自我と無意識 の商品レビュー
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前々から読んでみたいと思っていたが難しい。 集合的無意識やペルソナの概念は分かった。確かにその通りかもしれない。 個性化、アニマ、アニムスの件が難解。今回はサラッとだけ読んだ。 同じ時代の心理学の本を読んでみないとな。
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人の意識を何層かに分けて、それぞれがどう作用し、どう関係していそうか、ということが書かれた本。集合的無意識、個人的無意識、ペルソナ…などの内容が症例とともに書かれていて、どう解釈すべきかなどの話が主に書かれる。 理解の敷居を下げるために当時の常識のうえに書かれているようなのだが...
人の意識を何層かに分けて、それぞれがどう作用し、どう関係していそうか、ということが書かれた本。集合的無意識、個人的無意識、ペルソナ…などの内容が症例とともに書かれていて、どう解釈すべきかなどの話が主に書かれる。 理解の敷居を下げるために当時の常識のうえに書かれているようなのだが、逆に現代的には理解しづらい例や比喩も多く、そもそも内容が難解なので、書かれていることを噛み砕いて理解に苦労する。正直良く分からないことも多かったので、色々調べながら聴いた。 現代版に意訳したものがあれば、そっちの方が分かりやすいかもしれない。オーディブルで聴いたのだが、これは文字で読んだ方が良かったかもななどと思った。
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ユングちゃんと読むの、というか心理学にまつわる本をちゃん読むの初めて。 難しい! 分かった気がしてすぐやっぱ分かんなくて、一つも理解できてないように感じてたのに途中に挟まれるたった一文で腑に落ちた気になったり。 もっと勉強したい
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( オンラインコミュニティ「Book Bar for Leaders」内で紹介 https://www.bizmentor.jp/bookbar )
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読書会課題本。かなり久しぶりの再読。今改めて読んでも、フロイトやユングは元祖トンデモと思う。訳は比較的平易だが、ユング特有の用語や言葉遣いに慣れてないと、かなり大変だろうとは思う。じっくり読むなら心理学辞典などを傍に置いた方が良いだろう。
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集合的無意識、アニマ、ペルソナなど、心理学で有名な概念について知ることができます。 (ゲーム『ゼノサーガ』の考察のために購入しました。) ・集合的無意識 何もないところから、ヒョイと湧き出してくるように感じる無意識が、実は、そうではなく、人間の脳という共通した規格から生まれるために、必然的に類似しているという概念は、大変合理的に感じました。 ・アニマとペルソナ アニマとペルソナは対立物であり、補償関係にある。 ペルソナは「ひとりのひとが、何ものとして現れるか」ということに関して、個人と社会との間に結ばれた一種の妥協である。 アニマは自律的コンプレックスであり、男性においては、女性というものの無意識集合的なイメージである。無意識との関係組織。注意すべきこととして、自分の内面、魂=アニマではない。
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一回読んで腹に落ちなかったので、もう一回。 集合的無意識と、阿頼耶識の共通点を考えるために読んだんだけど、ユングのさりげない例えとか、症例の紹介が面白くてたまらない。 『誰しも内に、罪人と天才と聖人の何がしかをもっている』というのは、人間のあり方を上手く表現しているなあ。...
一回読んで腹に落ちなかったので、もう一回。 集合的無意識と、阿頼耶識の共通点を考えるために読んだんだけど、ユングのさりげない例えとか、症例の紹介が面白くてたまらない。 『誰しも内に、罪人と天才と聖人の何がしかをもっている』というのは、人間のあり方を上手く表現しているなあ。人間って、みんなが少しずつ狂っているものであるという表現をした人もいたけど。 女性患者が、ユングを恋人として頼ってしまうという症例に関しては、もう、なにその客観的な表現は…。最終的に離れて行った女性への未練の裏返しなのかとも勘ぐってしまう。 集合的無意識と個人的意識の間で曼荼羅の要素が出てきたのも面白い。人種を超えて共通するものを人間が持っている可能性というのは考える楽しさを与えてくれる。 個人的には、この本を読んで、人格が変わる瞬間というのに興味を持った。自分にもこういう瞬間が訪れるかと想像して、楽しむ。
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ユングの著書の中でも、とりわけ無意識や自己、そういったところを扱っているということで。 やはり、彼はフロイトと袂を分かつべきだった。フロイトが無いけど在るものに気付いたのなら、ユングはそれはなぜ存在してしまったのか、考えようとしている。フロイトはその存在を考えることなく、前提とし...
