ルドゥーからル・コルビュジエまで の商品レビュー
ルドゥーからル・コルビュジエまで―自律的建築の起源と展開 (和書)2011年02月03日 20:09 エミール カウフマン 中央公論美術出版 1992年12月 面白さが分からなかった。この辺りを勉強している人には、この本の成立経緯や文脈が理解できて面白い本なのかもね。
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読みながら取ったメモの転載。 *そもそも自律および自律的建築とは何か。 副題には<自律的建築の起源と展開>とあるから、その起源はルドゥーである。そして、それは何らかのかたちで展開し、コルビュジエに帰結するものである。 ちなみに、コルビュジエは最後の数ページでほんの少し触れられ...
読みながら取ったメモの転載。 *そもそも自律および自律的建築とは何か。 副題には<自律的建築の起源と展開>とあるから、その起源はルドゥーである。そして、それは何らかのかたちで展開し、コルビュジエに帰結するものである。 ちなみに、コルビュジエは最後の数ページでほんの少し触れられているだけである。このことを五十嵐太郎は「戦略的だ」と言った(『都市の書物/建築の書物』)。 *ルドゥーの活躍した時代=18世紀啓蒙主義の時代。 それ以降の19世紀の「不毛な新古典主義の時代」つまり「危機の時代」の始まりである。 1776年:アメリカ独立宣言 1789年:フランス革命 つまり、専制王政から民主化した時代となる。 *クロード・ニコラ・ルドゥー(1736−1806)とは ・バロック建築を引きずった建築家であり王立アカデミーの教育者として広範な影響力を持っていたブロンデルの弟子でありながら、最もブロンデルの影響を受けていない、とされる。つまり、古典古代から離脱する素養をはじめから持っていた。当時の建築学生のほとんどはローマ大賞を取りローマへの遊学を目指していたのに対しルドゥーはそのことに全く興味を示さなかったことからも裏付けられる。 ・宮廷建築家としてパリの入市税関のための門を数多く計画。実現したのはごく一部で、他は過剰に豪華な案が経済的に嫌われ、実現しなかった。 ・その立場からフランス革命時にはギロチン刑に掛けられかかる。 ・革命=民主化には基本的に肯定的ではなかったとされる。というのも、ルドゥーの建築には大量のお金が必要とされるため、何らかのパトロンの庇護が不可欠だったからだろう。そのため、革命後のナポレオン帝政を肯定したりもする。 *カントやルソーと同時代に生きた、ということがカウフマンのルドゥー解釈の肝である。 「カントは旧来の他律的な道徳に対し、自律的な倫理学を建立した。」 *つまり自律とは ?旧制度から離れること(<分離>すること) ?人権宣言等の革命のように、個人の権利が確立されること となる。 *これを建築的に換言すれば、 他律とは古典古代の建築から受け継がれたオーダーやシュムメトリアであり、 自律とは古典主義建築の最近であるバロック建築の放棄 となる。 *問題はバロック建築的な要素とは何か、ということになる。カウフマンによればバロックの何よりの特徴は、その連鎖体系と位階秩序である。つまり部分=下位、全体=上位のものとして考え、部分が全体の調和に従属している状態がひとまずバロック的な建築ということになる。これに対し、自律的建築は「戸建ての住宅が集まったような構成体系」によって作られる。要は部分は部分として全体を形作るのではなく、あるひとつの構成単位として独立することである。単位はただ集まるだけであり、全体に対する部分のように親密に繋がることはない。 *ここでひとつ、建築的に極めて大事な転倒が起こったように思う。 バロック建築において部分と全体の関係は緊密で親密ゆえ、部分の全体に対する重要性と責任は強い。一方で自律的建築は部分でも全体でもない、明確に独立した構成単位で作られる。その結果、何が自律的建築の全体像を作るのか、という問題が浮上する。前者においてはオーダーやシュムメトリアなどが、部分が従属する全体としてきわめて具体的に思考され模倣されたが、それを放棄した自律的建築は具体的な全体像をイチから創らなければならなくなったと言える。それが「建築」という大文字の概念ではないか?同時代のロジエが「原子の小屋」の夢想(『建築試論』)をしたことは、この問題と起源を共有している。古典古代から離れた抽象的な建築の原型を求めることは「建築とは何か」と問うことであり、具体物として建築のモデルを思考できなくなったことを示している。 *この時点で建築は近代化したのである。近代とは人が村的共同体からはなれ「個人」として自律し、「公共」や「社会」といった抽象的な概念によって他者との関係を築き上げていくプロセスだからだ。 *「建築」がオーダーやそれに基づく古典主義建築のもとから浮遊し、自律した抽象的概念となったことが未来主義・バウハウス・五原則など近代建築の多種多様なマニフェスト、「われこそ建築」的状況を生んだ。それはまた、建築家が「個人」として作家性を持ち、自律しているからでもある。 * * * ルドゥーによる「ショーの工場」案はパノプティコンに見えはしないだろうか。
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