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墜落現場 遺された人たち の商品レビュー

4.5

17件のお客様レビュー

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2025/08/22

日航123便墜落事故に関しては様々な見方、陰謀説など多数あるので、類書を数冊以上読むことをお薦めします。

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2021/12/13

こちらも3度目の読了。 ご遺族の話ももちろんそうだが、藤岡市体育館の近くにあるラーメン屋の話が、とっても胸に突き刺さった。 誰もが一生懸命だった、あの夏。

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2021/08/13

2005年7月20日 第一刷 再読 1985年8月12日御巣鷹山日航機123便墜落。 当時、墜落現場がなかなか確定されず、徐々にわかってくると、その凄惨さに言葉も無かった。 この事故に関係した方は、尚更だったでしょう。 若い頃の上司が古希の祝いで、この123機を急な会議でキャンセ...

2005年7月20日 第一刷 再読 1985年8月12日御巣鷹山日航機123便墜落。 当時、墜落現場がなかなか確定されず、徐々にわかってくると、その凄惨さに言葉も無かった。 この事故に関係した方は、尚更だったでしょう。 若い頃の上司が古希の祝いで、この123機を急な会議でキャンセルしていた事を初めて語った。自分の代わりに亡くなってしまった方がいるのだという想いをその後の人生に抱えて懸命に過ごしたと。 被害者の御冥福を祈りたい。

Posted byブクログ

2017/10/19

日航123の墜落現場から、運び込まれた高崎。 筆者は高崎署の身元確認班班長と言う経験から 生と死をわずかな瞬間にわけ、 生き残った人、そして、身内を亡くした人が 克明に トレースされている。 「あのとき」があったがゆえに  背負っている何かを 見つけ出し、 その絆を 見直している...

日航123の墜落現場から、運び込まれた高崎。 筆者は高崎署の身元確認班班長と言う経験から 生と死をわずかな瞬間にわけ、 生き残った人、そして、身内を亡くした人が 克明に トレースされている。 「あのとき」があったがゆえに  背負っている何かを 見つけ出し、 その絆を 見直している作業の丹念さが、尊い。 自衛隊員、医師、看護婦、葬儀屋さん。 精鋭を集めた自衛隊第1空挺団の出動が おくれた理由がはっきりしない。 それぞれの任務を全うしようとする姿勢。 葬儀屋さんが、罵倒されたところなんぞ、 なんとも言えないものがあった。 こういった、記録をきちんと掘り下げ残していくことが 必要なんだと感じた。

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2015/09/17

サブタイトル:御巣鷹山、日航機123便の真実 昭和60年8月12日に発生した日航機123便墜落事故とその後、関わった幾多の人々を当時検死官としてこの事故に触れた著者が取材して綴ったノンフィクション。 事故から今年で30年ということもあり、事故が起きた8月である先月は特別この事...

サブタイトル:御巣鷹山、日航機123便の真実 昭和60年8月12日に発生した日航機123便墜落事故とその後、関わった幾多の人々を当時検死官としてこの事故に触れた著者が取材して綴ったノンフィクション。 事故から今年で30年ということもあり、事故が起きた8月である先月は特別この事故に関する特番が多かった。 私も改めてそのうちのいくつかを観て、一応知ってはいるもののその実知らないことが多すぎる、と思ってこの本を手に取ってみた。 本当は同じ著者の「墜落遺体」という本が先に出ているのだけど、本屋で両方手に取ってみて、今はこちらを読んでみようという気持ちで。 あとがきによると、のべ13万人もの人間がこの事故に関わっているとのこと。 この本に綴られていているのは主に、墜落現場から程近い町に住む消防団、消防士、警察、自衛隊、医者、看護師、葬儀社の人々、事故の目撃者、遺族など。 墜落現場や検死の壮絶さ、生存者の救出までに時間がかかりすぎたことに対する葛藤、生存者をマスコミから守るための病院側の苦労などが、実際関わった人の言葉を中心に書かれているからそれはもうリアルなのだけど、その中でも私がとりわけ印象に残ったのは、葬儀社の人々の苦労だった。 1000以上もの棺桶と、全国から250台以上の霊柩車を準備して、何の落ち度もなく現場で毎日ほとんど寝ずに立ち働いたというのに、日航の社員と間違われて遺族に罵倒されたり殴られたりした者もいたというくだりは胸が痛んだ。 恐らくそんな風に理不尽な思いをしながらも歯を食いしばって働き通した人々は数知れなくて、敬意を表する以外何も思えないほどだった。 520名もの方が亡くなり、助かったのは僅か4名。しかしその4名が、関わった人々にとっては大きな希望になったのだ。 遺体の描写は生々しく、目を覆いたくなる惨状、というのはまさにこのことなのだろうと思う。 綺麗なまま収容された遺体はほとんどなく、身体がばらばらに千切れたり肉片になった遺体を、警察や医者が数ヵ月もかけて照合していく。それは一人でも多くの遺体を遺族の元に帰したいという執念でしかない。 史上最悪の死者を出した航空機事故の現場の真実。 読んだあと、東日本大震災の時も同じ風に毎日闘った人々がたくさんいて、未だにその後遺症に苦しんでいる人もたくさんいるのだろうと想像した。 本当に頭の下がる思いだし、人間が持つ凄みも同時に感じた。 関わった人たちがいなくなる日はいつか来るわけだけど、忘れてはいけないし、そこで人々が感じたことを繋いでいかなければならない。 と、ありきたりながら強く思った。 自分は恥ずかしいくらい知らないことが多すぎるな、とよく思う。そんなときに教えてくれる本という存在に、今回も感謝した。