ユングの著書の中でも、とりわけ無意識や自己、そういったところを扱っているということで。 やはり、彼はフロイトと袂を分かつべきだった。フロイトが無いけど在るものに気付いたのなら、ユングはそれはなぜ存在してしまったのか、考えようとしている。フロイトはその存在を考えることなく、前提として認め疑うことがなかった。それに比べてユングはそれを疑ってしまった。もうフロイトからはみ出ざるを得ない。それどころか、心理学者というところからもはみ出ざるを得ない。彼が心理学の中で異彩を放つのは、心を超えた、意識を超えた、存在を超えた真実在をみてしまったから。彼もまたわかってしまったひとの部類に入ると思う。(彼のことばで言うなら、「感じて」しまった) 哲学や宗教と一線を引くために、あえてそういったところに言及していないが、彼が考えたことは何千年も前に哲学や宗教が同じことを考えていた。たまたまそれが自己であったりいわゆる心理学的言葉を使っているだけで、宗教や哲学が語る魂を彼もまた考えていたのだ。仏教ではひたすら統合を求める(悟り)一方で、彼は分離(自己実現)を志向する。一見逆なことをしているが、やっていることはどちらも同じ。論理を超えた存在。自我と無意識、ペルソナとアニマ/アニムス、その対立を超えたところにある自己。見事なまでに弁証法。 そうしたものの働きは呪術として、錬金術として歴史的に形をとってきた。オカルトを研究していたのではなく、オカルトによってそれを喩えたに過ぎない。 最後に彼も述べているが、科学を超えた純粋な「思考」としてこの著書は存在する。(ただし、彼の言うところの思考は意識を働き。「思考」とは自己の働き) ただ、彼の「感じる」や「男性的」「女性的」ということばはひどく誤解を招いてしまうように感じられた。「感じる」は「わかる」ということであって、「五感」のことではない。五感を感じているその存在のことだ。「男性的」「女性的」というのは意識と無意識といった「相補性」を表すための便宜上の概念だ。また、彼もまたソクラテスのように鮮やかに騙している。自己のもたらす働きを述べながらも、自己そのものについて何一つ語っていないのだ。どうしてもそれが知りたい。
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文化庁長官を務めた故・河合隼雄さんがユング派心理学の心理療法士でしたが、 そのユング派心理学の始祖であるユング自身が自らの考える心理というもの を解説した、いわば入門書的な自著が本書にあたるようです。 はっきりいって難しいです。200pそこらですが、1/10も理解していないかも...
文化庁長官を務めた故・河合隼雄さんがユング派心理学の心理療法士でしたが、 そのユング派心理学の始祖であるユング自身が自らの考える心理というもの を解説した、いわば入門書的な自著が本書にあたるようです。 はっきりいって難しいです。200pそこらですが、1/10も理解していないかもしれない。 ユング自身も、本書の最後に、すべてを理解してもらえれば嬉しいが、この議論の根底にある 経験というものがたいていの人には知られていないことなので、まぁ無理だろうと言っています。 しかし、こういう未知の世界、未経験の経験領域があることを知ってもらえたら嬉しいみたいな ことを述べています。 それでは感想や考えたことを、読みながらはやばやとツイートしているので、 そのまとめを記載します。 ___ 無意識の意識化が進むことによって、 無意識による支配力が薄れて、意識、人格の拡張があるとユングはいいます。 ふつう、読書とか会話によって、共感したり再発見したりということがあります。 それって、無意識の意識化でもありますよね。 そうやって、より「自分をわかった視座をもつ人」になるんだと思う。 そういう意味で、本を読むことも人と接することも大事だなぁ思う次第。 内向的外向的どちらにも、この場合、救いの道はあるということですが、 内向的外向的の半々くらいがいいような気がする。 内向には内なるアニマ(アニムス)という無意識が人生を決めるのに関係し、 外向には他人との比較で関係する。 内向外向半々だと、きっとアニマ(アニムス)とぎくしゃくした時に傷つくのも半分で済むし、 他人とぎくしゃくした時にゆらぐのも半分で済む。 こういうのはありなのか知らないけれど、ようは、逃げ道じゃないのかなぁ。 内向的でダメになったら、「実は外向的でね」というモードに入る。逆もしかり。 空想というもの。空想すること、その内容に没頭して積極的に関与する、 そうすることで、その過程を自分のものとすることになるそうです、 ユング派心理学の始祖ユングによると。 そうやって、形作られていく、変容していくのがその人の人格だったりするみたい。 これはイメージトレーニングに繋がりますね。 イメージしたものに積極的に気持ちを関わらせていくことで、 ポジティブな空想というものに浸ることになる。 その結果、そこでの過程が自分のものとなり、あたかも現実の経験のように人格の形成・変容に影響する。 もっと言えば、ものすごくありえない空想に関与していくこと。 魔法使いの話でもSFの話でも、なんでもいいけれど、 それでもそこに積極的にのめりこんで空想することでその経験は自分のものとなるわけです。 それはすごく特別な、個人的な経験になるでしょう。独創性ってそういうとこから生まれるのかな。 つまりは、ぼーっと空想しちゃう事って悪くない、むしろ良いねっていう。 ユングはこうやって人格が変容して、ついには善も悪も融合するような人格になることを超越機能と呼んでいました。 そうなると、精神の病気もはねとばせる確率が高まるのかな。 なんか、独創性の正体見たりって感じだなぁ。 どれだけスペシャルな空想に浸って生きてきたかで その人の思考システムがオリジナリティに富んだものになるかってことじゃないのかな。 空想がぼうっと湧きあがってくるところがポイントなんだよねぇ。 そこに無意識との関連があるから。無意識は奥が深いです。そして怖いものです。 個性を磨け、なんて無責任というか勝手というか、 そういう言い方をされた人が僕くらいの世代には多いかと思いますが、 たとえば個性なんてものは、その人がいればそれだけで個性十分なんですよね、 顔にしても身体にしても声にしてもなんにしても。 独創性を磨けっていうんならば、その方法は空想にあることが今日わかったけれど、 そのソースは1927年くらいのユングの本なんだから、 独創性を磨けとか指図するほうがちゃんと勉強してればその方法付きでつばを飛ばさずに指導できたわけです。 ___ ええと、あくまで素人が素人なりに考えたことなので、確証があることではないです。 一応、論理上そうなるねということですが、その論理のこね方にも間違いがあるかもしれないし、 だいたいにおいて、難しい本なので誤読の可能性がけっこうあります。 でも、大きな意味においては、だいたいこうなるだろうみたいな確信ににた気持ちがあります。 そんなわけで、昨日誕生日をむかえ、新たな年齢で読み終えた最初の本になりました。 こういう難しい本から始まる一年っていうのも悪くないですね。
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心理学のイロハも知らず河合さんの「ユング心理学入門」を読んで満足しているだけの自分には所々難解に感じました。
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