「まじめ」の崩壊 の商品レビュー
1997年に若者が変わったんだと言いたいだけの本。その原因は巧妙に避けているが、高度成長期が終わって社会が変化したのにつれて若者の思考も変わった事が努力が足りないとし、もっと真面目に働けば不況も乗り越えられたのにと個人が原因としている。発行された1991年はバブルが弾けた頃で、そ...
1997年に若者が変わったんだと言いたいだけの本。その原因は巧妙に避けているが、高度成長期が終わって社会が変化したのにつれて若者の思考も変わった事が努力が足りないとし、もっと真面目に働けば不況も乗り越えられたのにと個人が原因としている。発行された1991年はバブルが弾けた頃で、その時期にこの話題を持ち出す事は、バブル後の不況も頑張りで乗り切れるはずだという若者根性不足論につながっているのだが、もちろんバブルを扇動し弾けさせたのは著者の年代が中心となっていて、そういう意味では敗戦処理を若者に押しつける極めて無責任な世代と言えよう
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20年も前に買った本。本棚の隅から見つけて何となく気になって読んでみた。20年前はバブル最盛期の日本。「まじめ」さ勤勉さ、努力、そしてコミュニティとしての人々のつながりが希薄になっていくターニングポイントはまさにこの頃だったと自らの実体験からも実感する。 目的合理的な行動が受け入...
20年も前に買った本。本棚の隅から見つけて何となく気になって読んでみた。20年前はバブル最盛期の日本。「まじめ」さ勤勉さ、努力、そしてコミュニティとしての人々のつながりが希薄になっていくターニングポイントはまさにこの頃だったと自らの実体験からも実感する。 目的合理的な行動が受け入れられた時代、勤勉や努力が評価された。この時期を境に評価軸が変化し、目的合理的でない行動がもてはやされるようになった。特に深い意味なくその場のウケを重視したり、単なる差別化だけを目的とした行動、ノリ。 当時の我々20代の若者の間でその雰囲気があったように思う。そしてそのことになんとなく違和感を感じつつも、やはり雰囲気に飲み込まれるように同じような価値観を持っていたのは、自分だけではないのではないか。 この傾向は現在まで続いているだろう。まだ目的合理的な行動が重視される新興国の人々に接すると感じる熱気、真剣さと、帰国後にすぐに日本社会から感じる雰囲気の落差は、このあたりが原因かとも思った。
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