商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 国書刊行会 |
| 発売年月日 | 2023/12/22 |
| JAN | 9784336075086 |
- 書籍
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乙女のための 源氏物語(下)
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乙女のための 源氏物語(下)
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商品レビュー
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古典文学の魅力を現代に伝えるこの作品は、終戦直後の鎌倉を舞台に、祖母が孫娘たちに『源氏物語』を語るというユニークな形式で進行します。吉屋信子の手によるこの現代語訳は、物語のエッセンスを凝縮し、わかりやすくまとめられており、読者は光源氏と女性たちの心情に寄り添いながら、彼らの華やかな日々を楽しむことができます。文章は品があり、心地よい言葉遣いが特徴で、古典に初めて触れる人にも親しみやすい内容となっています。特に、宇治十帖の部分では語り手が孫に移り、世代を超えた物語の継承が感じられ、古典文学の新たな魅力を発見できるでしょう。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
戦後間もない鎌倉を舞台に 空襲を逃れて家を守った祖母が、娘や孫たちに『源氏物語』を語り聞かせる。吉屋信子『乙女のための源氏物語』は、昭和26年から29年まで『婦人倶楽部』に連載された『源氏物語―わが祖母の教え給し』をもとにした作品なのです。 作中で祖母は、江戸時代の代表的な注釈...
戦後間もない鎌倉を舞台に 空襲を逃れて家を守った祖母が、娘や孫たちに『源氏物語』を語り聞かせる。吉屋信子『乙女のための源氏物語』は、昭和26年から29年まで『婦人倶楽部』に連載された『源氏物語―わが祖母の教え給し』をもとにした作品なのです。 作中で祖母は、江戸時代の代表的な注釈書である『湖月抄』を手に取りながら『源氏物語』を語ります。 『源氏物語』の近代語訳といえば、まず思い浮かぶのが与謝野晶子、続いて谷崎潤一郎訳。 晶子訳や谷崎訳にも親しんでいたであろうことは想像に難くないですね。 しかし本作は現代語訳というより、祖母から娘や孫へと古典が語りつぐ、いわば、おばあちゃまによるオーディブル版『源氏物語』。 聴き手として娘や孫、社会人女性たちを配し、それぞれの世代に通じる物語として『源氏物語』が語られていきます。 濃厚な内容を持ちながら端的にまとめ上げられており、現代語訳と意訳の長所を合わせて持っていると思います。 政治的な背景や宮廷社会の細かな駆け引きはやや簡略化されている印象を受けます。しかしその一方で、光源氏を取り巻く女性たちの心情に寄り添っており、その描写は他の源氏物語関連作品以上に丁寧に感じられました。 何か連載上の事情があったのか、あるいは他作品の執筆との兼ね合いだったのか、下巻では二帖をまとめて扱う箇所が増えます。さらに宇治十帖は、おばあちゃまの手を離れ、孫が語り手となる総集編のような形で締めくくられます。 解説を担当しているのは、吉屋信子の熱心な愛読者でもあった田辺聖子さん。「明快さと気品の現代語訳」として本作を高く評価しています。 その田辺さんは吉屋信子を「ロマンを歌い上げたソプラノ作家」と評しています。 この表現に私はとても共感します。実は私も、作家ごとの文章に音階のようなものを感じることがあります。田辺聖子さんや柚木麻子さんの文章は、まさにソプラノ。時には高音が響きすぎて少々圧倒されることもあります。 吉屋信子さんもまた、その系譜に連なる作家なのかもしれません。
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時間かかりましたが読了しました上下巻。 若い頃にも一度読んでいたので、あまり捗らなかったのかな…。 源氏物語というと少し堅苦しく感じるかもしれませんが、これは吉屋信子の美文でありながらリズミカルで読みやすい文章で、 知性と教養があるおばあさまが、年頃の孫娘たちと近所の親切な女性...
時間かかりましたが読了しました上下巻。 若い頃にも一度読んでいたので、あまり捗らなかったのかな…。 源氏物語というと少し堅苦しく感じるかもしれませんが、これは吉屋信子の美文でありながらリズミカルで読みやすい文章で、 知性と教養があるおばあさまが、年頃の孫娘たちと近所の親切な女性実業家を生徒に、源氏物語を噛み砕いて語り聞かせる形式なので、一緒にその話を聞く気持ちで楽しめます。 終戦直後の鎌倉を舞台に、その一家の物語も動いてゆくので、吉屋信子の小説、としてやはりとても面白い。 しかし光源氏をはじめ、平安貴族の男共を何回後ろから思い切りハリセンで叩きたくなったかわからない(扇子など生ぬるいわ!) 下半身の欲求を愛だのもののあはれだので美しく言い訳してんじゃねーよどんだけ女が不幸になっていると…! これを女性作家が書いたんだからな~~、と思ってしまいますが、女性だからこそ、愛するただ一人の人が自分だけの人にならない苦しさを描き、 そして紫の上が、兄とも父とも思い慕っていた光源氏に処女を捧げさせられた時のショックも書けたのでしょうね。作中でもそう話されてますが…。昔、漫画のあさきゆめみしでその場面見た時は私も「え、これ書いちゃうんだ」とびっくりしたなぁ。 男女の営みの何たるかを知らない乙女に、何の準備も承諾もなくいきなりやっちゃうのはだめだ。イケメンで身分高い金持ちだからって赦されねぇぞ(時代のお陰で赦されたけど) 下巻は、一家が引っ越し間際だったからか尺が足りなくなってきたからか()駆け足で進められた印象でしたが、宇治十帖のラストも清々しくて私は好きなので(あさきゆめみしでしか読んだことないけど)そこも深く掘り下げて欲しかったなぁ。
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『乙女のための源氏物語(上)』より続く 吉屋信子による源氏物語後半。老女、楓刀自が孫娘3人や実業家の中年女性を生徒役として、源氏物語を要約して語り聞かせる形式である。 一時は政敵に虐げられていた源氏は政治の中枢に返り咲いた。 須磨・明石下向の際に出会った明石の上との間には一女...
