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転落・追放と王国 の商品レビュー

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22件のお客様レビュー

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「改悛した判事」をな…

「改悛した判事」をなのる弁護士を描く『転落』は、『異邦人』の裁判に興味を惹かれた人にはオススメ。

文庫OFF

2025/02/19

映画『涙するまで、生きる』を観たあとに、その原作小説である「客」を読んだ。 映画と原作を比較しながら楽しんだので、感想は『涙するまで、生きる』の方に全て書き込んだ。 他の作品もこれから読みます。

Posted byブクログ

2023/04/12

客 が一番すき。 伝わらない善意、それがどこまで行っても善意でありそれもまた、示し合わせの上にあるということ、そして人間はどこまで行っても人間で、その暴力性や理解しがたさも、’人間'という言葉でひとくくりに、理解しえてしまうこと多義性というよりも、その環境下であらゆるか...

客 が一番すき。 伝わらない善意、それがどこまで行っても善意でありそれもまた、示し合わせの上にあるということ、そして人間はどこまで行っても人間で、その暴力性や理解しがたさも、’人間'という言葉でひとくくりに、理解しえてしまうこと多義性というよりも、その環境下であらゆるかたちに変化?順応?していく生き物としてのうーん、ずる賢さ?狡猾さ?を、それと意識せず体得している それを上から眺める(便宜上この言葉で表現します)箱庭感、というのか、心情がビシビシに伝わってくる劇、お芝居、舞台をみているようだ 涙するまで生きるも観た。アンサーと、願望がないまぜになった映画。わたしはとても好き. やるせなさのなかに、人生、それでも生きるという強さというか、諦めのような、それでも人を信じる、信じ合いたいという願望や願い、こうだったらよかったなぜこうならない不条理や解決不可能性が、訥々と、紡がれる カミュは良い

Posted byブクログ

2022/05/21
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

転落とその他短編がいくつか載っているが、転落のみを読む。多分読むのは二回目。 上流階級にいた人が、人生のむなしさを感じ、自らの意思で浮浪者のような暮らしをする。というのがそもそもの粗筋かな。 粗筋からして低俗な感じは受けるが、結局それがカミュの魅力なのかもしれない。 カミュの場合は、人間の暮らしに近いところを書いていて、人間とは何かとか正義とは何かとか、にはあんまり近寄らない。だからこそ、悩んでいるときや青春時代に読むと感動するのではないかと思った。

Posted byブクログ

2021/08/07

すごく読みづらかった。けっして面白くないとかしょぼい作品だとは感じなかったので、カミュとは相性良くないのかもしれない。読んでいるとなんだかすごく息が詰まるのです。

Posted byブクログ

2021/06/10

おそらく翻訳のせいではなく、カミュの文体そのもののわかりにくさではないかと想像されるが、その独特の比喩や直感的な表現も相俟って、なかなかすらすらとは読める小説群ではなかった。

Posted byブクログ

2019/10/23

今まで読んできたカミュ作品のなかで断トツ読みにくい。しんどい。聖書の知識がないと歯が立たない。『転落』はまだ話し言葉で書かれているのでテンポがあって読めるけど、『追放〜』は読める短編読めない短編差がありすぎた。それでも読めた短編の中では「客」「ヨナ」が好き。 ブクログ見たらこの...

今まで読んできたカミュ作品のなかで断トツ読みにくい。しんどい。聖書の知識がないと歯が立たない。『転落』はまだ話し言葉で書かれているのでテンポがあって読めるけど、『追放〜』は読める短編読めない短編差がありすぎた。それでも読めた短編の中では「客」「ヨナ」が好き。 ブクログ見たらこの本2013年くらいに読み終わったことになってるんだけど全く記憶がない絶対なにかと勘違いしてる。学生時代に読んだ誰かのカミュ論で「不貞」が取り上げられてたことだけなんとなく覚えてる。私が読むカミュ論なら野崎歓先生とかそのへんの人しか思い浮かばないけど…

Posted byブクログ

2019/10/17

自分は本を読む際、物語そのものよりも作者の出生、血筋が気になって、この本も未知の何かを垣間見れたらなという動機である。爺ちゃんがフランスからアルジェリアに入植。母はスペイン系。そしてアルジェリアという国の様子はさあ、どうなの?と。本を読む限りはくっきりはわからん。オリエンタル、そ...

自分は本を読む際、物語そのものよりも作者の出生、血筋が気になって、この本も未知の何かを垣間見れたらなという動機である。爺ちゃんがフランスからアルジェリアに入植。母はスペイン系。そしてアルジェリアという国の様子はさあ、どうなの?と。本を読む限りはくっきりはわからん。オリエンタル、そして無国籍。北アフリカで海にも面していて、高地では雪も降るらしく、砂漠の表記もある。自分は「北風と太陽」の話に惹かれるが、あの本のように人間以外の目線で描かれているような、なんかそういう神々しいものがあるような。

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2018/11/24

「わたしはあと何年残っているかを数えてみました。()そしてわたしには自分の義務をまっとうするだけの時間がないという考えに悩まされたんです。なんの義務かですって?分かりません。」 「最後の審判を待つのはおやめなさい。それは毎日行われているんですから」 カミュの場合、ジュネの場合を考...

