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「対話」のない社会 の商品レビュー

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58件のお客様レビュー

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「言葉を尊重する」と…

「言葉を尊重する」とはどういうことか、長年にわたって実践している著者の姿勢には学ぶべきものが多い。

文庫OFF

考えさせられる一冊

「戦う哲学者」の主張は容赦ない。日本的美学とされる、思いやりや優しさ。それゆえに殺されてしまう言葉、避けられてしまう「対話」について鋭く迫る。他者の思考や言葉を奪うことのない社会とは?考えさせられる。

きよちゃん

2025/06/13

政治の停滞と、ここで語られている対話を殺してきた「やさしさ」という暴力にはつながりがあるだろう。 ただ意識改革を訴えるだけではもはや遅い。 実践として、これを展開していくことが求められる。やれることからコツコツと。 「それって野暮じゃないか?」は、対話を殺す。しかしそれによってお...

政治の停滞と、ここで語られている対話を殺してきた「やさしさ」という暴力にはつながりがあるだろう。 ただ意識改革を訴えるだけではもはや遅い。 実践として、これを展開していくことが求められる。やれることからコツコツと。 「それって野暮じゃないか?」は、対話を殺す。しかしそれによってお互いが守られているという平和もある。思いやりを利己主義の変形として捉えることには納得だが、かといって平和を簡単に犠牲にできるほど私の自己愛は脆弱ではない。 やはりまずは装置から考えていきたい。

Posted byブクログ

2024/11/25

他者を尊重し意見を聞く。もちろん他者と自身との相違はあろうが、それを当然の事として受け入れてどのように発展していくのかを熟考する、そこにデモクラシーは存在し多様性を育む社会へと近づける。対話というものは、討論や結果ありきの会議ではない。ましてや論破なんて愚の骨頂、人びとのグラデー...

他者を尊重し意見を聞く。もちろん他者と自身との相違はあろうが、それを当然の事として受け入れてどのように発展していくのかを熟考する、そこにデモクラシーは存在し多様性を育む社会へと近づける。対話というものは、討論や結果ありきの会議ではない。ましてや論破なんて愚の骨頂、人びとのグラデーションに満ちた思考に寄り添い本心を語る場が持続可能性へと向かう。

Posted byブクログ

2023/10/21

社会的弱者は言葉を否定され続け、言葉を語ることを諦めてしまう。日本の和の精神が言葉の足かせになっている。日本はルール違反に対しても寛大だが、他人の苦境も見て見ぬふりをする。要するに個人と個人のコミュニケーションをほぼゼロに留めておく国だ。日本人は客観的な立場から論理を使って語るの...

社会的弱者は言葉を否定され続け、言葉を語ることを諦めてしまう。日本の和の精神が言葉の足かせになっている。日本はルール違反に対しても寛大だが、他人の苦境も見て見ぬふりをする。要するに個人と個人のコミュニケーションをほぼゼロに留めておく国だ。日本人は客観的な立場から論理を使って語るのはそれほど苦手ではない、しかし、主観的に語る対話、(ここで言う「対話」とは各個人が自分固有の実感・体験・信条・価値観に基づいて何事かを語ること)はにがてである。日本人は(一般的に)言葉を額面通りに受け取る関係よりも、発話者の意図と言葉の字面が微妙にずれることを了承するのに独特の美学をもっている。しかし、その美学にかまけて言葉や態度を軽視してはならない。対話を遂行するものは、「客観的態度」「主観的態度」の間を行く。自分の固有の状況・体験・感受性をまるごと引きずりながら、しかも客観的心理を求めて語りだすのだ。限りないわからないわかったりの揺れがあり、果てしない「ここまではわかった、だが、ここからはわからない」という限定が続く。この営みこそ対話である。生み出された対立をどう統合するのかというヨーロッパ的思考に対して、そもそも対立を避けようという日本的考え。それを認知しない考え。それを殺す考え。

Posted byブクログ

2023/06/27

黙っているのが得だと多くの人が信じている社会。 内容のない、公的言語が満ち満ちる社会。 25年前の本だけど、事態は一層進んでいる。 日本語話者の危機。

Posted byブクログ

2022/02/24
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

大勢に語りかけても意味がない。名指しで注意すべき。 私語をするのは言語道断。みんなに人の話を聞く権利がある。 聞くふりをすることだけ上手くなることは無意味。抗議すること、聞きたくないと主張すること、自分の言葉に責任を持つことが大切。 「わからない」と発言することを我慢してしまう。など理由を伝えるのは大切。 彼らは自分の言葉を信じていない。 自分の言葉に威力があるなんて思っていない。 いつも和の精神を重んじられている。 だから黙っているし、それが当たり前。 規則さえ守っていれば安全が保障されている。 自分から働きかけることを忘れている。 定型の意味のない言葉が溢れすぎていて、聞き流すことに慣れている。 お上からの標語やスローガンがなければ行動できない人間は自分で考えて生きていけない。 わかった気になり、単純な質問をしないことで対話が終わってしまう。 弓道の無心、無心になれと言われて納得するのが日本人。 独白の集合ではなく、固有の体験を引きずりながら地道な手探りによって真理を目指す。 対話の敵は思いやり、配慮、優しさ、察する文化。 真実より思いやりを優先することで弱者の声が押しつぶされ続ける。例、人をかばって罪をかぶる。 傷つけ合わないことが大切にされ、利己的な優しさだけが蔓延る。 注意した人は真実が何にせよ、傷つけたことが責められる。 なりゆきに任せておけば責任を持たなくて良いと思っている。 思いやりとは弱くて卑怯で自分は加害者ではないと信じる暴力である。 ホットでなくウォームなやさしさが最新。 人を傷つける可能性のある言葉を使わず、距離を保ち、あたたかさで包む。 不平不満を出させないのが最良とされている。 様子を見ることでずるく善良で居続ける。 自分の信念を貫くと損をする。 我慢を誉める。自尊心の軽視。 誰も傷つけない言葉で語ることは、何も語らないのと同じ。 対話は他者との対立を大切にすること。 他者とはもっと重いもの。 澱んだ優しさの空気に馴染んで、それがなければ不快になってしまう。個人主義の排除。 論理を振りかざして対話を根絶やしにする。

