孫が読む漱石 の商品レビュー
さくまあきらの著書の中、正確に引用できないが以下のやりとりがあった。 夏目房之介に『吾輩は猫である』をマンガ化したら絶対に売れるとススメたら、返ってきた答えは「読んでない」 「読んでない」がオチになっている。本書を読むと『猫』どころか、他作品もずいぶん読み込んでいる。あまり...
さくまあきらの著書の中、正確に引用できないが以下のやりとりがあった。 夏目房之介に『吾輩は猫である』をマンガ化したら絶対に売れるとススメたら、返ってきた答えは「読んでない」 「読んでない」がオチになっている。本書を読むと『猫』どころか、他作品もずいぶん読み込んでいる。あまりにも同じことを言われるので、面倒になっていたのが真相だろう。 挿し絵はどれも楽しい。317頁、鏡子夫人の似顔絵は特によい。カバーイラストも本人が描くべきだった。
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明治の文豪、夏目漱石の孫が文豪の素顔、その家族を子孫ならではの視線から捉えて、文豪の作品の書評をしているところが新鮮で面白い。漱石の本は学生時代以来まともに読んだことがないがまた読み返してみたくなった。
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『漱石の孫』に続く近作。 房之介の父純一がいわゆる「高等遊民」として一生を暮らしたことや、著者のマンガ論が漱石の作品と並んで教科書に載った感想など、興味深かった。 作品論は、編集が用意した資料を読んだうえで語られているので、内容的にもしっかりしていた。 挿絵も楽しい。...
『漱石の孫』に続く近作。 房之介の父純一がいわゆる「高等遊民」として一生を暮らしたことや、著者のマンガ論が漱石の作品と並んで教科書に載った感想など、興味深かった。 作品論は、編集が用意した資料を読んだうえで語られているので、内容的にもしっかりしていた。 挿絵も楽しい。 作成日時 2008年03月22日 18:34
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かつてとある精神科医が言いました「経済的、社会的に越えたと思っていても息子にとって父親というモノは目の前に立ちはだかる壁なのである、その壁を越えたとき息子は自身父親としての壁となるのである」と。そこいらのおとーちゃんについてもそうなんだから、国民的大作家の漱石を父に持つ人が自分の...
かつてとある精神科医が言いました「経済的、社会的に越えたと思っていても息子にとって父親というモノは目の前に立ちはだかる壁なのである、その壁を越えたとき息子は自身父親としての壁となるのである」と。そこいらのおとーちゃんについてもそうなんだから、国民的大作家の漱石を父に持つ人が自分の父親だったら…越えるべき壁がとてつもなく高くてとてもまっすぐには歩けないだろうな、と思って読み始めたのだが…房之介氏は全くそこらへんは淡々と飄々と越えて行ってるようで。越えるのではなくてなんだろう、突き抜けたって言うのだろうか最初から壁が見えなかったというのであろうか。一歩も二歩も離れたところから父を祖父を見ていて、それでいて自分の中に確実に漱石の血が流れているわけだから…ま、とにかくこれは房之介氏にしか書き得ない漱石論で(あたりまえ)本好きには楽しめる一冊だと思います。
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学問研究から文芸創作に移った祖父=「文学」カルチャーを、漫画をカルスタする孫=成果を楽しく消費するサブカル&カルスタが、時にはその背景の違いに苦渋しつつも、ひと通り読んでみた体験記録。「文学」も自分の読後感も、時代と社会が移り変わっていけば、ちがう文脈でちがう場所を占めるものとな...
学問研究から文芸創作に移った祖父=「文学」カルチャーを、漫画をカルスタする孫=成果を楽しく消費するサブカル&カルスタが、時にはその背景の違いに苦渋しつつも、ひと通り読んでみた体験記録。「文学」も自分の読後感も、時代と社会が移り変わっていけば、ちがう文脈でちがう場所を占めるものとなる。文学入門
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