逆説の日本史(5) の商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
源平の合戦から、幕府の成立までをテーマでした。 やはり、今までのどこかぼんやりとした公家政権についてと違い、武士の決起や、義経の画期的な戦術、歴史的人物たちの思惑など、刺激的な巻でした。 教科書で区分して学ぶ「幕府」という考え方は当時なく、律令制が実際とそぐわない中武士が決起し、実情に合った政治を行なっていく中、将軍が移り変わっていった。 また、「御成敗式目」の制定が、武士政権が確立されたまさに革命的な瞬間であったこと、教科書では知り得ないことでした。 個人的には、2人の息子が暗殺される、それを黙認しなければならなかった、尼将軍、北条政子の心情が気になりました。 機会があれば、彼女についてもっと理解を深めたいと思います。
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源頼朝や義経、北条氏の詳しい一面が知られて楽しめた。道理やあるべきよう(自然であること)が、日本人の根本になっていることに気付かされた。
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武士による幕府ができて、怨霊信仰が弱まった印象。供養法が変わったからかもしれないが、義経生存伝説も供養のひとつと考えるのは面白い。 しかし、日本人の和と納得、自然の思想は、文章としてみると、所謂コウモリみたいだな。ズルいというか強かというか。
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源氏と平氏との争い、鎌倉幕府の出現、北条執権政治の本質から、朝幕併存、律令制と土地所有まで、歴史の授業では習うことのなかった本質が見える。近現代の日本の政治が何故このようになってしまったのか?というヒントにもなりえる。そこには、日本人独特の「和を重んじること」「言霊信仰」「怨霊信...
源氏と平氏との争い、鎌倉幕府の出現、北条執権政治の本質から、朝幕併存、律令制と土地所有まで、歴史の授業では習うことのなかった本質が見える。近現代の日本の政治が何故このようになってしまったのか?というヒントにもなりえる。そこには、日本人独特の「和を重んじること」「言霊信仰」「怨霊信仰」「あるべきがまま」など様々な日本的な独特の背景があった。学校の歴史の授業は「お勉強」で結構だが、本質に切り込んで学問をするとはこのようなことを言うのだろう。
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最近、鎌倉幕府成立前後の話が好きなので、読んでみました。 文中に「」のついた単語がたくさん出てきます。 初めはなんだ?と思いましたが、読んでいくうちに「いわゆる『』という」の意味だとわかりました。 私はこの巻だけ読んだのですが、これ以前の巻を読んでるともっとわかりやすいかと思い...
最近、鎌倉幕府成立前後の話が好きなので、読んでみました。 文中に「」のついた単語がたくさん出てきます。 初めはなんだ?と思いましたが、読んでいくうちに「いわゆる『』という」の意味だとわかりました。 私はこの巻だけ読んだのですが、これ以前の巻を読んでるともっとわかりやすいかと思います。 時間があったら他の巻も読んでみようと思いました。
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この本を読む前に、別の著者様の鎌倉時代の本をいくつか読んだけど、内容はだいたいこれに沿っていてどこが「逆説」か分からなかったけど、日付を見るとこっちはずいぶん古くて、そういえば鎌倉幕府も今は1192と教えてないとか聞いて、歴史の見方は変わるものだと実感。今の時代にも生きる「和」と...
この本を読む前に、別の著者様の鎌倉時代の本をいくつか読んだけど、内容はだいたいこれに沿っていてどこが「逆説」か分からなかったけど、日付を見るとこっちはずいぶん古くて、そういえば鎌倉幕府も今は1192と教えてないとか聞いて、歴史の見方は変わるものだと実感。今の時代にも生きる「和」と「自然法」色々納得。
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頼朝が開いたと言われる鎌倉幕府は,徳川幕府のような徳川支配の構図ではなく,東国武士団という言わば連合軍の纏め役という者に過ぎず,頼朝に絶対服従というようなものでもなかった。このため,鎌倉幕府での頼朝は危うい立場であり,その立場を揺るがすような人物は例え肉親であっても容赦しなかった...
頼朝が開いたと言われる鎌倉幕府は,徳川幕府のような徳川支配の構図ではなく,東国武士団という言わば連合軍の纏め役という者に過ぎず,頼朝に絶対服従というようなものでもなかった。このため,鎌倉幕府での頼朝は危うい立場であり,その立場を揺るがすような人物は例え肉親であっても容赦しなかった。それが義経である。鎌倉幕府は頼朝が開いたものだが,源家は3代で潰え,そのあとは北条氏が執権という立場で将軍を補佐(実際は将軍は飾り物だが)し,足利がでてくるまでその状態は続くことになる。 本巻で宗教的な話は最後の最後の方に出てくるぐらいである。日本と言うのは法治国家であるが,実は,納得治国家ではないかというのが著者の述べるところである。日本の裁判官は特に民事において積極的に和解を勧める。正式な裁判をすると長引いて双方とも損をするというのは言い訳に過ぎず,決着をつければどちらかが負ける(納得しない)。そんなことになるよりは話し合って双方納得した方が良いというわけだ。法による正義の実現と言うよりは話し合いによる納得の実現を重んじているから,和解しなさいということになるらしい。ある官僚がこの状態を納得治国家と呼んだのだ。この人々が納得している状態を自然と言い,日本人の理想とする裁判は,場合によっては法を無視しても道理を重んじ,自然な状態(人々が納得している状態)を実現させるものなのである。その背後には”和”がある。なぜ自然な状態が求められるかと言えば,そこには和が確立しているからだ。
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源氏と平氏の戦い、頼朝の幸運など ほぼ適当にしかわからなかったことがすっと頭に入ってくるようにわかりました。
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シリーズを通して読んでいない読者に通じるのか、と思う箇所がいくつかあるが、それを差し引いても読み物として成立する、興味深い一冊。
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