赤ちゃんはどこまで人間なのか の商品レビュー
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人が生まれながらにして持つ心の態度―本質主義(生物・人工物になんらかの意図を見いだす)、二元論(体と体に還元されない精神)がぼくたちの信仰心、芸術、道徳といった高度な知性を生む。という趣旨の本です。 特徴は、赤ちゃんの発達の研究から得られた証拠で態度の生特性を裏づけていることです。 2・3章は本質主義と芸術について。 本質主義は物が作られた意図を想像させ、「これは何のために、だれによって作られたのか」という問いをひねり出します。この態度から創造主たる神が想像されるとブルーム先生は言っています。 また、絵画は芸術家の意図をくみ取られる形で解釈されることになります。贋作はこの意図をともなっていないため評価が低いとのこと。 4・5章は道徳についてです。–が、このへんはよく分かりませんでした。ブルーム先生はのちに『反共感論』という本を書くのですが、共感を重視する今回の『赤ちゃんはどこまで人間なのか』の立場はその本でくつがえされることになります。なので、道徳についての章は話半分で読めばいいかと思います。 6章は嫌悪について。嫌悪感は病原菌/寄生虫感染への防護策として生まれたもので、腐った肉、死体、糞便から遠ざけるためにはたらきます。嫌悪感の対象は拡張され、人間、とくに自分たちと違うように見える人たちにも適用されることがあり、最悪の例がナチでした。 7章は二元論と死後の世界を説明。二元論もまた人間の生得的な視点であり、デカルトもその立場から哲学を作り上げました。その意味で、わたしたちはみな「デカルトの子ども」なのです。 そして、死後の世界は朽ちる肉体と朽ちぬ精神という二元論から自然に発生した考えなのではないか、と。 8章は生得的な本質主義、二元論と近代科学の成果の今後について。生物の複雑なデザインは目的を持たない突然変異と遺伝、つまり進化によって説明できます。モノに還元できない心という発想は哲学者や認知科学者から評判がわるく、唯物論がただしいと多くの科学者は考えています。つまり、本質主義と二元論は間違っています。 ですが、この二つの考えは多くの人にとって人気なので、教育するべきかしないべきか、どのくらいから教えればいいのか、といった点で摩擦が起きるだろうと結んでいます。 ¶ なにかを考えるとき、「何のためにこれはこうなっているのだろう」と考えることが多いものですが、実はその問いは人間の本質主義、赤ちゃんの時からみられる思考形態だ、という話はとても面白いですね。この問いは神を夢想させたのと同じ間違った問いなのかもしれません。動機や意図がないことは意外と多いものです。 二元論も本質主義もあまりにも自然なので、それがバイアスだということに気づかされるのは不安な体験でもあり、重要な知見でもあるでしょう。
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人間の道徳、嫌悪などの感情は、どの程度まで遺伝的な形質であるかの研究成果の紹介。 ポール・ブルームといえば、人間の言語が「適応的」で、自然淘汰の結果として進化したとするスティーブン・ピンカーとの共著論文が有名で、生物進化における自然淘汰の役割を重視する「ネオ・ダーウィニスト」と...
人間の道徳、嫌悪などの感情は、どの程度まで遺伝的な形質であるかの研究成果の紹介。 ポール・ブルームといえば、人間の言語が「適応的」で、自然淘汰の結果として進化したとするスティーブン・ピンカーとの共著論文が有名で、生物進化における自然淘汰の役割を重視する「ネオ・ダーウィニスト」として知られる。チョムスキーは、言語は適応的ではなく、自然淘汰は言語の進化に大きな役割を果たさなかった(何らかの自然法則の制約の中で、他の認知能力の進化の副産物として進化したことを重視する)としており、言語の進化に関しては、ネオ・ダーウィニストと対立する立場を表明している。 「ネオ・ダーウィニスト」が道徳感情の「進化」についてどのように議論するのかを期待して読んだが、本書全体を通して進化の議論は少なめ。 感情の生得性については説得的でわかりやすく、多くの人が納得できるのではないかと思う。
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赤ちゃんが成長していく過程を、心理学の観点から読み解こうという本。人の善悪や世界に対する認識の変化などすごく面白いです。
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赤ちゃんの話ではなく心の機能の話。 p.172 戦時や、社会や経済が崩壊したときのように脅威を感じる状況では、道徳感情にも同じことが起きる。実験でも、同じ種類の道徳的退行を再現することができる。被験者に人間はいつか死ぬのだということをそれとなく伝えるだけで、彼らは人当た...
