ぼくのじしんえにっき の商品レビュー
小学生のとき、学校の図書室にありました。私は「自信絵日記」だと思って借りたら、開いてみると「地震絵日記」で驚きました。地震が起こった時、どうすればいいのか、どうなるのかが書いてあり、子ども心に真剣に読んだ思い出があります。
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フィクションでしょうが、子供の目線で大地震が起きたときの周りの状況、治安や衛生環境、人々の精神状態、生活の変化が短期間記されています。 この本が書かれたのは1989年。その後、私たちは阪神・淡路大震災や中越地震、何より1000年に一度とも言われる東日本大震災を経験しました。 現実...
フィクションでしょうが、子供の目線で大地震が起きたときの周りの状況、治安や衛生環境、人々の精神状態、生活の変化が短期間記されています。 この本が書かれたのは1989年。その後、私たちは阪神・淡路大震災や中越地震、何より1000年に一度とも言われる東日本大震災を経験しました。 現実通りなところ、実際とは違ったところ、どんな危険があるか、どう行動すべきで、どんな対策があり得るか、色々考えました。 地球の日本に住む以上、地震の備えは必ずしておかねばなりません。今、その意識が高まっていますが人間は忘れる生き物なのも確かです。
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思いがけず小学校2年生の時に出会った絵本に再会。 古書マスク堂さんで。 「あれ?」と思い、手に取った瞬間、浮かんできたのは肺炎で2週間程、入院していた弘前病院の図書室の風景。そう、あれは小学2年生。1996年のことだった。 でも、後でふっと、もしかしたら、学校の図書室だったかもし...
思いがけず小学校2年生の時に出会った絵本に再会。 古書マスク堂さんで。 「あれ?」と思い、手に取った瞬間、浮かんできたのは肺炎で2週間程、入院していた弘前病院の図書室の風景。そう、あれは小学2年生。1996年のことだった。 でも、後でふっと、もしかしたら、学校の図書室だったかもしれないと、記憶のあやふやさで、もやもやする。図書室の床に座って読んだ覚えもあるから。白いタイルで、床に黒いボツボツの模様、座るとひんやりと冷たかった、あの図書室のタイル。(あの図書室には、8歳〜12歳までの、幼くもほろ苦い、愛に満ちた?笑、思い出がたくさん詰まっている) 両方だったのかもしれない。でも最初に浮かんだのは、病院のあの風景。あやふやな、あの風景。 でも、小学2年生だった。3年生ではなく、2年生だったと、それだけは揺るがない。阪神大震災が起こったのは、小学校1年生。それから数ヶ月後(?)、ぽきっと折れた黄色い建物、その装丁が、当時のわたしを捉えて放さなかった。分からないのだけど、その理由は。でも今は、もしかしたら阪神大震災と重ねていたのかもしれないと、ほんの少し思った。わかんないけど。(出版年は1989年だから、そこにはズレがあるのだけど、今思えば、その予知性も気になるけど、そんなん後からは何とでも言えるもんだからなあ・・・) 16年ぶりに読み返してみると、この絵本には人間の狂気や儚さや、淋しさや、夢や、愛情が、たくさん詰まっていて、この絵本が私の中に生きていたことが嬉しくて、懐かしさで、じわっとなって、次の瞬間には、そわそわと落ち着かない気持ちになってしまった。
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子供心に凄く怖かった。嫁姑の不和も現実的なレベルで怖いし、感染病も、もう何もかも怖かった。 むしろなぜあれを小学生にすすめたのか、SFだけど【地震が起こるかも=想定内(震度の話じゃないよ)】の日本に暮らしているのに、と是非教職員に問いたいもんだ。 と、思うくらい【怖い】絵本。 そ...
子供心に凄く怖かった。嫁姑の不和も現実的なレベルで怖いし、感染病も、もう何もかも怖かった。 むしろなぜあれを小学生にすすめたのか、SFだけど【地震が起こるかも=想定内(震度の話じゃないよ)】の日本に暮らしているのに、と是非教職員に問いたいもんだ。 と、思うくらい【怖い】絵本。 そして今、また読んで【怖い思いを活かしたい】絵本。
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図書室で衝撃的な本を見つけてしまいました。『ぼくのじしんえにっき』(八起正道著,岩崎書店,1989年)というSF童話です。 この本が出版されたのは1989年。阪神淡路大震災が1995年ですから,「いずれ日本のどこかで起こるであろう巨大地震」を想像で描いていて,その意味でSF...
