悪魔とプリン嬢 の商品レビュー
(ジュリエッタ・グィチアルディ) 「神は一日でアダムをお造りになりましたよ」 (ベートーヴェン) 「その成れの果てが、君と私なのだからね、お嬢さん」 (p11「ピアニストを台所に入れるな」より 森 雅裕『ベートーヴェンな憂鬱症』所収) なれの果てとはいえ、ヨブの扱いは、あんまり...
(ジュリエッタ・グィチアルディ) 「神は一日でアダムをお造りになりましたよ」 (ベートーヴェン) 「その成れの果てが、君と私なのだからね、お嬢さん」 (p11「ピアニストを台所に入れるな」より 森 雅裕『ベートーヴェンな憂鬱症』所収) なれの果てとはいえ、ヨブの扱いは、あんまりだ。 これが、旧約聖書を読んだ私の、喉に刺さった骨だった。 神を畏れ、悪を避けてきたヨブは、 たまたま神が名を挙げたために、「人がいついかなる時でも 信仰を持ち続けられるか否か」を試す対象に選ばれてしまう。 財産も家族も、健康さえも奪われたヨブは、健気にもこの試練に耐え続けるが、「何もないのに神が試練を与えるわけがない。」という友人の一言にキレてしまい、ついにこう言う。 「私が話しかけたいのは全能者なのだ。私は神に向かって申し立てたい。」 で、これに対する神は、まともに答えていない。それどころか、 頭から叱りつけているようにしか思えない。 まあ、まともに答えられないのも、当然と言えば当然だ。 たまたまサンプルに選びました、なんて言える わけがない。 そもそも神は、なぜ賭けを、きっぱりとはねつけなかったのか。 自らの一部から作られた人間の心を、信じていなかったと いう事か、それとも信じられなかったのは、人間の原型で ある方か? はねつけなかった賭けのツケが、人間にまわされ、故に人は善と悪の間を常に行き来する存在となってしまった、との説は、こじつけだろうか。 神だってやったのだ。なれの果てが同じ事をやったからと 言って、誰が責められよう。 かくて、神の成れのはての一人によって、 「眠ったまま死にゆくような」と形容される 山間の平和な田舎町ヴィスコスは、 アトランダムに、あるサンプルに選ばれる。 「条件さえ整えば、地球上のすべての人間がよろこんで悪をなす」という 考えにとりつかれた男が、酒場で働くプリン嬢に提案する。 「7日間のうちに人が一人殺されれば黄金をあげよう。」 しかしプリン嬢が悶々とこの申し出を言い出せないままに、 残り時間は3日になる。 狼伝説、聖者伝説の残る村自体は、メルヘンやファンタジーに登場 する舞台装置なのに、そこに住まう人々の考え方は、とても現実主義的だ。 「罪を犯した事のない者だけが、この女に石を投げることができる」と いう言葉があるが、いずれも石を投げる事ができない人達ばかり。 ひとかけらの悪心も持っていないように見えた老婆すら、亡き夫と 別の女性に対する嫉妬を拭えない。 だから、メルヘンやファンタジーならば、 お定まりである人間性の信頼や正義が、問題解決のお題目に なろうはずがない。 寓話というには、あまりに現代的な、この物語は、 とても面白い。人に紹介したい。けれどそこで、はたと困った。 果たしてこれを人に勧める時、私は 人間を信じている側として勧めるのか、それとも 人間を信じてない側として勧めるのか? そうしてうんうん迷っている間に、7日間が過ぎてしまった。 もしかしたら私も、知らぬうちにある賭けに負けたのではないか。 そう気づいた時から、私は、後ろを向くのが恐くてたまらない。
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「条件さえ整えば地球上のすべての人間がよろこんで悪をなす」 田舎町ヴィスコスを訪れた旅人が、バーで働くプリン嬢にある計画を打ち明ける。1週間以内に町の誰かひとりの死と引き換えに、住人全員が生活をなすだけの金の地金を与える。そしてそれを住人に伝えるのはプリン嬢の役目だと言うのだった...