Posted byブクログ

2021/01/27

哲学者である著者が、<対話>についての見解を語る本。 テーマは<対話>ですが、これは単なる会話とは違い、自分と他人との差異を認めたうえで、この差を少しずつ埋めていくために質問と回答を繰り返し、理解することを諦めない姿勢、とでも言えばわかりやすいのでしょうか、ただ相手がいて自分がい...

哲学者である著者が、<対話>についての見解を語る本。 テーマは<対話>ですが、これは単なる会話とは違い、自分と他人との差異を認めたうえで、この差を少しずつ埋めていくために質問と回答を繰り返し、理解することを諦めない姿勢、とでも言えばわかりやすいのでしょうか、ただ相手がいて自分がいて成り立つものとは異なるものです。 本書は、著者が様々な大学で教鞭をとってきた経験から、序盤に大学生の動向を述べ、その背景としての「アアセヨ・コウセヨ」の日本の現状を明らかにして、<対話>の解説へとつづき、さらに<対話>を阻むもの、日本の社会背景、最後に<対話>のある社会について述べる、という構成になっています。 著者がドイツに居て暮らしていたときの経験もふまえて日本とヨーロッパの意識的・社会的違いについても触れられています。 発行年月日が1997年となっていて、かなり古いものですが2021年現在に読んでみても「その通りだな」と思うことや「この時点(1997年)から日本はそれほど変わっていないな」と思うことが多かったです。 よく言われることですが、日本人は議論が苦手です。この「議論が苦手」なのは<対話>がない社会であることと原因が同じなのですね。 本書で述べられていますが、日本の一般企業というものがまさに日本の縮図といえるもので、「こうするしかない、となるまで誰も話に竿ささずに黙っている」というのは本当に真実を捉えているなと感服しました。 もともと、私はブクログを始める前から著者の本を何冊か読んでいて、著者の意見に同意なのですが、特に日本のアナウンスの多さ、街角にある文字の多さには私も疲れていますし、著者の意見に賛成です。 イヤホンをしないとうるさくて歩けない社会に慣れさせられて、「アアセヨ・コウセヨ」の文言に我々は麻痺してしまっている。そのことに(この本を読んで)初めて気づかされる人もいるのではないかと思います。 また、「優しさ」や「思いやり」についても著者の言うように「他人を”私”の拡大形態とみなしていて(他人は自分の延長線上にあると考えている)、それは”優しさ”ではない」という意見には首が取れるほど頷けました。 「自分のイヤなことは他人にしない」というのが何故だめなのか? という議論が時に起こりますが、何故なのかイマイチ分からない人にとっては、ここにヒントがあります。 最後に、駐輪禁止の場所に置かれた自転車のくだりは(著者にとっては大真面目だと知りつつも)笑ってしまいました。まるで職員と著者の言い合いが眼に見えるようで……愉快といっては失礼なのですが。 どちらが良い、悪い、だから日本は<対話>を重視しなければならない、するべきだ、というクロかシロか? ではなく、こういう意見もあるし、実際に取り入れてみても良いのではないか。そういう視点から読んでみると面白い一冊だと感じました。 中島義道さんの本はやはり、面白いです。

Posted byブクログ

2019/05/14

日本的スピーチの怒りに関して書かれている頁は痛快だった。私は結婚式とかでよく聞く「諸先輩方を差し置いて誠に僭越ながら・・・」みたいなのが大嫌いなので、読んでて爆笑だった。 ルール違反者を徹底的に追跡するドイツ人の話、中島先生が違法自転車をぶっ倒して歩く話などは本当におもしろい。 ...

日本的スピーチの怒りに関して書かれている頁は痛快だった。私は結婚式とかでよく聞く「諸先輩方を差し置いて誠に僭越ながら・・・」みたいなのが大嫌いなので、読んでて爆笑だった。 ルール違反者を徹底的に追跡するドイツ人の話、中島先生が違法自転車をぶっ倒して歩く話などは本当におもしろい。 しかし、子供に対するプールサイドを走るなとかの日本の注意喚起に関しては、事故が起こってからじゃ遅いのでそれはうるさくてもいいんじゃないかな?と思った。欧米(米はわからないが)ではそこも自己責任になるのかもだけど。特にプールの場合、中には泳げない子供だっているわけだし、万が一ぶつかって落ちて溺れたなんてことがあれば大変だもんなぁ。

Posted byブクログ

2018/11/12

偏差値の低い人たちは、反論することができない。無言になってしまうというのがショックだった。話せばわかるという以前の問題があることに全く気付いていなかった。その他、日本の空気や会議のあり方に、言葉という観点で切り込んで分析している。なかなか読み応えのある、興味深い本だった。

Posted byブクログ