偶然の音楽 の商品レビュー
爽快でどんどん読みす…
爽快でどんどん読みすすめます。意外な出来事の連続が、なるべくしてなったような納得間。また人間のうちにある、狂った感覚があまりにもリアルに描かれていて、読んでいるうちに自分も露になるようで怖かったです。
文庫OFF
妻に去られ、あてのな…
妻に去られ、あてのない旅に出た男の物語。オースター作品が好きな人なら納得の一冊でしょう。
文庫OFF
父の遺産が転がり込ん…
父の遺産が転がり込んできたナッシュは、一年間アメリカ全土を車で旅をしていたところ、ポーカーの名手であるポッツィと偶然で出会う。二人はある億万長者の二人組と全財産を賭けてポーカー勝負をするが、負けて借金を抱えることに。仕方なく借金返済のために壁を作る仕事をすることになる。ところが。...
父の遺産が転がり込んできたナッシュは、一年間アメリカ全土を車で旅をしていたところ、ポーカーの名手であるポッツィと偶然で出会う。二人はある億万長者の二人組と全財産を賭けてポーカー勝負をするが、負けて借金を抱えることに。仕方なく借金返済のために壁を作る仕事をすることになる。ところが。。。ちょっと変わったロード・ノベル。
文庫OFF
スピード感溢れる展開…
スピード感溢れる展開が魅力。しかし、全篇通してやるせない雰囲気漂う作品です。
文庫OFF
偶然転がり込んだ遺産…
偶然転がり込んだ遺産。そして偶然の出会い。世界から切り離された状況の中で、壁を築き上げるという作業と相反して何かか崩れ落ちていく感覚。話に引き込まれる一方で閉塞感が付きまとった作品でした。
文庫OFF
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
縁の薄い父親から舞い込んできた遺産を手に、赤いサーブに乗ってアメリカを彷徨う「望みのないものにしか興味が持てない」男ナッシュと、そんな彼に拾われるポーカーの天才、ポッツィの物語。 オースターらしい物語の定型に囚われないどこまでも自由な物語であり、孤独な男二人の博打での成功と破滅の物語になるかと思いきや、最初の富豪二人とのポーカー勝負はツキが逃げて大敗に終わり、いきなり全財産はおろか赤いサーブさえも失ってしまう。まさにそれは一寸先はハプニングの人生そのものであり、博打の腕前はホンモノなポッツィであろうとも、運否天賦はコントロールできず、またそんな彼に全てを投資したナッシュが、より博打的かつ刹那的な破滅思考に陥っているのも面白い。 そんな二人は借金を返すために壁の建設へと勤しむものの、それは肉体労働という分かりやすいある種の救済であると同時に、さらに深く囲って隔絶した世界へと閉じこもっていく孤独への序曲でもある。そんな中での娼婦との乱痴気騒ぎと無慈悲な支払い。ポッツィの逃避と怪我による離脱。一人になったナッシュは黙々と壁を作り上げ、それでようやく解放かと思いきや、最後は赤いサーブとともに人生からも退場してしまう。最後の衝撃的な幕切れに唖然とすると同時に、愚かさも含めて人生の全てが詰まっている小説だと思った。傑作。
Posted by
翻訳文学の大家、柴田元幸先生は表題のChanceを偶然と訳した。タイトルとしてはそれで良いと思うし美しい。ただ本作におけるchanceとはpossibility(可能性)を意味するのだろう。どんな不条理なことで起こりえる(possible)。良いことも悪いことも。 主人公に遺産...
翻訳文学の大家、柴田元幸先生は表題のChanceを偶然と訳した。タイトルとしてはそれで良いと思うし美しい。ただ本作におけるchanceとはpossibility(可能性)を意味するのだろう。どんな不条理なことで起こりえる(possible)。良いことも悪いことも。 主人公に遺産が転がり込んだのも、過程のいざこざがあったとえはいえ突然職を捨てて目的も なく赤いサーブでアメリカ大陸をひたすら走るというのも、途中で若いギャンブラー、ジャックを拾うのも、敵役の二人が巨額の宝くじに当選するのも、その他ポーカーと言うギャンブル含め、本作のできごとすべてが偶然の産物であり、常識的には「起こりえない」のに可能性としては「ある」。それらが奏でる音楽を 物語にしたと言ってよい。主人公はその偶然に翻弄されるが、苦しむどころか楽しんでいる。 対照的に存在するのが彼の愛するクラッシック音楽で、何度もクープランの「神秘の障壁」や モーツアルトが登場する。バーでかかる大衆音楽を嫌っており、最初からラストにいたるまでクラッシック音楽が鳴り続ける。クラッシック音楽は偶然とは対照的に、「規律」や「調和」の産物だから、統制された調和の音楽にひたりながら、理屈で説明のつかない偶然の音楽を生きている。 調和はクラッシック音楽だけではない。途中で観ることになる、「世界の街」という模型や、 ひたすら石を積み上げて作る「嘆きの壁」もその象徴だろう。 モダニズムのころの文学であれば、すべてを捨てて赤いサーブを駆ってアメリカ大陸を走り、若者と出会うという物語は、数々の反乱万丈な出来事を経て、ハッピーエンドであれバッドエンドであれ何からの意味のある結末に至るのだが、現代文学、ポールオースターの場合はそうならない。 