商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2023/08/12 |
| JAN | 9784001146288 |
- 書籍
- 児童書
ぼくが子どもだったころ
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ぼくが子どもだったころ
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商品レビュー
4.4
11件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
p.91 記憶は頭の中だけに関係している。~ いい記憶も悪い記憶も、頭の中にあるのだ。 頭の中には、ぼくたちが学んだことをすべて入れておくひきだしがある。 ~ 思い出は、ひきだしの中には入っていない。思い出はぼくたちの真ん中に宿っている。たいていはうつらうつらしているが、生きているし、息だってしている。そして、たまに目をあける。 生きていて、息をして、まどろんでいる。手のひらに、足の裏に、鼻に、心臓に、そしてズボンのおしりにだって。ぼくたちがかつて経験したことは、何年も何十年もたってから、突然もどってきて、ぼくたちの目をのぞきこむ。すると、ぼくたちは感じるのだ。そうだ、思い出はなくなってしまったんじゃないんだ、ただ眠りこんでいただけなんだって。 p.228 ルートヴィヒ・リヒターは今も愛され、称賛されている。グスタフ・ニーリツを知っている人はもういない。時は残るべきもの、いつまでもあるべきものを選り分ける。そして、時の選択はたいてい正しい。 p.280 お母さんが下り坂でコースターブレーキをいつも忘れてしまったことについて。 さいわい、ぼくはプロの深層心理学者ではないので、現実の背後にひそむ意味を読み解くこうした論文や解釈は、書かずにすませることができる。ぼくにとっては、人間を描写することのほうが人間を解説するよりもおもしろい。描写すれば、じゅうぶん解説したことになるし。でも、今ぼくがおもしろ半分に書いた一文は、真実のひらめきをふくんでいるんじゃないだろうか。そうだとしても、ぼくは驚かない。
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原著刊行年は1957年、ケストナーは58歳。15歳までの自伝。子どもに向けて語るように語る。しかし、ちょっと饒舌過ぎないか。 全16章。4章までは、長いファミリー・ヒストリー。ドイツという国が歴史的にどういう国だったのかもわかる。5章からが自分のこと。16章、1914年、第一次世...
原著刊行年は1957年、ケストナーは58歳。15歳までの自伝。子どもに向けて語るように語る。しかし、ちょっと饒舌過ぎないか。 全16章。4章までは、長いファミリー・ヒストリー。ドイツという国が歴史的にどういう国だったのかもわかる。5章からが自分のこと。16章、1914年、第一次世界大戦の直前で終わる。 生まれ育ったドレスデン、当時人口は65万。その当時の喧騒、ケストナー少年が聞いていた喧騒も聞こえてくる。この大都市が未来に無差別爆撃で灰燼と化すことは、ケストナー少年の知らない話。 ホルスト・レムケの挿絵(60枚)がいい。これがなかったら、まったく別の雰囲気の自伝になっていたかもしれない。 (p.s. 母親はイーダ。父親はエミール、陰で噂の実父もエミール。よくある名前ではあるが、どこかで頻繁に目にしたような。)
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内容 ケストナーの子ども時代の自伝。 感想 ケストナーのファンでなければ手に取らないかもしれない書だが、ユーモアに溢れていて洒脱で、胸に迫る描写もあり、「上手い文章」というものを堪能できる。翻訳も良いのだと思う。とくに先生やおじさんなど、登場する大人を皮肉たっぷりに描いているとこ...
内容 ケストナーの子ども時代の自伝。 感想 ケストナーのファンでなければ手に取らないかもしれない書だが、ユーモアに溢れていて洒脱で、胸に迫る描写もあり、「上手い文章」というものを堪能できる。翻訳も良いのだと思う。とくに先生やおじさんなど、登場する大人を皮肉たっぷりに描いているところ、また、母との幾分強すぎて危うくさえある絆が印象に残る。
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