商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 柏書房 |
| 発売年月日 | 2025/07/28 |
| JAN | 9784760156368 |
- 書籍
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をとめよ 素晴らしき人生を得よ
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をとめよ 素晴らしき人生を得よ
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商品レビュー
4.5
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2026年の紙書籍一冊目。 お前はどんな覚悟で、短歌を読んで論じてゆくの?と、ガンと殴られたような衝撃を受けた。『女人短歌』という発表の場に集った歌人たちの列伝である。 もともと、卒業研究で山川登美子という明星派の歌人を論じたことから、この本に興味を持った。どの文学者も必ず、...
2026年の紙書籍一冊目。 お前はどんな覚悟で、短歌を読んで論じてゆくの?と、ガンと殴られたような衝撃を受けた。『女人短歌』という発表の場に集った歌人たちの列伝である。 もともと、卒業研究で山川登美子という明星派の歌人を論じたことから、この本に興味を持った。どの文学者も必ず、誰かに影響され、自らも影響を与えている。では、登美子は、それ以降のどんな歌人とつながっているのか? そんな疑問を持って、他の歌人のことも知りたくて読んでみた。 そこにあったのは、生々しい肉声と、うーん。戦いだと言うと安っぽくなるな。場の獲得に、本気になった女たちの、行動の記録。 短歌というものは、やはり詠みたいと思う衝動、作者の内面と不可分で、詠んだ彼女たちの人生や本音と深くつながる。そこに、ただ言いっぱなしではなく、「作品」として成立させるための技術や才能、文学作品ならではのフィクションも加味されたり、があると思う。 どうしても短く凝縮した詩型だから、その分濃く、歌人の人生が透けて見える。 それが魅力でもあるのに、永く彼女たちは、作品より、女であること、各個人の人生のゆくたてにばかり目を注がれ、性別にこだわらず、「短歌」というものを目指す全員で詠みたいのに、結社文化の中でくるしい思いをしてきた。そこから、「女人短歌」を立ち上げ、磨いていった記録が、本書には綴られている。 別に彼女たちは、男性を攻撃したいわけではない。共に「女」ではなく、「短歌を読む人間」として活動したかっただけ。でも、それがなかなか叶わない。本当は文学なんて、誰にでもひらかれているものなのだけれど。 場から弾き出されてしまったり、自由に詠めないなら、自分たちで場を作ってしまおう!という彼女たちのエネルギーは爽快であり、そのエネルギー源が悲しみであることが多いのは、するどい痛みを感じる。 ところで、「女流歌人」「女流作家」という言い方は、いけないのだろうか。昨今は、そう言わなくなった事が多い。女性であることがどうかしたのか?こだわる必要はない、という考え方である。 これ自体は、女性が詠もうが書こうが、作品は作品であって、いいものはいいから、自然なことである。 一方、「女人短歌」の人々は、女流歌人と名乗ってもいたようだ。「女流」とつけたら悪いのか。私は、そうは思っていない。 やはり、女歌、女の物語というものはあって、それは、カテゴリーとか、別枠の、なんだか変なものとして眺められるものでなく、一つの個性として、存在すると思うのだ。そのうえで、男性が読んでも、女性が読んでも、響くものだけが文学作品として残って行くと思う。 男性文学という言葉はないけれど(あったら私の不勉強である)それもやはり、男性の視点が視た世界、解釈の個性というものは、存在するはずだ。そして、それもまた、女性が読んでも響くものだけが残っていくだろう。 おまえは女だから(男だから)こういうものを書け、読め、と言われるのが問題であって。誰もが題材や感性についてあれこれ言われる必要はない。 何人も自由に語っていいのだ。 あえて言う。私は女流の作品を愛しているし、これからも論じていきたい。おそらくライフワークにしたかったのは、そこだ。 同様に、男性の作った文学世界も、同様に愛し読んでいき、論じたい。 読む時、書く時、心うごいた時。その熱量だけが全てのはずだ。 結句、それぞれの個性がきらめくものだけが残り、それは誰が読んでも打ちのめされたり、胸の芯が熱くなったり、楽しかったり、愛おしかったり、忘れていた涙を連れてくる。 そこに垣根はない。 女流と書こうとして、論文の中で、時代に逆行するのではと、何度も手を止めた。そしてそのことに、それで正しいのだが、若干の違和感も覚えた。 その違和感の正体の端っこを、この本に見つけてもらったような気がする。誰もが表現できる世だからこそ。この本の颯爽とした空気を、多くの方に感じて頂きたい。 フェミニスティックな読み方だけで終わってしまうのは、本当にもったいない一冊だ。 現代のをとめよ。をのこよ。ここに燃える思いがある。 彼女たちの声を聞くことは、私たち全員が言挙げする自由を持っていると知ることだ。誰かを傷つけるのではなく、包み込むような読みを、つなげていこう。 そして、どうせなら、きらめくような言葉を、私たちも綴っていこう。 巻末の参考文献リストも非常に詳細で行き届いており、近代短歌を学ぶひとには良い一冊である。読みやすいエッセイ形式なので、ご興味があればぜひ一読を。 私は、家で半分読み、図書館で半分読んで返し、自分用に購入を決めたところである。
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大晦日の夜に今年227冊目を読了。 「女人短歌のレジスタンス」という副題がついている。近代短歌は男性中心の世界だったそうで、それに抗った歌人たちが登場している。先日読み終えた中城ふみ子についても中井英夫とのことがいろいろ書かれていて、お互いのラブレターが掲載されていた。しかし中井...
大晦日の夜に今年227冊目を読了。 「女人短歌のレジスタンス」という副題がついている。近代短歌は男性中心の世界だったそうで、それに抗った歌人たちが登場している。先日読み終えた中城ふみ子についても中井英夫とのことがいろいろ書かれていて、お互いのラブレターが掲載されていた。しかし中井英夫は同性愛者だったようだが、同じ同性愛者の折口信夫(釈迢空)も登場する。彼に心を捧げた穂積生萩という歌人がぶっ飛んでいて、折口信夫への心酔の仕方が人並みではない。無茶苦茶面白い。 もとの身は雨乞いシャーマン・アマタラス死して慈雨ありぬ やるやおまへんか/穂積生萩 この歌は昭和天皇崩御の日に雨が降ったことを詠んだ歌らしい。ほんまやるやおまへんか。
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