はい、泳げません の商品レビュー
高橋氏の著作はいつもフムフムとうなずきながら安心して読んでいた。私は泳げないのできっと共感できるに違いないかと思って選んだが、今まで読んだ中では一番共感できなかった。ホントは泳げるんじゃないのというくらい彼自身の言動が不自然だし泳げなさを強調する表現が大げさすぎる。周りの人の言動...
高橋氏の著作はいつもフムフムとうなずきながら安心して読んでいた。私は泳げないのできっと共感できるに違いないかと思って選んだが、今まで読んだ中では一番共感できなかった。ホントは泳げるんじゃないのというくらい彼自身の言動が不自然だし泳げなさを強調する表現が大げさすぎる。周りの人の言動もデフォルメされすぎて胸焼けしそうなくらい。全体的に読んでいてちょっと気持ち悪いくらいだった。
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映画を観てこの本を読みましたが、小説ではなくノンフィクションでした。面白かったです。 水の中と陸上とでは、こんなにも違うのだなあという発見がありました。
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途中で立たないでって言われてるのに、なんか分かりかけると立っちゃうところ面白い。 あと、泳げる人より泳げない人の方が死に顔がキレイなんですよ、という謎の矜持。 しばらく忘れないと思う。
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私はおよげません。 この本を読みおえたら泳ぎたくなるかも と思って読み始めましたが、 読み終わった今現在 泳げないままでもいいや と思ってます
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同名の映画を観て、原作本ということで手に取りましたが… 内容が一致しなくてビックリしました。 共通点は、登場人物に桂コーチがいるだけ笑 著者の高橋秀実さんが、泳げるようになるまでの2年間で体験したことや考えたことをまとめた一冊でした。 覚えておきたい豆知識 ・水泳にもスイマーズハ...
同名の映画を観て、原作本ということで手に取りましたが… 内容が一致しなくてビックリしました。 共通点は、登場人物に桂コーチがいるだけ笑 著者の高橋秀実さんが、泳げるようになるまでの2年間で体験したことや考えたことをまとめた一冊でした。 覚えておきたい豆知識 ・水泳にもスイマーズハイがある(200mを越えたあたりでくるらしい) ・人間の祖先は泳ぐサルだったという進学説がある(イギリス人学者 エレイン・モーガン) ・クロールは十九世紀後半にイギリス人が開発した オーストラリアの原住民からヒントを得た泳ぎがその原形とされ、原語は虫が這う・腹這いで行くの意味らしい ・クロール以前に日本には独自の日本泳法なるものがあった(武士がお堀を泳ぐ為の泳法らしい) 面白かったけれど、期待と違うものだったので☆☆☆
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私も泳げるようになりたいなと思って読んでみました。でも、なぜ泳ぐのか、なぜ泳げるようになりたいのかを考えると別にいいかなという気もしてきました。とりあえず、スイミングスクールに行くのは保留にします。
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水泳人なら,絶対に読んで欲しい一冊.水泳人ではなくても体育人でヒトに運動を教える立場のヒトなら,「なぜ,動きの指導がうまく伝わらないのか?」が,カナヅチの著者の目線で理解できる.著者にはお会いしたことがないが,こういう生徒に教えるときっと指導力がアップすると思える.
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水泳が全く出来ない著者がスポーツクラブの水泳教室に通い、二年間かけて泳げるようになるまでの奮闘記。 プールに行きたくなる。
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実に痛快! 泳げない人が「泳ぎ」について書く。しかも基本「泳ぎたくない」のだから、斜めから見た、というか腰の引けた姿勢から聞く泳ぎ指南への接し方が、常軌を逸していておかしい。 これを読んでも、泳げるようにはならない!という入門書(?)だ。 気づかず読んだが、著者の作品は...
実に痛快! 泳げない人が「泳ぎ」について書く。しかも基本「泳ぎたくない」のだから、斜めから見た、というか腰の引けた姿勢から聞く泳ぎ指南への接し方が、常軌を逸していておかしい。 これを読んでも、泳げるようにはならない!という入門書(?)だ。 気づかず読んだが、著者の作品は『弱くても勝てます』(新潮社)という開成高校野球部を取材した著作を読んでいた。この弱小野球部もセオリーを覆す独自の戦略で快進撃を繰り広げる。覆すというより、野球そのものを斜めから見るというか、妙に理屈っぽいところが、作者の視点と似ているというのを本書を読んで気づいた。開成高校野球部と高橋秀実、両者の相性の良さがあっての『弱くても勝てます』だった。 ということで、本書でも著者は指導者の教えや、共に学ぶ仲間のアドバスを素直に受け取らない。あーだこーだと(屁)理屈を述べる。 ”「壁をもっと強く蹴らないと、ダメよ。(中略)蹴らないと損するわよ」 ― 損?(中略) 彼女たちはここに泳ぎに来ているのではないだろうか?” ”「ここで呼吸しよう」と思っても、身体は前に進んでいるので、「ここで」の「ここ」の場所はすでに「ここ」ではなくなっている。「今だ」と思っても、そう思っている瞬間は息を詰めて考えているので、「今」は呼吸できない状態である。” こんな理屈を捏ねてるうちに1本でも多く泳げばと思うのだが、とにかく逃げ腰なのだ。 ”水中で、やがて私は気づきました。日常的に使う「わかりました」という表現は「理解した」ということではなく、「もう勘弁して下さい」という意味なのです。” もう、コーチへの返答に対しても独自解釈をして、自分の「泳ぎたくない」気持ちを理解してもらいたいと努める。水泳教室に教わりに来てるにもかかわらず! でも、こうした独自(?)の視点から”泳ぎ”を捉えることで見えてくる、泳げる人が自然にできてしまう行為、理解と思索を必要としない動きに、著者なりの解釈が加わっていき、やがて泳げるようになっていく過程は、ちょっとした驚きの発見もあり、少し羨ましくも思う。 無意識で泳ぐことを意識し、動かすことはどこかを固定することになるから、どこかを動かそうとしてはいけない等、じわじわと究極の身体の使い方に近づいていく様は、あらゆるスポーツの動き、基本は同じということも気づかせてくれる。いや、スポーツだけでなく、日常生活も、歩くことも、立っていることも、なんなら寝返りさえも、基本は同じ! 禅の悟りの境地を垣間見せられた気になる(そこまで著者が意識していたかは不明だが)。 本書を読んでも泳げるようにはならない、と冒頭書いたが、ちょっと久しぶりにプールに行ってみようかなという気にもなる。 不思議な読後感の一冊。
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久しぶりにこの人の本、やはり面白い。ついついうなずいてしまう。 二年間のスイミングレッスンで泳げるようになる話、いちいち理屈っぽいツッコミをしながら試行錯誤を繰り返して進む様に大いに共感。
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