赤ちゃんの話ではなく心の機能の話。 p.172 戦時や、社会や経済が崩壊したときのように脅威を感じる状況では、道徳感情にも同じことが起きる。実験でも、同じ種類の道徳的退行を再現することができる。被験者に人間はいつか死ぬのだということをそれとなく伝えるだけで、彼らは人当たりがきつくなって罰を与えたがるようになり、ナショナリズム的傾向を強め、自分と似たような人を好み、似ていない人を嫌い、嫌悪感を示しやすくなる。 第6章の嫌悪感についてもおもしろい。 shorebird先生の書評は http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060306
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学習と生得について。われわれの思考や感情は、その大部分が遺伝的に規定されており、学習による部分は道徳や宗教心などのごく一部にすぎないという。・思いやりのような感情も遺伝的に組み込まれている。動物が餌をもらうという実験で、餌をもらう度にとなりの仲間が罰を受けるような環境では、ラット...
学習と生得について。われわれの思考や感情は、その大部分が遺伝的に規定されており、学習による部分は道徳や宗教心などのごく一部にすぎないという。・思いやりのような感情も遺伝的に組み込まれている。動物が餌をもらうという実験で、餌をもらう度にとなりの仲間が罰を受けるような環境では、ラットでさえも(飢え死にという選択はしないが)空腹に耐えようとする。この傾向はサルなどの高等な生物ではより長時間になるが、他の種(ウサギとか)に対しては発揮されない。・嫌悪の反応は3−4歳ころまでは現れず、特に教えない限りは排泄物などに対しても通常、嫌悪反応を示すことはないが、一旦現れるとその時点でなじみのないものに対する嫌悪を次々と示すことが多い。食べ物などもこの時期までに慣れてないものについては嫌悪を示す・たとえば、指を動かすという動作の場合、それを意識してやることがないままに育つため、体を動かしているのは脳だという認識が育ちにくい。そのため、心と体は別々のものと考えるようになる。
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タイトルから私が想像する内容とは違っていました。『進化心理学の視点から、誰もが持っている「人間らしさ」の源泉を探る』進化心理学というものが分かってなかったんですね(苦笑)
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これはなかなかいい本だ. 発達心理学的な「赤ちゃんの心」の知見を通じて人の心の理解を解説しようという趣旨で進化心理学をふまえている.とてもいいのは視点の切り口がすっきりしていて統一感があることと,論点を絞っていてコンパクトにまとまっていること,さらに独自でかつきわめて説得力のある...
これはなかなかいい本だ. 発達心理学的な「赤ちゃんの心」の知見を通じて人の心の理解を解説しようという趣旨で進化心理学をふまえている.とてもいいのは視点の切り口がすっきりしていて統一感があることと,論点を絞っていてコンパクトにまとまっていること,さらに独自でかつきわめて説得力のある見解,主張がきちんと述べられているところである. 全体の統一は,人の心の本質は「赤ちゃんの心」そしてその発達を見ると理解が深まるというところにある.早くから発達したのだから「本質」というのは論証としてはちょっと微妙な部分もあるのだろうが,直感的にはとても納得できる. 特に力が入っている論点は芸術の本質,道徳の起源,嫌悪感,そしてデカルト的な魂の存在と宗教といったところ. 芸術の解説のところにはうならせられる.一見お馬鹿な現代芸術や贋作だとわかると価値が下がることに意味は,芸術には制作者の意図が重要視されているという要素があるのだと解説する.赤ちゃんの認知から説明されるのはなかなか快感である.基本的にはピンカー説の信奉者だった私だが,さらにより理解が深くなった気がする. 道徳については言語と同じく人には生得の原型的な道徳観があり,そこに教わった道徳が具体的に形作られるという主張である.利他的であることの究極因は血縁や互恵的利他で説明できる.問題は至近因としての感情.共感や思いやりは生得的であり,それはおそらくそのような性質があった方が人の集団の中ではうまくやっていけたのだろう.そして共感は模倣を通じて発達する.この辺は丁寧に説明されてなかなか説得的. つづいての道徳の章は結構力が入っている.人の心の理解という主題を少し踏み越えて,どうすれば道徳の輪を広げて世界をよりよくできるのかという問題にも向かい合っている. 道徳の詳細は文化により異なる.そしてこの違いを超えて道徳の輪を広げられれば世界はよりよくなる.そのためには理性で「公平」を達成し共感を広げることだと主張される. なかなかここは真摯に語られていてさわやかである.詳細では西洋の問題になる道徳問題がかいま見えて,そこも興味深い.(今の米国の主流の主張は「道徳の自由」だとか,獣姦とか国旗を雑巾にすることとかが「理由は説明できないが許せないもの」の代表だとか) 魂の問題と宗教は西洋知識人としては避けては通れないらしい.著者は人は生得的にデカルト流の精神と肉体の二元論であり,それはその方が適応的であったためであるという説明をするが,最後にはこれまで得られた知見によると二元論は真実ではあり得ないと認め,子供がどのように神の概念や不思議な話,自分で作ったファンタジーを受け入れるのかを説明する.ここへのこだわりは日本人にはよく理解できないが,逆に西洋知識人の感性が見えてきて興味深い. 簡潔な文体で訳文のリズムもよい.人の心に興味のある人にはぴりっとさわやかな一冊として推薦できる.
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