元禄忠臣蔵(上) の商品レビュー
浅野が吉良にきりつけ…
浅野が吉良にきりつけ、お家は断絶の憂き目に・・・。
文庫OFF
想像していたよりも読みやすかったけど、読みづらくはあったので、読むのに時間がかかってしまった。言葉も限りなく現代語で、何を言ってるかはすんなりとではないけど、ちゃんとわかる。でも、当時の文書を読み上げるところはマジでお手上げ。何言ってるか全然分からなかった笑。 井上ひさしの「芝居...
想像していたよりも読みやすかったけど、読みづらくはあったので、読むのに時間がかかってしまった。言葉も限りなく現代語で、何を言ってるかはすんなりとではないけど、ちゃんとわかる。でも、当時の文書を読み上げるところはマジでお手上げ。何言ってるか全然分からなかった笑。 井上ひさしの「芝居の面白さ、教えます」の日本篇で取り上げられていたのでその存在を初めて知った戯曲。忠臣蔵のことは漠然と知っていただけだったので、こういうことがあったのかとしっかり知ることができてよかった。 武士の心持ちや、親子の情だったり、人間としての気持ちの通い合わせのようなところは何箇所か泣いちゃうなというところがあったけれど、仇討ちや義を通すことを尊しと考えることだったり、死ぬことの厭わなさのようなところは自分とは全然違う人たちだなと思ってしまう。でも一方で、なにかしら自分の中で「正しい」と思うラインがあって、それに適う、適わない、という考え方をするところは自分にもあるなと思った。それが命を賭すところまで、この人たちはいってるだけなのかもしれない。 解説がまたありがたい。この中で、この行動を起こすところが、幕府への政道を問いただす一面もあったのだという見方を知って、その視点は今でも持っておきたいと思った。声を荒げるでもなく、自らの信じることを自ら実行することでその問を投げかけるということ。その心意気のようなものがもしかしたら、武士道とか義士と言われることとか、そんなこととは関係なしに、人間として人の心を打つものがあるのかもしれないと思った。
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かねてより読みたかった忠臣蔵。演劇や歌舞伎などは人気があるのかもしれないが、小説や読み物としてはそれほど有名なものがない印象。それはなぜだろう? 本書は、全10幕で構成されている戯曲。ちょうど5場面ずつが、上下巻に分かれている。 切絵図その他の図面が多く挿入されている他、上演する際の舞台設定の指示などに、細かい点まで史実を踏まえていることがうかがえた。 だが、大石が浅野家の再興を願ったのは、家内を落ち着かせるための方便で、一時の気の迷いだった、かどうかまでは、内蔵助の内面に関わることなので、史料からは確実には読み取れないのではと思った。自分から願い出ておきながら、実はそれが叶わないことを祈って待つ、というのはかなり複雑な心情と思われた。けれど、それだけ複雑な心理を描くことができているともとれる。実際がどうかはもちろんわからないが、家老としての立場から、色んな意見の者をまとめなくてはならず、大石自身、本当に迷っていたのではないか。 それこそ、身分の低い者なら、浪人になるよりはお家が再興されることの方が望ましいと思う者もいるだろう。現代の我々から見ると、そういう人たちを弱い者とはとても言えないのではないか。 意外だったのは、世間一般が、赤穂浪士に同情し、また討ち入りを望んでいる風潮があったとしていること。これまでの(勝手な)イメージでは、討ち入りはもっとひっそりと行われたのかと思っていた。 そうなると、余計に恐ろしい話と思う。世間からは、忠臣として、討ち入りを求められている。すなわち家族も捨て、死ねと言われているのと同じである。そうしなければ、腰抜け呼ばわりもされる。 内蔵助の旧友徳兵衛が、藩を追われた身でありながら城下に戻り、息子と共に殉死を遂げる場面は、特にグロテスクな印象だった。 また、京の朝廷側が浅野家に同情的だったことで安堵する場面があったが、この時代にも朝廷が一定の権威を持っていたとされているのは、意外だった。 単に知識がないだけかもしれないが。
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(下巻も含めて)23日に吉右衛門丈の舞台を見に国立劇場に行ってきた。「御浜御殿」の「綱豊卿」と「最期の一日」の内蔵助。相手を務めた又五郎丈や芝雀丈との丁々発止の台詞のやり取りは、役の台詞なんてものではなく、生の人間の肝の底から飛び出してきたかのような言葉の応酬とでも言ったらいいの...
(下巻も含めて)23日に吉右衛門丈の舞台を見に国立劇場に行ってきた。「御浜御殿」の「綱豊卿」と「最期の一日」の内蔵助。相手を務めた又五郎丈や芝雀丈との丁々発止の台詞のやり取りは、役の台詞なんてものではなく、生の人間の肝の底から飛び出してきたかのような言葉の応酬とでも言ったらいいのか、ほんとうに綱豊卿や内蔵助の熱い思いの凝縮した密度の濃い舞台だった。
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