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2015/05/26

この方の前作も読みましたが、こちらは十五年後の遺族、墜落地となった地元の人たち、生存者を受け入れた病院関係者、自衛隊員との談話が中心でした。 事故現場特定、到着への遅れについて、自衛隊員にもかなり突っ込んだ質問もするのですが、最終的には上からの命令でしか動けない旨しか記されていま...

この方の前作も読みましたが、こちらは十五年後の遺族、墜落地となった地元の人たち、生存者を受け入れた病院関係者、自衛隊員との談話が中心でした。 事故現場特定、到着への遅れについて、自衛隊員にもかなり突っ込んだ質問もするのですが、最終的には上からの命令でしか動けない旨しか記されていませんでした。作者本人にも疑問はあるようですが、あえて書いていない。否定も肯定もしない。諸説ありますが、いまだ謎に包まれた航空機事故だと私は思います。 あの夏の衝撃は、三十年近く経つ今も忘れることはできません。

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2014/09/07

この方の前作も読みましたが、こちらは十五年後の遺族、墜落地となった地元の人たち、生存者を受け入れた病院関係者、自衛隊員との談話が中心でした。 事故現場特定、到着への遅れについて、自衛隊員にもかなり突っ込んだ質問もするのですが、最終的には上からの命令でしか動けない旨しか記されていま...

この方の前作も読みましたが、こちらは十五年後の遺族、墜落地となった地元の人たち、生存者を受け入れた病院関係者、自衛隊員との談話が中心でした。 事故現場特定、到着への遅れについて、自衛隊員にもかなり突っ込んだ質問もするのですが、最終的には上からの命令でしか動けない旨しか記されていませんでした。作者本人にも疑問はあるようですが、あえて書いていない。否定も肯定もしない。諸説ありますが、いまだ謎に包まれた航空機事故だと私は思います。 あの夏の衝撃は、三十年近く経つ今も忘れることはできません。

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2014/08/25

この事故があった年に生まれたこともあり、毎年夏がくる度に気になってしまうので購入。大切な人をなくした悲しみと戦い、そんな人達に寄り添い支え合おうとする人の優しさや強さと共に、目を背けたくなるような醜悪さも描かれていて、改めて人間という生き物の奇妙さ、不思議さを感じました。下手に読...

この事故があった年に生まれたこともあり、毎年夏がくる度に気になってしまうので購入。大切な人をなくした悲しみと戦い、そんな人達に寄り添い支え合おうとする人の優しさや強さと共に、目を背けたくなるような醜悪さも描かれていて、改めて人間という生き物の奇妙さ、不思議さを感じました。下手に読み手の感情を煽る文章ではないので、純粋に現場を見ていた方の目線を感じ取ることができたように思います。

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2014/03/25

1985年8月12日に発生した日航機墜落事故で、亡くなった乗員・乗客の遺体の身元確認班長による手記の続編。 身元確認の壮絶さを記した前著『墜落遺体』。本書では、そこでは触れられなかった部分を当事者に取材する形でまとめている。 章立ては以下の通り。 第1章 遺族たち 第2章 生存...

