その上で、「農村」を「農業の出来る土地、或いは農業も出来る土地、農を足場として靜かなる生活の営まれる区域」とし、農業の「純化」に警告を発する。農村には農業(とくに米作)以外にも、さまざまな産物や産業が起こりうるし、歴史上も農村は手仕事の品をつくったり、小さな畑で多種の作物をつくったり、油や味噌などをつくったり、山や川で物をとったりと、さまざまな「そえかせぎ」ができたのである。だから、「農業を守る」ことが「農村を維持する」ことにはならないという。こういう考えの底には都市人の「農家は食を作っておればいい」という発想があるのだ。都市の軽薄皮肉な文化についても、その歴史をさらいながら、警鐘をならし、3つの農村の貴重な経験を都市住民に教えることができるとする。「勤労を快楽に化する術」、「知慮ある消費の改善をもって、生存を安定にする道」、「土地其他の天然の恩沢を、人間の幸福と結びつける方法」である。これを「文化基準の確立」ともいう。農村には「百の講習よりも自尊心の啓発」が必要であるとし、農村の改善の目標として「働こうとする者に何時でも仕事があること」、「やめたいと思うときにやめられること」、「職業の選択について、正しい判断を下し得るだけの智慮を具えること」を挙げている。「豊かだとみられると損をする」といった、日本のイナカで暮らす人の心情を、柳田は知り尽くしており、なかなか骨太な国家論である。ちなみに柳田は農商務省の官僚であった。『遠野物語』もいいが、彼の国家論もたいへん面白い。現在、「まちおこし」がいろいろ取りざたされているが、文庫本に切り出して、広く読まれてもいい本だと思う。
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