辻邦生全集(1) の商品レビュー

辻邦生(著者)

2014/07/05

面白いという言葉では失礼になるぐらい、本当にすごい小説だ。小説内に描かれている「大殿」は、単なる合理主義者ではない。「事が成る」ことを徹底的に追い求めた、真の合理主義者だ。主人公は「妻とその情夫を殺した」という自分の宿命と戦い、自分の人生を自らで選びとることを決意していた（例として、敵対しあう軍の両方に銃を売り渡していた豪商・津田を、命を懸けるほどの基準を持っていないとして軽蔑した）。しかし、「大殿」が道理を基準に生きていることを知り、彼は自分自身が崩壊したように感じる。「大殿」の前では、主人公と津田にどれほどの差があるだろうか。
権威への安住と盲信がはびこっていた時代の人々、一見合理的に見える現代の人々、そしてフィクションの英雄たちの中に、この「大殿」ほど「事が成る」ことを理解していた人物がいるだろうか。