「わたしはあと何年残っているかを数えてみました。()そしてわたしには自分の義務をまっとうするだけの時間がないという考えに悩まされたんです。なんの義務かですって?分かりません。」 「最後の審判を待つのはおやめなさい。それは毎日行われているんですから」 カミュの場合、ジュネの場合を考えて、サルトルという人のことを考えてみたりする。サルトルの何を?わかりません。

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2016/04/19

「この男のばかげた罪は彼を憤慨させる。しかし、この男を引き渡すのは信義にもとる振る舞いだ。それを考えただけでも恥ずかしさに気が狂いそうだった。そして、同時に、このアラビア人を自分のところに送りつけた仲間たちと、あえて殺人を犯しながら逃げることもできなかった男との両方を呪っていた」...

「この男のばかげた罪は彼を憤慨させる。しかし、この男を引き渡すのは信義にもとる振る舞いだ。それを考えただけでも恥ずかしさに気が狂いそうだった。そして、同時に、このアラビア人を自分のところに送りつけた仲間たちと、あえて殺人を犯しながら逃げることもできなかった男との両方を呪っていた」(新潮社文庫、pp.262-262) いきなりですが、映画が三度の飯よりも好きな自分が2015年に選んだ「最も良かった映画」は、ヴィゴ・モーテンセン主演『涙するまで、生きる』でした。 この映画の原作が、カミュによる『客』なんですね。 実際に読んでみると、分量も短いですが、お話自体もシンプルです。 冬のアルジェリア、辺境の地で小学校教師をやっているダリュは、やってきた友人の憲兵から、1人のアラビア人を預かるよう頼まれる。しかも、一晩預かるだけではなく、彼がとある街まで連れて行かなければならないという。アラビア人は、殺害容疑で捕まっていたのだ。目的地の街で、彼は裁判にかけられることになっている。 どこかしら超然とした小学校教師ダリュが、ひょんなことからアラビア人を預かり、彼を遠くの街に送り届けるだけの話です。 でもこの短いお話に見られる寓話性の深度は、かなり深いところまで続いているような気がします。 ダリュはアルジェリア系フランス人かと思いますが、それは同じくアルジェリア生まれのカミュ自身と重なります。 1954年から1962年にかけては、アルジェリア戦争の時代でした。フランス本土と、フランス植民地であったアルジェリアが繰り広げた内戦です。フランス植民者の父を持つアルジェリア生まれのカミュは対立する二つの世界の中にあり、まさに引き裂かれる思いだったと言われています。 二つの世界の狭間でカミュが取った行動は、停戦への可能性を見出すことでした。1956年、カミュはフランス側のリベラル派とイスラム穏健派と協力して市民休戦委員会を組織し、停戦を呼びかけてアルジェリアを訪れます。 ところが、これを自分たちに対する挑戦だと捉えた極右植民地主義勢力は強い抗議を示し、独立主張側でも、テロを辞さない強硬派が主導権を握ってカミュに非難を浴びせたのです。 つまり、「両方とも殺し合うのはやめて話し合うんだ」と訴えたカミュは両方の側から憎まれることになってしまったのです。以後、カミュはアルジェリア問題について語ることをやめてしまいます。 『客』におけるカミュ的精神の真髄は、アルジェリア問題に巻き込まれる自身の運命を預言しながらも、それに引き裂かれてある様態を、そのまま受けいれる覚悟を示している点に見出せそうです。 争いとは関わりたくない小学校教師は、アラビア人を死刑台へと導く仕事を唐突に任ぜられてしまう。アラビア人を逃がせばフランス側は許さない、反対に、アラビア人を街に引き渡せばアラビア側から報復されてしまう。 この究極の選択を迫られる男が小学校の教師ということは、その職業が、なによりも現代人の精神を広く長く次世代へと継承させていく象徴的な存在であるという意味で、事態の深刻さはいや増します。彼が身を以て示す選択が、彼の次の世代へと受け継がれていってしまう恐れがそこには込められている。彼の選択が汚点であったとしても、それは次世代に引き継がれてしまう。 そこでカミュが大事にするのは、信義や人情といった人間らしい判断であって、政治的イデオロギーとはまた違う次元の価値観なのです。冒頭の引用にあるように、「この男を引き渡すのは信義にもとる振る舞いだ」とダリュは人知れず述懐します。 もちろん、「フランスの仲間たち」にも「アラビア人」にも、彼は呪いの念を思わず抱いてします。なんでこんなことをおれがやらなきゃいけないんだ、といわんばかりのダリュの腹立ちが伝わってきます。 けれども、彼はそこから逃げない。 引き裂かれてあるなら、そのまま受け入れてやる。不条理がなんだ、おれはそれを生きてみせる。 説明過多に陥らないカミュの筆によるためか、ダリュ自身の口数は決して多くはありませんが、背中で語り行動で示す男の覚悟がそこに自然と立ち上がってくるのです。そしてそれは、アルジェリア戦争において、リスクがあると心底理解していながらも「争いをやめよう」と言い切ったカミュの背中に重なるのです。 そして2015年、フランスは、まさにこのカミュ的な問題を突きつけてくる事件に直面したのでした。https://www.youtube.com/watch?v=77G5AmsL9xQ

Posted byブクログ