図書室で衝撃的な本を見つけてしまいました。『ぼくのじしんえにっき』(八起正道著,岩崎書店,1989年)というSF童話です。 この本が出版されたのは1989年。阪神淡路大震災が1995年ですから,「いずれ日本のどこかで起こるであろう巨大地震」を想像で描いていて,その意味でSFに分類されていますが,今から見れば内容はSFなどではなくてまさに現実です。 主人公は小学生の少年・和之で,彼の日記という形で物語が進んでいきます。小学生の書く文章なので若干言葉足らずで,それが逆に淡々とした印象を受け,かえって彼の見たものの恐ろしさを際立たせます。地震が起こった7月25日の記述を読むと,避難中に起こった出来事として,「やっとかいだんにでたら,だれかがたおれて,その上にみんながたおれて,和子ちゃんと,みーちゃんが下じきになって,うごかなくなった。」と書かれていて,この件についてはこれ以上何も言及していません。「うごかなくなった」だけ。迎えに来た2人の母親を「かわいそかった」と後で書いているだけです。最後までこの調子で和之の独白が続いていきます。 和之が見た地震後の街の様子は,断水,食糧不足,帰宅難民(和之のパパは東京の勤め先から帰れなくなり,地震の3日後に血だらけになりながら徒歩で帰ってきます)等々厳しいもので,そこから暴動,強盗,水をめぐるパニックなどが次々に起こります。そんな中で活躍するのが和之のおばあちゃんで,地震前から缶詰を集めておいたり,風呂を毎日洗って新しい水に張り替えたりしていたおかげで一家はなんとか生き延びます。 地震後の大人たちの様子を見ながら,和之少年が純真な心でたくましく生きていく話……と早合点して読んでいたら,中盤から趣が変わってきます。狂犬病にかかったと思われる野良犬に噛まれた飼猫・大五郎の姿が見えなくなり,和之は初めて「死」を身近に感じ取ります。数日後,おさななじみのとしこちゃんがカンパンの配給に現れず,心配になった和之は様子を見に行こうとしますが,途中の道が有刺鉄線で封鎖され,自衛隊員とおぼしき「ぼうどくマスクをつけたへいたいさん」に「『でんせん病がでたから,はいっちゃいけないよ』」と言われます。それでもカンパンと水を届けに,目を盗んでとしこちゃんの家まで行くと,「おばさんが,おくからハイハイしてでてきて,『和ちゃん,もう,きちゃだめよ』といった」。 翌日,「なんか,とてもつかれた」。その翌日,「ねつがでた」。続けざまに,「気がつくと,テントの病院にいた」。「となりのベッドの子がいなくなった」。そしてついに,「ゆめをみた。川があった」ときて,読みながらハラハラします。 結局,地震がどうこうという話ではなくて,「死ぬとはどういうことなのか?」というのがテーマであるように感じました。子ども向けの童話としては重いテーマだと思いますが,途中でおばあちゃんの「死」に対する考え方が語られたりして,手加減なく書いているところがすごいと思います。 街が復興の兆しを見せ始めた8月31日の記述が最後ですが,「テレビで『あと六十年は,じしんのしんぱいはありません』っていっていた」ことに対し,和之は「ぼくがおじいさんになるころ,またじしんがくるんだ。そのときは,ぼくがおふろを毎日そうじして,水をいっぱいためて,かんづめをかっとくんだ」と書いていて,ここに大きく心を揺さぶられました。おばあちゃんはこの日の前にすでに天に召されていますが,その遺志を和之が継いだというか,おばあちゃんの命が和之に引き継がれたというか,なんかそういう感じがしました。おばあちゃんが和之の母に疎まれながらもその備えをしていたのも,もしかすると自分自身の子供時代の経験や自分の祖父母の教えだったのかもしれないと想像でき,何か連綿と受け継がれてきたものが次世代に無事に引き継がれたという感じがして,そこに感動したのかもしれません。 地震が来た→怖かった→生活が元通りになってめでたしめでたし,ではなくて,いずれまた来るであろう大地震に備えてこれを克服しようと決意する終わり方で,途中ひどいことがたくさん起こっているにも関わらずさわやかな印象を与える物語でした。古い本なので入手困難かもしれませんが,どこかで見かけたら読んでみてください。
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地震がおきたときの話を、子どもの視点でかいとる話。 SFっぽか感覚で読んだんやけど、今よみかえしたら怖かとかもしれんなぁー
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