ユリシーズの涙 の商品レビュー
ユリシーズが誰にも分からぬように乞食に身をやつして故国に戻ったとき、愛犬アルゴスだけは主人を認める。しかし、肥料用の牛糞の中に見捨てられていたシラミだらけの老犬は尾を振るばかりで近づく力さえなくしていた。さしもの英雄ユリシーズもその姿を見て涙したという。書名の由来だが、犬という生...
ユリシーズが誰にも分からぬように乞食に身をやつして故国に戻ったとき、愛犬アルゴスだけは主人を認める。しかし、肥料用の牛糞の中に見捨てられていたシラミだらけの老犬は尾を振るばかりで近づく力さえなくしていた。さしもの英雄ユリシーズもその姿を見て涙したという。書名の由来だが、犬という生き物と人間との関わりの深さを象徴してあまりある。ユリシーズは著者の愛犬の名でもある。その愛犬にまつわる話と、古今東西の文学の中に現れる犬についての逸話が集められた短編集。著者の文学に関する知識は広く、日本に限っても谷崎、漱石はおろか馬琴の『南総里見八犬伝』にまで話は及ぶ。愛犬家もいればそうでない人もいる。文学者としての評価はさておくとして、トーマス・マンの犬に対する無神経さや、R・L・スティーブンソンの驢馬(犬ではない)に対する無慈悲な態度には動物好きでなくても義憤を感じずにいられないだろう。一方、大の犬好きとして知られているフロイトは、晩年顎を癌に冒されていたが、愛犬のチャウチャウ犬ルーンは、その悪臭におびえ部屋の隅にうずくまったままだったという。愛犬によって自分の死期を知らされる思いはいかばかりのものであったろうか。一つ一つの話は単なる逸話にとどまらず、人間と犬についての深い考察が試みられている。犬好きでなくとも楽しめること請け合いである。
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