マグダラのマリア の商品レビュー
マグダラのマリアは、重要な人物なのにヴェールに包まれている。聖書には書かれていないが売春婦だったと言われたりして歪んだ伝承がなされた可能性がある。新約聖書編纂段階で編纂者の主観で「マリアの福音書」が外伝となってしまったのが要因と思われる。初期のキリスト教を理解するためには「ユダの...
マグダラのマリアは、重要な人物なのにヴェールに包まれている。聖書には書かれていないが売春婦だったと言われたりして歪んだ伝承がなされた可能性がある。新約聖書編纂段階で編纂者の主観で「マリアの福音書」が外伝となってしまったのが要因と思われる。初期のキリスト教を理解するためには「ユダの福音書」も含めた外伝も読む必要があると感じた。
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#2025年に読んだ本 7冊目 #2月に読んだ本 1冊目 マグダラのマリアを扱った 美術作品の遍歴ついて書かれた本…
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非常に面白い。 これ程ダイナミックで多面的なアイドルがかつていただろうか。 まるで合わせ鏡の奥の奥を覗くようなスリルと 痛みや苦痛の内側にある真の無垢さと人間らしさ そしてキリストが人間の罪を受け止めるように 彼女は人々の感情を全て生身で受け止めるかのようで 無原罪の御宿りの聖母...
非常に面白い。 これ程ダイナミックで多面的なアイドルがかつていただろうか。 まるで合わせ鏡の奥の奥を覗くようなスリルと 痛みや苦痛の内側にある真の無垢さと人間らしさ そしてキリストが人間の罪を受け止めるように 彼女は人々の感情を全て生身で受け止めるかのようで 無原罪の御宿りの聖母マリアにはない優しさと 厳しさがマグダラのマリアにはある。 これ程に様々なレッテルを貼られながらも マグダラのマリアはマリアと言う名に恥じず 不動の地位を守り続けている
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回心した娼婦、聖女にして娼婦というイメージを持つ彼女であるが、聖書を紐解くとキリストの磔刑、埋葬、復活といった場面に登場するものの、罪や悔い改めといったテーマには直接関係していないことを指摘する。 では、いつ、どのようにしてこのようなマグダラ像が形成されてきたのか。時代、宗派、地...
回心した娼婦、聖女にして娼婦というイメージを持つ彼女であるが、聖書を紐解くとキリストの磔刑、埋葬、復活といった場面に登場するものの、罪や悔い改めといったテーマには直接関係していないことを指摘する。 では、いつ、どのようにしてこのようなマグダラ像が形成されてきたのか。時代、宗派、地域などの視点から豊富な絵画・彫刻などの紹介も交えて解説。
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〈「復活」の最初の証人〉であり、〈最初の「使徒」〉にもなる =「使徒たちの女使徒アポストロールム・アポストラ」 ヨハネ解釈とマタイ解釈 美術ではマタイのほうが多い 19 アダムのような両性具有的存在への回帰や、あるいは、苦行者たちの禁欲主義的なジェンダー放棄の精神 146 ...
〈「復活」の最初の証人〉であり、〈最初の「使徒」〉にもなる =「使徒たちの女使徒アポストロールム・アポストラ」 ヨハネ解釈とマタイ解釈 美術ではマタイのほうが多い 19 アダムのような両性具有的存在への回帰や、あるいは、苦行者たちの禁欲主義的なジェンダー放棄の精神 146 Renaissanceがヴィーナスにしょうち象徴されるなら、baroqueはマグダラのマリアによって象徴される
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・結婚の年齢に達したマリアは、輝くばかりのその身体の愛らしい美しさにおいて並ぶものなく、その手足の動き、美しい容貌、見事な髪の毛、もっとも優雅な身のこなし、優しくて従順な心において、光彩を放っていた。その顔の美しさ、その唇の優美さは、百合の白さに薔薇を混ぜたようなものだった。要す...