「条件さえ整えば地球上のすべての人間がよろこんで悪をなす」 田舎町ヴィスコスを訪れた旅人が、バーで働くプリン嬢にある計画を打ち明ける。1週間以内に町の誰かひとりの死と引き換えに、住人全員が生活をなすだけの金の地金を与える。そしてそれを住人に伝えるのはプリン嬢の役目だと言うのだった。 善と悪の葛藤。悪魔の誘惑、天使の加護。娘と旅人の心理戦であり、町の住人全員の心理戦であり、自分と自分の心理戦である。そこに宗教に身を投じてきた神父の想いや、夫を亡くした後町を見守ってきた老婆の想いや、権力にしがみつく町長の想いなどが絡み合います。 テーマは単純明快。だからこそひとりひとりの想いが重くのしかかってきます。
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人の本質は善であろうか?それとも悪であろうか?平易な文章で書かれており理解しやすく、読者に対して鋭く突き付けられてくる骨が喉元に刺さり最後まで飽きずに読ませてしまう。静かで、落ち着いた作品でありながら力強さが感じられる。 善良な市民が暮らしている田舎町。それは遙か遠くの外国でありながら、日本の風景にも近似した、まさしく「ありがちな町」。そんな町に一人の男が、殺人という悪を行うことができたならば町にとって過大すぎる金を与えようと賭けを持ち出す。 不幸にも男の手伝いをすることになったプリン嬢は自分が殺されるのか、それとも金を盗み出して逃げる伸びるのか善と悪の岐路に立たされる。 ラストがハッピーエンドに思えるのは、作者の生来的な性格によるものだろうか。 個人的には善と悪の結論がはっきりとしていない。そう思わせられるもので納得ができない部分もあるが、十分なカタルシスが得られたことも間違いない。
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図書館から借りました 善と悪との闘い。 と、書くと派手な気がするが、もっと心理的なもの。 悪霊に取り憑かれた男が、活気のない臆病な街にやってきて提案する。 「ヒトを一人、殺してみせたら、この街に金の地金を10枚やろう」 過疎が進み、若者がいなくなってしまった田舎町ヴィスコス。街の最年少はバーに勤めているシャンタール・プリン。彼女は悪魔に目をつけられて、一番苦しめられるはめになる。 黄金が10枚。それは街の者たち全員が安楽に暮らせる大金。 一気に目がくらみ、最年長のデルタばあさんを生け贄にする気満々になる街の人たち。 シャンタールがこの街を逃げ出せてよかったなーと思う。 彼女はおろかで臆病ではあったが、この悪魔の試練に耐えたから街にいっても間違えることはないだろう。 絞首刑台の話は秀逸♪ 悪党街を改革するために、立派な絞首刑台を立てて、その前で憲法っぽいものを発表した。絞首刑台は人々の頭上から常に威圧したが、設置者はこれについてなんら語らず、10年の設置の間一度も使用されなかった。 許しの日という発想もすごい。神に背いたリスト(不正とかそういうの)を読み上げ、神が自分に背いたリスト(祈ったのに娘は病気になった、とかそういうの)を読み上げ、今日は許しの日だから、私も神もそれを水に流して許します、という。 影の主役は、昔の偉人アハブ(上記のことを街の人間にやって、街を立て直したヒト)です。 説教くさい気もするけれど、シャンタールはけっして善だけにいる人間ではないので(いつも「私の地金」と言って、なかなかにがめつい)だからこそ、読みやすい♪
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人間とは善なのか悪なのかというのがテーマのお話。 はしがきの「ひとりの人間に関しても社会に関しても、深遠な変化というのは非常に短い時間のうちに起こるのだと思う。」というパウロ・コエーリョの文章に共感した。 善と悪とは表裏一体でどちらにでも転じる。
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人間の善悪を試す話。 パウロ・コエーリョ作品で一番好き。 まずプリン嬢って名前がかわいすぎだろう! 「条件さえ整えば、地球上のすべての人間が喜んで悪を為す」
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タイトルだけは聞いた事があった。 ある人のblogの引用で、 "ひとりの人間の物語はすべての人類全体の物語になる" と引用されていたのをきっかけに 読んでみた。 無宗教でミッションスクール出身の自分は キリスト教のイエスや神の存在に 疑問を感じることが幾度と...
