パレード の商品レビュー
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直哉にだけ畏怖の念を抱くだけではなく、直哉の犯行を知っておきながらシェアハウス仲間として適度な距離感を保ち何もなかったように察するルームメイト全員がおかしいと思った。 会話が多く読みやすかった
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完全なエンタメ小説として面白い。ゆるやかにつながっている穏やかな連作のようで、インパクトも残る。読み返してもどこかに伏線があったのか(ないのか)よくわからなかったが、意外に結末も受け入れられたのは不思議だった。
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かなり前に読んでいたけど、内容を忘れていたので再読。 ルームシェアはしたことがないので、程よい距離感の関係が新鮮でなんだか羨ましい。 ふとした会話がリアルで、マンションの一室を盗み見してるよう。 ビデオが出てきたり時代の変化は感じたけど、それがまたなんだかよかった。
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都内のマンションで共同生活を送る男女4人の若者。 そこに男娼のサトルが加わり、4人が抱える歪みが露になっていく。 彼らの他人との距離感の描き方は、よくいるタイプではないけど、実際にいるだろうなと感じさせるリアルさが良かった。 とはいえ、最後の真相は想定外…!
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⚫︎昔、これの邦画を観て、わりと面白い印象だったけど、小説で読んだらもっと面白かったな ⚫︎あ〜そういや、一見すると安牌なこいつが犯人だったなって思い出したよ… ⚫︎とにかく中弛みしがちな若者の共同生活を、色々とエピソードを交えて、視点を変えつつ描写していくのが非常にうまい、これ...
⚫︎昔、これの邦画を観て、わりと面白い印象だったけど、小説で読んだらもっと面白かったな ⚫︎あ〜そういや、一見すると安牌なこいつが犯人だったなって思い出したよ… ⚫︎とにかく中弛みしがちな若者の共同生活を、色々とエピソードを交えて、視点を変えつつ描写していくのが非常にうまい、これに尽きる ⚫︎特に良介の、親父、公務員の息子、確保しましたってフレーズは邦画で観たときから凄く良かったし、こんなフレーズを思いつける筆者は素晴らしい感性の持ち主だ ⚫︎最後に至るまでは特段不穏感はないんだけど、最後に一気に来る…
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ラストの衝撃度MAX! 全く予想していなかった、あーそうか言われてみればチラチラ出してきてたその事件、サトルの章でも描かれてなかったのかー、みたいな。 途中まで、西加奈子「漁港の〜」並にニヤニヤしながら読んでいて、あれ吉田修一ってこんな文体だったっけ?と油断させられました。 ま...
ラストの衝撃度MAX! 全く予想していなかった、あーそうか言われてみればチラチラ出してきてたその事件、サトルの章でも描かれてなかったのかー、みたいな。 途中まで、西加奈子「漁港の〜」並にニヤニヤしながら読んでいて、あれ吉田修一ってこんな文体だったっけ?と油断させられました。 まんまとやられた。 突き落とされた。 本音でぶつからない、中身のない、ぬるま湯な関係。 しかし、本音で語らないのに、相手のことが実は見えていて。 けど、自分のことは見えてなくて。 そんな、青春群像劇。 それにしても、ラストはあまりに突然な印象。 実は巧妙な伏線があったのか? もう一回読んでみた方が良いのかも。
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なにこの人たち。気っ持ち悪い。2LDKの部屋に男女5人でルームシェアしている若者たちの群像劇。大きな喧嘩もなく、彼らはとても楽しそうに暮らしている。しかしそこに漂うとてつもない虚無感。仲良しでも空っぽの関係。お世辞にも「有意義に過ごしていますね」とは言い難い若者たちのダラダラした...