・結婚の年齢に達したマリアは、輝くばかりのその身体の愛らしい美しさにおいて並ぶものなく、その手足の動き、美しい容貌、見事な髪の毛、もっとも優雅な身のこなし、優しくて従順な心において、光彩を放っていた。その顔の美しさ、その唇の優美さは、百合の白さに薔薇を混ぜたようなものだった。要するに、造形主たる神の、並ぶもののない驚くべき創造物と呼ばれるほど、彼女の容姿の美しさは輝いていたのである。 ・ああ、大いに祝福された十字架よ。わたしが、あなたになり代われたらよかったのに。我が主が、わたしの腕のなかで磔にされ、わたしの手が、彼の手に釘づけにされ、彼の心臓を貫いた矢が、わたしの心臓にまで達していたらよかったのに。そうすれば、わたしは、彼とともに死に、この世でもあの世でも、けっして彼から離れることはないだろうに。
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福音書に記述がないにも関わらず、 娼婦・宮廷婦人・修道女etcとして イヴと聖母マリアの橋渡しとなってきた マグダラのマリア。 模範でも警鐘でもあった彼女の図像は振り幅が大きい。 悔悛というテーマを内包した結果、 メランコリーやウァニタスとイメージが重なったり、 修隠生活を描いたものが異教的な画面になったりと、 あらゆる思想の受け皿になっていたのが印象的。 絵画を通じてなんとなく知っていた マグダラのマリアのイメージと 違うものを知ることができて良かった。 モノクロではあるものの図版多数で嬉しい。
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今日多くの人たちが マグダラのマリアに対して抱くイメージが、 なぜ、どのようにして出来上がったのか? ということについて書かれています。 新約聖書の中で 彼女について触れられている箇所はごくわずかです。 彼女が登場する場面からすると、 イエスの弟子たちの中でも、 かなり重要な位...
今日多くの人たちが マグダラのマリアに対して抱くイメージが、 なぜ、どのようにして出来上がったのか? ということについて書かれています。 新約聖書の中で 彼女について触れられている箇所はごくわずかです。 彼女が登場する場面からすると、 イエスの弟子たちの中でも、 かなり重要な位置にあったということは想像できます。 でも、どのような女性であったのかは記されていません。 なのに多くの人たちが思い描くイメージは、 確立されてしまっています。 なぜそのようなことが起こったのでしょう。 おそらく最も重要な弟子が女性だったということが、 当時は都合が良くなかったのでしょう。 教会は彼女が女性であることを逆手にとって、 うまく利用したようですね。 芸術家たちもその想像力と創造力でもって、 絵画や彫刻、文学などを通じて、 イメージ作りを後押ししていたようです。 そして彼女は 伝説の人になってしまいました。 いずれにせよ 彼女はイエスに認められた人でした。 なにがあったにせよ、 敬虔で清らかな女性であったことに、 間違いはないでしょう。 べそかきアルルカンの詩的日常 http://blog.goo.ne.jp/b-arlequin/ べそかきアルルカンの“スケッチブックを小脇に抱え” http://blog.goo.ne.jp/besokaki-a べそかきアルルカンの“銀幕の向こうがわ” http://booklog.jp/users/besokaki-arlequin2
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キリスト教には二人のマリアが存在する。聖母マリアと罪深きマグラダのマリアである。西洋世界におけるマリア信仰の歴史についての本を読み、マグラダのマリアに興味を持った。原田マハの小説に「まぐらだ屋のマリア」と言う題名のものがある。原田さんの作品の代表作の一つと思っているが、何故この題名なのかと思っていたが、マグラダのマリアの話を題材としている意味が今回改めて理解でき再読しようと思った。 マグラダのマリアは聖女でもあり、娼婦でもある。正しく言えば自らの罪を回心し、聖女になったということである。聖女マリアは言うまでもなく聖なる存在、人々を疫病、災い等から救済する、あたかもキリストのように。一方で、罪深きマリアは罪を悔い、キリストに仕え、聖なるマリアよりもキリストにキリストに近い存在として聖書等に伝えられている。西洋絵画でマグラダのマリアは多くの作品の題材とされているがとても矛盾した要素を含んでいる。貞節と淫ら、美しさと官能。聖女マリアがより神に近い存在であるに比して、マグラダのマリアは人間に近く、人の罪深さを象徴していると感じた。多くの宗教が人間は本来罪深い存在とするところから始まるが、人はいつまでも罪深いものであり、罪から逃れられないのではないだろうか。
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前半のスリリングさは後半にはないんだけども、面白かった インターネット以降の時代には、こういう情報の流転はどうなってくんでしょうね 出版印刷より前の時代、一次資料ってものにあたれない時代に起こる情報の編集というのは面白い ポストトゥルースというけども、トゥルースな時代なんてあ...
前半のスリリングさは後半にはないんだけども、面白かった インターネット以降の時代には、こういう情報の流転はどうなってくんでしょうね 出版印刷より前の時代、一次資料ってものにあたれない時代に起こる情報の編集というのは面白い ポストトゥルースというけども、トゥルースな時代なんてあったのかな、それっぽいのがあったとしてもめっちゃ短い一瞬だったんだろうな、インターネットが一瞬描いた夢なんだろうな 新約とか読んでもマグダラのマリアとかほとんど出てこないのに、どっからあんなイメージ出て来てんのかな、と思ってたのが納得できる これで外典とかあたり始めたらまた大変なことになるからそこは避ける
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