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場所 の商品レビュー

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2024/11/22
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場所 著者:アニー・エルノー 訳者:堀茂樹 発行:1993年4月15日 早川書房 2022年ノーベル文学賞を受賞した作家。その年に、日本での翻訳出版1冊目である『シンプルな情熱』を読んだ。この『場所』は、日本における翻訳出版としては2冊目。フランスでは、『シンプルな情熱』が1992年出版され、『場所』はその8年も前の1984年に出ている。シンプルな情熱がベストセラーになって注目を集めたが、それまでの代表作は場所だったようである。場所はロングセラーだと訳者はあとがきで言っている。 アニー・エルノーは自分のことを書く小説ばかりだが、ノンフィクションではなく、あくまで小説、訳者は「テクスト」という表現を使う。この作品は、私(作者)が死んだばかりの父親について小説を書くというテイで語られていく。名前は私も父親も母親も出てこないが、登場人物はほとんどこの3人のみ。 父親の父親、すなわち作者にとっての父方の祖父は、フランスのノルマンディー地方の田舎出身。村で暮らし、8歳から死ぬまで、大きな農家で馬方をしていた。土地を持たず「体を貸す」仕事。結婚しても、週給は妻に渡し、妻は日曜日に夫がドミノの勝負や酒が飲めるように小遣いを渡す。夫は日曜日に帰ってきては機嫌悪そうにし、何でもないことに対して子供をひっぱたいたりした。読み書きは出来ない。 その子である著者の父親は、2キロ先の学校へ歩いて通う。しかし、欠席しがち。収穫を手伝わされる。鉄の定規を持った厳しい先生は、「お前たちの親は、お前達も貧乏人になればいいと思っているんだな」と厭味を言う。しかし、幸いにして父親は読み書きが出来る程度には勉強をした。 父親もやがて親から離れ、農場で働き始める。朝と夕の乳搾り、馬の手入れ。藁の布団で寝る毎日。それでも少しは暮らしが向上。第一次世界大戦時には男手が不足し、父親のような少年は大切にされた。 やがて兵役につく。帰ってくると、もう農場に戻る気はなくなった。工場で働く。たくさん働かされ、搾取はされているが、少しずつは暮らしがましになっていく。そして、独立し、小さな食料品店を夫婦で営むことに。横から横に流すだけで食べていける。こんなことでいいのか?と最初は疑問に思うほど楽に。だが、掛け売りをし始めて苦しくなり、店を手放す。次は、食料品店とカフェを経営。夫婦で切り盛りし、父親が死んでも暫くは母親が続ける・・・そんな話だった。 祖父は読み書きができない。暮らしにそんなものは不要。父親は読み書きができるが、勉強など必要がない、と考える。しかし、たまたま娘(作者)は勉強が出来る。密かなる誇り、表面的にはそうは言わないが。年を取り、生活に余裕ができると、父親もゆっくり新聞を読む毎日に。 著者と父親には溝がある。著者はブルジョア階層の男と結婚し、子を産む。父親と祖父にも溝があった。訳者はあとがきで、フランスは大変な階層社会だということを念頭に置いて読むのが重要だと書いている。 そういう、父と子の断絶というか、溝は多くの家族にありがちなこと。それをこの小説は客観的に、ある意味で淡々と書いている。でも、訳者は触れていないが、それは単なる階層とか、親子とか、そういった間に存在する溝ではなく、時代の溝でもある。字なんて読み書きできなくてもいい。そんなもの仕事の役に立たない、という考え自体は階層間や世代間のギャップだけではなく、時代のギャップでもある。昔はそう考える人が多かった。少しずつ、暮らしは良くなる、少しずつ、時代は前向きになる。そうあってほしいと思う。人は進化するのである。無理をする必要はないが、進化するのである。

Posted byブクログ

2024/03/07

アニー・エルノーは2022年のノーベル文学賞受賞者。授賞理由は「個人的な記憶のルーツや疎外感、集団的抑圧を明らかにする勇気と鋭さ」とされている。 エルノーはオートフィクション作家と呼ばれる。オート(自己)フィクション(作り話)とは矛盾しているようであるが、自己を投影させつつ、虚構...

アニー・エルノーは2022年のノーベル文学賞受賞者。授賞理由は「個人的な記憶のルーツや疎外感、集団的抑圧を明らかにする勇気と鋭さ」とされている。 エルノーはオートフィクション作家と呼ばれる。オート(自己)フィクション(作り話)とは矛盾しているようであるが、自己を投影させつつ、虚構を通して自身の経験をより象徴的な形で語る形式と捉えればよかろうか。 若干身構えつつ読み始めたが、驚くほど平易で、奇をてらうところもない。 教員免状を取り、”ブルジョア階級”に属すようになった「私」。小さな町でカフェ兼食料品店を営む両親。その間に一本の線を引いてゆくような作品である。 「私」が試験を終えてまもなく、父は亡くなる。葬式を終え、「私」は父を主人公にした小説を書こうとするが、劇的なこともないその人生は小説にはそぐわない。それで「私」は、父の人生を淡々と綴ることにする。 そっけないほど技巧を伴わず、近況を告げるかのように。 内容もさることながら、父の人生をそのような距離感で描くということそのものが、「創作的」だったと言えるのかもしれない。 父の父は農夫で文盲だった。父は農夫や工員を経て、自身の店を持つに至る。 取捨選択も哀歓もあり、ようやく手に入れた店は父にも母にも大切なもので、母は父の葬儀の日以外は店を開け続けた。 その父と母との間に生まれた「私」は、成績優秀で、自身の力で人生を切り開いていくことになる。両親が勝ち得た店につなぎとめられることもなく、知識階級へと上がっていくのだ。 両親はそれを喜びつつも、自分たちがいる場所を、娘は捨てて去ったのだということも知っている。 そして「私」は、今や、両親を見下していた人々が属している階級になったことを、ある種の痛みを伴って自覚している。とはいえ、両親がいた場所に戻りはしないし、また戻ることもできないのだ。 扉には、ジャン・ジュネの 「あえて説明してみようか。書くのは、裏切ってしまったときの最後の手段なのさ」 というひとことが掲げられている。 個人的な物語の体裁でありながら、多くの読者を得たということが、本作の普遍性を示していると言えるだろう。 時間をおいて読むとまた別の感慨が生じそうな作品である。