なにこの人たち。気っ持ち悪い。2LDKの部屋に男女5人でルームシェアしている若者たちの群像劇。大きな喧嘩もなく、彼らはとても楽しそうに暮らしている。しかしそこに漂うとてつもない虚無感。仲良しでも空っぽの関係。お世辞にも「有意義に過ごしていますね」とは言い難い若者たちのダラダラした生活に耐え切れず、読むにつれてとめどなく落ちていく自分のテンション。吉田作品にしては粗削りというか若干スベってる気がしたが、それでも才能の片鱗がビシバシ伝わる。パレードが終わった後、各自どうなるんだろう。不安が胸に広がる。
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最後の章まで読むと、え?ってなる。 他人の事は理解できても自分の事はよくわからなかったりする。 自分ってこんな人間です。ってほんとは違ったり…
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オチは全く知らずに読み始める。 シェアハウスの人間関係ってこんな感じかー自分の寮時代とは違うけどこういう生活もアリだなー思いながら最終章に入る。 結局、他人の知ってる部分は一部だし、自分のことも自分で分からないのかもしれない。
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巧みに仕掛けられた伏線が、ラストシーンで見事回収されるわけでもなければ、やられた!と声を上げたくなるようなどんでん返しが待ち受けているわけでもありません。 それでいながら、〝衝撃のラスト〟というのは、このような結末を指すのだろうな……と思わされてしまうのですから、恐ろしい作品です。 都内にあるマンションで、一見平和そうな暮らしを送っている五人の主要人物たちの視点が切り替わる形式で、物語は進行していきます。 しかし、解説にもあるように「こわい」結末が待ち受けているのです。 この「こわい」という気持ちは、実際に経験した〝こわさ〟、そして起こり得るかもしれない〝こわさ〟に対して抱く気持ちではないでしょうか。 「この階段は急だから慎重に降りなければ転げ落ちてしまうかもしれない」、「事故や事件に巻き込まれてしまうかもしれない」といった、日常生活を送る上での不安であったり、「暗闇に恐ろしい幽霊が潜んでいるかもしれない」という心理的な問題であってもそうです。 ひとはその、〝こわさ〟を想像したときに「かもしれない」と思うことで気を引き締め行動を見直し、逆に「かもしれないのだ」と思い直すことで不安を拭い、安堵しているように思います。 では、この作品はどうしてこんなにもこわく、恐ろしいのでしょうか? そう考えたとき、結末そのものというよりも、すべて「起こり得るかもしれない」という事実が恐ろしくなってきます。 ※以下、軽度のネタバレを含みます。 この作品において「起こり得るかもしれない」ことは、多くあります。 殺人事件や交通事故によって家族や友人を失うこと、または自分がそのようにして命を落とすこと。 殺人や薬物といった犯罪に手を染めてしまうこと、そして罪を知ってなお、看過すること。 マンションに暮らす五人、それぞれの境遇。 自身にも降りかかりかねない問題たちは、その恐ろしさを際立たせるのに十分な役割を果たしています。 とはいえ所詮はフィクションの物語なのだ、と切り離すことも難しく、後味悪く、それでいて小気味の良い結末なのですから、そういった意味でも恐ろしい作品でした。 本書「パレード」もさることながら、吉田修一氏の作品は〝現実味〟がよりクリアで色濃い特徴があります。 どんな些細な日常のワンシーンであっても、まるで本当にあったこと__たとえば、自分がそのように暮らしていた記憶があるように錯覚してしまったり、その場の匂いや温度までが、ページに添えられた手のひらから指先へと伝わり、一種のトランス状態へと導かれてしまうのです。 フィクションでありながら、この現実味を味わうことのできる巧みな表現力には、畏れすら覚えます。 余談ではありますが、登場人物の一人である小窪サトルが劇場にて「ハンニバル」を観た感想として 〝……映画は評判通りグロテスクで面白く、最後にレクター博士が男の頭を割って脳みそをスプーンで掬(すく)って食べるシーンなど、思わず「ウオッ」と声を上げてしまいそうになった。(P.217L3〜)〟 と述べています。 自分も幼い頃に観ました、ハンニバル。 脳みそを食べるシーンが衝撃すぎて未だに忘れることができず、もはやハンニバルは脳みそを食べる映画だと思い込んでいる節があるので気分が悪くなりました。 そう、このようにして実際の記憶の隙にまで忍び込んできて、どれが現実の自分が持つ記憶で、どれが架空の記憶なのかわからなくなってくる。 それがとても恐ろしく、そして楽しい。 物語の世界に浸る時間の素晴らしさを教えてくれる作品でもあります。
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