はじめての夜 二度目の夜 最後の夜 の商品レビュー
コース料理が食べたく…
コース料理が食べたくなります。今までコースを取った時には、ひとつひとつ出てくるお料理にじれっさを感じ、全部一緒に、などと思ったことがありました。この本、お料理の本ではありません。でも、読んでいるうちに、空腹感が。そして、愛する人と一緒にお食事に行きたくなります。
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なんとなく村上さんぽ…
なんとなく村上さんぽくなくて(いい意味で)せつないです。こんなのもいいですね。
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切ない話です。いい感…
切ない話です。いい感じが出てると思う。暇つぶしに。
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アオキはヤザキの話をよく聞いていたし心から理解しようとしている様子が悲しくも愛おしかった。あと切ない。
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主人公ヤザキは、中学時代の同級生で初恋のアオキミチコと久しぶりに再会する。二人はレストランで食事をして、彼らの学生時代の思い出に浸る。学生の頃にいた奇妙な同級生が話題になったり、修学旅行について語り合うなど、今では懐かしい出来事を振り返る。
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中学同窓会に際して再読。初読当時、中年になったヤザキに全くシンパシーは覚えなかった。その年齢すら数年過ぎた今も別にシンパシーはない。なんかモンラッシェとかくそ高えワインばんばん開けて、イラッとくるかんじのこというのが終始鼻につく。もうきっと再読することはないだろうな。
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40代の主人公ヤザキが初恋の相手と会う事によって 青春時代の回想を行っていく作品。 タイトル通り、初めての夜と二度目の夜と最後の夜で3編に渡る構成で、それぞれでコース料理となぞらえながら展開されていく作風だった。 初恋の相手アオキミチコは最後までカタカナ表記されており、主人公はア...
40代の主人公ヤザキが初恋の相手と会う事によって 青春時代の回想を行っていく作品。 タイトル通り、初めての夜と二度目の夜と最後の夜で3編に渡る構成で、それぞれでコース料理となぞらえながら展開されていく作風だった。 初恋の相手アオキミチコは最後までカタカナ表記されており、主人公はアオキミチコを中学時代の目線のままで見ているのかなと感じた。
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顔は知っている。話をしている姿をかつてテレビでよくみた。雑誌でエッセイも色々読んだことがある。でも村上龍の本はあまり印象がなかった。職場の同僚が村上龍の入門編として教えてくれたので読んでみた。 ハウステンボスで40前後の小説家(村上龍が自身を投影していると思われる)が中学の同級...
顔は知っている。話をしている姿をかつてテレビでよくみた。雑誌でエッセイも色々読んだことがある。でも村上龍の本はあまり印象がなかった。職場の同僚が村上龍の入門編として教えてくれたので読んでみた。 ハウステンボスで40前後の小説家(村上龍が自身を投影していると思われる)が中学の同級生と逢瀬を重ねる話。主人公の追憶の中で語られるのは60年代の佐世保なのだけど、語っている時制はブエナビスタソシアルクラブが流行っていた平成初期。バブルの余韻が残る時代の世の中の雰囲気を思い出させる本だった。
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エリタージュのフルコースいいなぁ。 p.105 おいしいと思うレストランはいくつもある、だけど、「すごい」と思う料理がでてくるのはハウステンボスの『エリタージュ』だけだよ……。 p.156 のトリュフと新ジャガイモを口に入れた後の描写がすき 1番印象に残ったのは、はじめ...
エリタージュのフルコースいいなぁ。 p.105 おいしいと思うレストランはいくつもある、だけど、「すごい」と思う料理がでてくるのはハウステンボスの『エリタージュ』だけだよ……。 p.156 のトリュフと新ジャガイモを口に入れた後の描写がすき 1番印象に残ったのは、はじめての夜。 二人で食事して、別れ際に手を繋いで、また会えるか確認し合うシーン。 長崎弁が大学時代の友達モモコ(長身、おもろい、下品)を彷彿させるので、アオキミチコが自分の中では不倫中のモモコでしかなかった笑 本当はもっときれいごたる人やろうけど、うちのなかではそんな風にイメージばできんかった笑(モモコに失礼)
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初恋の味をフルコースに添えて。 初恋の人との再会を3夜に渡りフランス料理名に乗せて物語る、なんとも洒落た演出ではないか。但しそこは村上流。単なる青春時代の甘美な恋の想い出に留まらず、「69」のヤザキという中年男性というフィルターを通して、中学時代という無責任でむき出しで不平等だ...
初恋の味をフルコースに添えて。 初恋の人との再会を3夜に渡りフランス料理名に乗せて物語る、なんとも洒落た演出ではないか。但しそこは村上流。単なる青春時代の甘美な恋の想い出に留まらず、「69」のヤザキという中年男性というフィルターを通して、中学時代という無責任でむき出しで不平等だけど公平で純粋だった少年を語らせる。ハウステンボスのレストランではヤザキとアオキミチコの「軸」で進む一方で、回顧のなかにヨシムラを「軸」として入れることで、現在と過去が交錯する連続的で立体的な甘酸っぱい雰囲気を生み出している。人は視覚や聴覚の印象が強く残るが、忘却しているようでフラッシュバックのように引き戻されるのは味覚や嗅覚のほうのような気がし、村上龍氏はそうしたことを正確に理解したうえで、本作品のプロットを描いたのかもしれない。
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