Posted byブクログ

2023/04/01

アニー・エルノーの本は、2冊目となるが、彼女の書く文章がやはりどこか好きである。 この一冊は、彼女の父が亡くなった出来事から始まり、彼が生きていた時代、つまり作者である彼女の幼い頃を小説を通して"書く"ことで、思い返す、そんな話である。 私が1番面白いと感...

アニー・エルノーの本は、2冊目となるが、彼女の書く文章がやはりどこか好きである。 この一冊は、彼女の父が亡くなった出来事から始まり、彼が生きていた時代、つまり作者である彼女の幼い頃を小説を通して"書く"ことで、思い返す、そんな話である。 私が1番面白いと感じた点は、過去の回想シーンと、彼女の書くという行為によって思い出される記憶と、時間が進むにつれて、これらが交錯していく点である。 また、物語全体を通して、階級の違いが描かれ、とても納得できる部分が多く、客観的に読むことができたように感じる。

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2022/12/04

フランスの階層をまたがった親子の話。まず、フランスが階層社会だということに驚いた。しかし、日本とは違い、文化や教養面で階層の差がつく。親のいる下の階層から勉学によって上の階層に上がった娘は、親(主に父親、下の階層の人々)との間にある時から溝を感じつつも、突き放すでもなく取り入るで...

フランスの階層をまたがった親子の話。まず、フランスが階層社会だということに驚いた。しかし、日本とは違い、文化や教養面で階層の差がつく。親のいる下の階層から勉学によって上の階層に上がった娘は、親(主に父親、下の階層の人々)との間にある時から溝を感じつつも、突き放すでもなく取り入るでもなく客観的に見ている。 自分も、子供の頃は親や先生が絶対的存在だったが、自分が大人になってみると、もっと広い視野を持ち、親世代、老人世代の考え方や行動に疑問を感じることが増えてくる。そういうことと似た側面がある。

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2022/12/28
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※このレビューにはネタバレを含みます

2022年 ノーベル文学賞受賞者アニーエルノーの1984年発行でルノードー賞受賞作。 シンプルな情熱は1991年発行。 物語は著者の父親の生涯を描いたようなもの。しかし、編年体で何をした何がおこったということよりも、フランス社会の階層、貧困、そのなかでの幸せ、人間関係、暮らしをその地域特有の問題としてではなく、人間の普遍的な問題として捉えている。そして著者であるエルノーは大学にすすみ、文学で大学に職を得ることで、父親との精神的距離が遠くなる。父の操る言葉は決して上流階級のそれでも、文学的レベルが高級なものでもないが、それがなんだというのだろうか。生活にねざした言葉であり、劣等感に起因するおかしな言い回しでさえ愛おしくなる。  著者は冷静に父をみながらも、父の視点でものを見ている。  このような視点の多重性がこの作品の良さなのかもしれない。 小品なので2時間もあれば読めてしまいます。

Posted byブクログ

2022/10/11

あえて説明してみようか。書くのは、裏切ってしまったときの最後の手段なのさ ジャン・ジュネ 11 父にロザリオを持たせ、両手を組み合わせた 38 彼は、怠け者でも、酒飲みでも、道楽者でもない、まじめな工員だった 141 自分が教養あるブルジョワたちの社会に入った時、その入口の...

あえて説明してみようか。書くのは、裏切ってしまったときの最後の手段なのさ ジャン・ジュネ 11 父にロザリオを持たせ、両手を組み合わせた 38 彼は、怠け者でも、酒飲みでも、道楽者でもない、まじめな工員だった 141 自分が教養あるブルジョワたちの社会に入った時、その入口の手前に置き去らなければならなかった遺産を、明らかにし終えた。 これが、この小説の一番大事な箇所かな。 --------------------------------------------------------------------- これ読んでると、 フランスの階級社会を、現実に生きてきた人の話、だということが分かる。 すぐに連想したのは、ピエール・ブルデューのこと。 彼は、フランス南西部のピレネーザトランティク県(べアルン地方)のダンガンで生まれた。 父は郵便局員だった。 エリート階級に生まれたフランスの一般的な知識人の出自とは、大きく異なっていて、彼はそのことを常に意識してたと思う。 この小説を書いた、アニー・エルノーのように。 ブルデューは、出身階層による大学進学率の格差を、社会階級ごとに不平等に配分されている文化的な財と能力を意味する「文化資本」の概念を導入することによって説明した。 --------------------------------------------------------------------- あとがき 154 フランス社会の階層構造 サルトルの言葉 「われわれ、フランスの作家は、世界中で最もブルジョワ的な作家なのである」 フランス文学は、知的に洗礼された都会の裕福な階級による、その階級のための、その階級の文学という色彩が伝統的に際立っている。ジャン・ジュネのような、特別枠に置かれた、例外的な作家はいるものの。 『場所』や『ある女』は、ブルジョワ文学とは異なる、もうひとつのフランス、である。

Posted byブクログ