タイトルだけは聞いた事があった。 ある人のblogの引用で、 "ひとりの人間の物語はすべての人類全体の物語になる" と引用されていたのをきっかけに 読んでみた。 無宗教でミッションスクール出身の自分は キリスト教のイエスや神の存在に 疑問を感じることが幾度と無くあった。 信徒には神を試すなと言いながら、神やイエスは 人間たちを試し、苦境に置く。 だから、"カルロス"の言いたいことは、非常に理解できる。 性善説か性悪説かとよく言われるが 人間はどちらも常に持ち合わせていて 悪人とされる人でも蜘蛛を助ける人もいれば 善人とされる人が他者を裏切ることもあり 常に一貫しないものなのではないか。 私がプリン嬢だったらどうするだろう。 どう立ち向かうだろう。 "悪魔"とふたりきりで対峙するなんて怖すぎるし そんなことで報酬を貰うのは怖い。 また、ベルタの立場であってもやはり怖い。 かと言って全てを見捨てて逃げても後悔するだろう。 蝿の王などを読んでも思うことだが 極限状態において人間は、良心ではやはり生きられないのだろうか。 悪魔の計画に乗るのをやめようと言う人はいないのだろうか。 金のためか。自分の安全のためか。 自分がその状況にあって、どう行動するか。 "正しく"行動すると信じたいが、やはり恐怖で従ってしまうのだろうか。 人が立ち向かわなければならない 打ち克たなければ鳴らないものは "悪魔"という抽象的な概念ではなく 常に自分自身なのだと強く思った。 そしてまた、現実に"悪魔"と対峙することは、実は多い。 その強さと種類に差はあっても 誘惑や恐怖は生きている以上常身近にある。 この村でおきたようなことはどこでも起きるし ひとりの人間の物語はすべての人類全体の物語になるのだから。 悪魔に勝てる光を、恐怖や欲で制御されるのではなく 自分自身の良心で育てていけることが出来たなら と思う。
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ある小さな田舎町に一粒の悪意が落とされて、 そして、町の最後の一日が始まる… という話。 浦澤直樹のモンスターの最後の村の話をちょっと思い出した。
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「ベロニカは死ぬことにした」に続く、私にとって二冊目のパウロ・コエーリョ。面白かった。個人的には「ベロニカ」よりもスピード感があり、先が気になってどんどん読み進んだ。 あらすじだけ見れば「善」と「悪」の戦いのようだが、実際はそう簡単にくくってしまえる内容ではなかった。そもそもプリ...
「ベロニカは死ぬことにした」に続く、私にとって二冊目のパウロ・コエーリョ。面白かった。個人的には「ベロニカ」よりもスピード感があり、先が気になってどんどん読み進んだ。 あらすじだけ見れば「善」と「悪」の戦いのようだが、実際はそう簡単にくくってしまえる内容ではなかった。そもそもプリン嬢は「善」の代表者とするにはすれすぎているし、同様に異邦人も「悪」の代表者となるほど邪悪ではない。それぞれの中に善悪は同居していて、せめぎあっている。 この二人の攻防を主軸に、街の他の人たちについても語られる。 結末も、所謂説教くさかったり教訓的なものだったりしなくてよかった。
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7日間で世界は変わるか。ひとは変わるか。過疎がすすむ村を内側から破壊するためにやってきた悪魔はじわじわと悪の根を張っていく。村ただ一人の若者、孤児で「かわいそうな」プリン嬢はその正体に気づく。これまで食わずぎらいだったパウロ・コエーリョ。ほかの本も読まねば。
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