『乙女のための源氏物語(上)』より続く 吉屋信子による源氏物語後半。老女、楓刀自が孫娘3人や実業家の中年女性を生徒役として、源氏物語を要約して語り聞かせる形式である。 一時は政敵に虐げられていた源氏は政治の中枢に返り咲いた。 須磨・明石下向の際に出会った明石の上との間には一女が生まれていた。逡巡する明石の上を京に呼び寄せ、その娘を最愛の紫の上の養女として迎え、立派な貴婦人に育て上げる。そしてゆくゆくは入内させようという心づもり。 その傍ら、いままで関係した女性たち、特に寄る辺のない人たちを邸に住まわせ、暮らし向きの面倒を見る。この辺りは懐の深いところである。 後半の1つの大きなストーリーラインは「玉鬘」に関わるものだろう。 玉鬘は、以前関係した夕顔の君の忘れ形見である。父親は源氏の友人のかつての頭中将(この時点では内大臣)。ふとしたことからその娘を見つけ出し、養女格とするのだが、何しろ色好みの源氏、玉鬘の中に、どことなくかつての恋人の面影を見てしまう。 一方では玉鬘に求愛に来る貴公子たちを煽るような真似をし、もう一方では自ら玉鬘に密かに恋を仕掛けようとする。 さて、困った玉鬘はどのようにこのややこしい境遇から抜け出るのだろうか。 もう1つ、大きな出来事は女三の宮に関わるもの。 女三の宮は源氏の兄君、朱雀院の愛娘である。院はことのほかこの宮を愛し、誰か頼りになる人と娶わせたいと考えている。源氏の息子、夕霧はどうかと考えていたが、折しも夕霧は長年の恋を実らせたばかり。ここで源氏は、自ら、降嫁を願い出てしまう。最愛の紫の上がどれほど傷つくか、思い至らないわけではないのに。 結果的に、この降嫁は源氏の後半生に大きな影を落とすことになる。引き取った女三の宮は幼く頼りなく、むしろ紫の上の素晴らしさが引き立つばかり。とはいえ、立場上、女三の宮を大切にしないわけにはいかない。だが源氏は女三の宮を本当に愛することができなかった。その隙間に災厄が忍び込む。それは源氏のかつての秘めた過ちを彷彿とさせるものだった。 かくして源氏の晩年は苦く重いものとなっていく。 楓刀自の(そして吉屋の)語りは、比較的メインストーリーを追っている。それは、この長大な物語をわかりやすくするのに一役買っている。 そうした中で浮き上がってくるのは、貴婦人たちの生きづらさである。 本作中では、少しだけしか触れられていないが、好意的に評されているのが朝顔の君である。源氏が若いころからずっと思いをかけ続けていたものの、ついに身を許さなかった女性。その毅然とした姿は昭和の乙女たちにも美しく映る。 だが、そうして生きられる貴婦人ばかりではない。 源氏に降嫁した女三の宮しかり。その姉で、夫・柏木に先立たれ、夫の友人であった夕霧に言い寄られることになる女二の宮(落葉の宮)しかり。また、源氏の数ある思い人のうち、末摘花や花散里は、宮家の生まれであったり、姉が女御であったり、身分は高いのだが、だからといって安定した生活が約束されるわけではない。有力な男性親族がいなければ、生活は立ち行かないのだ。誰かしらの庇護なしには生きていけない。それはどれほど寄る辺なく、つらいものだっただろう。 源氏はそうした貴婦人たちにも手を差し伸べる、ある意味、救世主的な役割も果たす。けれども現実には、没落し、ままならぬ思いを抱え、経済的にも困窮した女たちは数多くいたことだろう。彼女らもまた源氏物語に触れることはあっただろうか。そしてどのような感想を抱いたものか。 吉屋の筆は後半は駆け足である。「松風」から「まぼろし」までの24帖は楓刀自の講義形式だが、1章に複数の帖を含むものも多い。源氏亡き後の世界を描く、「匂宮」以降の3帖と宇治十帖は孫娘・容子がまとめたノート形式となっている。 高倉家の両親は無事、外地から帰還したものの、父母はほとんど顔を出さず、講義に参加するのはもっぱら3人の孫と実業家夫人である。女君たちもとりどりだが、生徒役の感想もさまざまで、読者それぞれにどこかしら共感のポイントがあるだろう。そのあたりも吉屋版の特長といえようか。 下巻の解説は田辺聖子。田辺はこの国書刊行会版出版の際には亡くなっているので、過去のものの再録である。田辺が吉屋を高く評価していたことがわかり、なかなか興味深い。
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