1985年8月12日に発生した日航機墜落事故で、亡くなった乗員・乗客の遺体の身元確認班長による手記の続編。 身元確認の壮絶さを記した前著『墜落遺体』。本書では、そこでは触れられなかった部分を当事者に取材する形でまとめている。 章立ては以下の通り。 第1章 遺族たち 第2章 生存者たち 第3章 自衛隊員たち 第4章 医師、看護婦たち 第5章 葬送のとき 前著に比べ章立ては半分程だが、章タイトルを一読するだけでなるほど各章が濃密なのだろうと感じる。 特に第3章と第5章については、前著でほとんど触れられていない。考えても見れば、墜落現場で様々な遺体に直面し、搬入する作業にあたったのは自衛隊員である。また、遺体が搬入された後、写真で見ると体育館に整然と棺が置かれているが、このお棺は誰がどのように手配したのか。また、身元確認が済み、遺族とともに被害者が家に帰る際も、遺体を乗せる車は霊柩車である。これだって誰が準備したのか。 この手の部分はほとんど光が当たらない、まさに舞台裏といえるため、非常に重要なことだと考える。 さらに、遺体搬入は自衛隊員だし、前著でも記されていたが、警察関係者も医療関係者も皆不眠不休で働いていた。でも飲まず食わずなわけはなく、山の案内や炊き出しその他手が届かないところを補ってくれた存在もあったはず。本書では第2章で記されるが、それが上野村の村民であり、ボランティア団体の人々であった。こちらも貴重な資料になると思う。 この事故は15年、20年とTV局側が節目と考える時に番組が組まれる。大変な事故だったのだから風化させるべきではないし、この事故を知らない世代に知ってもらうためにも番組を放送することは大切なことだと思う。しかしながら、その際に描かれたり、取材されるのはやはり遺族中心となる。当然だろうけど。ただ、本書を読むとやはりあの期間、あの地域にいた皆が大変だったのだとつくづく感じる。 また、前著でも感じたことだが、遺族は災害や特に事故により家人を失った場合、振り上げた拳の落としどころに苦しむ。だからこそ、本件のように日航旅客機の事故となれば、日航に気持ちをぶつけざるを得ない。私が遺族でもきっとそうなるだろう。その一方で、企業の責任とは何か、どこまで誰が負うべきなのかということも思う。 その一端として、日航社員のとある行動が記されいる。遺族や自社の責任を想い、退職したのちも個人の意思で御巣鷹山に入り、折れた墓標を新しくしたり、山道を整備するなどしている。ただ、これは個人であって企業ではない。 本書には記されていないが、日航はJALグループ社員の研修施設として「安全啓発センター」を設置し、展示室には当該事故の直接原因とされた後部圧力隔壁や後部胴体などの残存機体、ボイスレコーダーや遺品等を保管している。ただ、ここは日航だけが利用しているようで、全日空や他の航空会社は利用していないようである。…なぜ共有しようとしないのか。 本書で唯一残念に思ったのは、第2章にある「たった一人の目撃者」(141頁)の部分。ここでは墜落する飛行機を群馬県側から目撃した方へ取材している。ここから見えたという場所が文章で綴られているのだが、ここは写真が欲しかった。そこから見える景色を一枚、モノクロでいいから掲載するだけでより分かりやすくなったと思う。

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2012/07/15

この本を読む前に、著者の前作『墜落遺体~御巣鷹山の日航機123便~』を読むことをおすすめする。この事故自体を知らない人は、インターネットで、この事故についてさらっと調べてみてから読むと分かりやすいかもしれない。 とにかく悲劇としか言いようのない事故だった。その事故で、残された遺族...

この本を読む前に、著者の前作『墜落遺体~御巣鷹山の日航機123便~』を読むことをおすすめする。この事故自体を知らない人は、インターネットで、この事故についてさらっと調べてみてから読むと分かりやすいかもしれない。 とにかく悲劇としか言いようのない事故だった。その事故で、残された遺族達や、関係者のもとを著者が訪問し、その後の出来事や、当時のことを振り返る。この事故がきっかけで離婚してしまった夫婦もいれば、当時、身元確認を一緒に担当した職員と、家族同然の付き合いを続け、元気に生きているおばあちゃんもいる。この事故について、さらに深く掘り下げて考えたい人におすすめの著書。

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