ひとつひとつの出来事に大きな意味はなく、ただ描かれているのは「どんなことでも起こりえ る」というだけだ。物語として面白いが、そこから何かを得るとか学ぶとかそういう小説ではない。面白くしたいだけなら、放浪する中年男と若くて頂点を目指そうとしているギャンブラーが旅をするわけだからいくらでも展開のしようがあるはずだ。オースターはそんな小説は書かない。 ただ彼の小説を何冊か読むと、いつも何かしら心に響く言葉がある。私はいわゆる格言集のよ うなものは嫌いで、格言などというものは小説、エッセイ、学術書、それこそ漫画にいたるまで、自分で見つけるものだと思っている。ニーチェがこう言った、サルトルがこう言った等々、引用元の本を読んで気に入ったのなら別だが、格言だけ拾って引用することに何の意味があろう。その点オースターの小説には結構私の気に入ったフレーズがある。例えば、1万の石でできる壁を作る過程で、「石はどれも同一なのに、どの石もその前の石より重い」(192頁)という言葉があって、心に響く。積めば積むほど石は重くなっていく。不思議だが説得力がある。 さて作品の評価だが、読みやすいし面白いが、ポールオースターの作品としては中の上あたり。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
最初から引き込まれて一気読みしました。なんというか、やや無理があるのではと思う展開も細かい丁寧な描写によって必然に思わされる匠の技ですね。 後半の恐ろしい展開はトラウマものです。心揺さぶられ度は凄いものがありました。
Posted by
鈴木保奈美さんの、かなり前になるのですが、 ポールオールスターさんの特集の時のテレビを見て、 速攻買って、積んだままにしてた本。 ムーンパレスはSFくくりでとても楽しめた本だったのでさが、スクイズプレーを次に読んでちょっと疲れてしまい、そのままにしてました。 暑すぎてほんに手が...
鈴木保奈美さんの、かなり前になるのですが、 ポールオールスターさんの特集の時のテレビを見て、 速攻買って、積んだままにしてた本。 ムーンパレスはSFくくりでとても楽しめた本だったのでさが、スクイズプレーを次に読んでちょっと疲れてしまい、そのままにしてました。 暑すぎてほんに手が伸びなかったけど 久しぶりに積読のなかから手をつけた一冊。 あらためて、本を読む楽しみを ジーーんと感じられました! 大金が舞い込んだり 仕事を辞めて車で長期間放浪したり 自分の人生でありながら 運命にみをゆだねるような 空想的であるけれど シチュエーションをかえれば 小さな丸投げ的な選択 人生リセット的な選択を してるんじゃないかなー誰しも。 その瞬間の不安が、どーにでもなれにかわって そして、自分ができるのは目の前にあることだけで あとはなるようになるみたいな気持ち うまく言葉にできないけれど 今の私の状況で読むべき本を読んだ感じ これも偶然???であり そう言う流れなんだったのかもーーと思うと さらにじーんときました。 いろいろ考えて、どうこうしようとしても どうにもできない流れもあり でも、その流れの中で、自分は無力ではなく 確かに選択してたはずだし その選択の結果が今で 結局、自分の選択の結果に抗うことなく 受け入れ これから訪れる、さらなる選択に 正しい、間違いはなく 自分が選んだ方を歩いていくしかない。 私が次に出発を決めるときは いつなのか、どうなるのかわからないけど 私にも、誰にもそのときは来ると思う
Posted by
オースターの中では、グイグイ読み進められた本だった。 最後まで行って訳者の後書き、小川洋子の解説を読んだ後、もう一度最初に戻って第1章を再読する。 なにか見落としたことがあったかどうか。 大金がてにはいって、身の回りの雑事をいろいろ解決して、生活のリセットの前にちょっと休憩す...
オースターの中では、グイグイ読み進められた本だった。 最後まで行って訳者の後書き、小川洋子の解説を読んだ後、もう一度最初に戻って第1章を再読する。 なにか見落としたことがあったかどうか。 大金がてにはいって、身の回りの雑事をいろいろ解決して、生活のリセットの前にちょっと休憩するつもりだったんだろうか。 彼のこれまでが人に比べて酷いものだったようには思えない。それを持続することが嫌だったんだろうか、平穏に暮らしてみようと思えなかった理由はなんなんだろう。 会うべきはずでなかった男を拾い、その男に賭けてみる。 文字通り全財産を掛けてみる。 その結果自分の自由が奪われたことを、これを望んでいたんだと粛々と受け入れる。 肉体労働に裏打ちされた変わらぬ日々を送りながら、来し方を考え、行く方を考えるだろう、その時間は有益なものだったと思う。 孤独からくる変質的な考え方に覆われて行ったのも、なんとか理解はできる。あと、1週間、いやあと1日でも冷静でいられたら、自分の目で確かめられたのに。あの突飛な行動は何が起こしたものなんだろう。 目の前にある自由に絶望していたのだろうか。
Posted by
