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人びとのなかの冷戦世界 想像が現実となるとき
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人びとのなかの冷戦世界 想像が現実となるとき

益田肇(著者)

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人びとのなかの冷戦世界 想像が現実となるとき

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店
発売年月日 2021/04/20
JAN 9784000245432

人びとのなかの冷戦世界

¥5,500

商品レビュー

3.8

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みんなの感想まとめ
  • 冷戦人々の日常
  • 社会的影響力
  • 歴史的背景分析
  • 認識と行動の連鎖
  • 政治と想像の交差点
  • 無名の人々の物語
  • 分断と共感の考察
  • 朝鮮戦争の影響
  • 冷戦の人間ドラマ
  • 現代社会への警鐘

冷戦の実態を、名もなき人々の日常や社会的な動きから読み解く視点が特徴的な作品で、冷戦を単なる大国間の対立としてではなく、各国の人々の認識や行動がどのように影響し合って形成されたのかを探求しています。特に朝鮮戦争を中心に、各国の指導層や社会の反応が描かれ、米国の赤狩りや日本のGHQ改革など、地域ごとの歴史的背景とその影響が詳細に分析されています。著者は、冷戦という物語が権力者によって作られたのではなく、地域社会の混乱がその支持を得る要因となったと主張し、歴史的事象の責任を「誰にもない」としつつも、読者に考える力を促します。冷戦の裏に潜む人間ドラマや社会の動きを浮き彫りにしながら、現代にも通じる分断の問題を考察する一冊です。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/03/08

世評が高いので、図書館で借りて読んだ。 たしかにリーダブルで、ぐいぐい読ませる著者の筆力は見事で、元新聞社勤務のジャーナリストであったというのは、なるほどと頷ける。 ざっくり要約すると、この本は、「冷たい戦争a cold war」と呼ばれていた現象を「冷戦The Cold War...

世評が高いので、図書館で借りて読んだ。 たしかにリーダブルで、ぐいぐい読ませる著者の筆力は見事で、元新聞社勤務のジャーナリストであったというのは、なるほどと頷ける。 ざっくり要約すると、この本は、「冷たい戦争a cold war」と呼ばれていた現象を「冷戦The Cold War」と大文字で表記される「現実」にしたのは誰(何)か、という問いに、社会構築主義的な観点から迫ったものである。著者は、冷戦という物語は時の権力者によって作られたのではなく、経済下部構造のような構造的作用によるのでもなく、それぞれの地域社会における「社会戦争」と呼ぶべき混乱と無秩序に調和をもたらすのに効率的に役立ったから「社会」がその物語を支持したのだ、という。 著者による解題で、最後に著者自身が述べているが、このアプローチは、歴史的事象の責任は「誰にもない」と同時に「みんなにある」とも言える結論に至る。 率直に言って、このような結論は、結局何も言っていないということに、限りなく近くなる。 その一方で、これも著者が言っていることだが、読む者一人ひとりに自ら考えることを促すという力も持っている。 その意味では読む価値がある。 しかし、歴史家という者は、自らのパースペクティブを持ち、歴史的事象の「解釈」を作り出す上でより大きな力を持ったものと、力を持たず力あるものの解釈をただ受け取るだけに留まったものとのダイナミズムも描き出すべきではないのか。歴史を動かした力の一部を「社会戦争」というキーワードで語ったこの本は、魅力的な読み物になっていると同時に、歴史的事象の責任を無化してしまう(誰の責任でもない、みんなの責任だ)という意味で、読む者を無気力化、あるいは免責して行動への意志を奪うというリスクも孕んでいる。

Posted by ブクログ

2026/03/07

冷戦とはいったい何だったのか?1950年の朝鮮戦争勃発は第2次大戦が終わった直後だったが、第3次大戦への危機感が世界中で高まった大きな契機だったようだ。1960年の6月25日に平穏な生活をしていたソウル金聖七氏に突然、戦争の影響が出てくる…。その生々しい記録が逆に怖い。米国のマッ...

冷戦とはいったい何だったのか?1950年の朝鮮戦争勃発は第2次大戦が終わった直後だったが、第3次大戦への危機感が世界中で高まった大きな契機だったようだ。1960年の6月25日に平穏な生活をしていたソウル金聖七氏に突然、戦争の影響が出てくる…。その生々しい記録が逆に怖い。米国のマッカーシー旋風による赤狩り、それは日本においてもマッカーサーのGHQ戦略の変更という大きな影響があったという。朝鮮戦争は実際にはクレムリンの指示により動いたわけではなく、金日成の独自の行動論理から、そして中国義勇軍の参戦もソ連とは関係なく、中国共産党の自らの危機感から発生したものだった。必ずしも東西が一丸だったわけでなく、実際には局地的な紛争だったのだが。その当時の台湾の動きも含めて、反共という用語が叫ばれたが、必ずしもそれは共産党に対するものだけではなく、自らに不都合と思われる勢力を「異端」として排除する論理として用いられたという。リベラリスト、労働組合員、公民権運動家たちなど多種多様な人たちが標的とされていた!それが冷戦の実際の姿なのか?しかし、それは現在(2026年)の日本においても同じことが起こっているように感じる。それは戦争の前触れとしての分断化に他ならない。

Posted by ブクログ

2025/03/02

本書は、冷戦とりわけ朝鮮戦争の勃発により「現実味を帯びてきた冷戦」が1950年前後の各国で大きなバックラッシュを生んだことは、指導者や政治家の影響は限定的で実は普通の市民(草の根社会保守)が起こした現象である、という新説を唱えるもの。この説が適用されるのは第二次世界対戦において被...

本書は、冷戦とりわけ朝鮮戦争の勃発により「現実味を帯びてきた冷戦」が1950年前後の各国で大きなバックラッシュを生んだことは、指導者や政治家の影響は限定的で実は普通の市民(草の根社会保守)が起こした現象である、という新説を唱えるもの。この説が適用されるのは第二次世界対戦において被害のあった国々、具体的にはアメリカ、日本、ヨーロッパ、中国、フィリピン等になる。市民たちは「共産主義の脅威」を言い訳に、戦中台頭した女性労働者(銃後の勤労として)、異人種国民(兵士として戦った)、抑圧からの解放者(各地の元植民地原住民・農地解放された小作・社会運動家)等を押さえつける手段とした。為政者側はむしろ行き過ぎた「赤狩り」を抑制しようとすらしていた。市民にとっては実際に「共産主義の脅威」はあったにせよ、実際には戦前の伝統的保守的な生活に沿ってない者を排除する手段として「赤狩り」を行っていたというもの。 「反共」という言葉は米ソ対立から生まれたのではなく、終戦直後の黒人運動や女性運動に反対する保守の「敵の名前」として生まれた。国内の伝統や慣習を乗り越えようとする「敵」への蔑称だ。 つまり戦後アメリカ社会における「反対」運動とは「アメリカらしくない」人びとや行為を取り締まる一種の社会純化運動だ29 アメリカの朝鮮戦争参戦を希望するアメリカ国民は多数の手紙をホワイトハウスに送った。その内容は共産主義(ソ連)の脅威を訴えるとともに、動員や物価規制、そして増税にも喜んで賛成する、と書いてあった100 中国が朝鮮戦争に参戦した理由は国防やスターリンの指示などではなく、国内の世論や社会不安を退けることにあった。ここで参戦しなければ共産党統治社会は内部崩壊しかねないと懸念していた。参戦は一種「共産主義の正義」のための広報活動であった。160 20世紀中庸から現代までの政治指導者に求められるのは「自分自身の政治哲学を頑として固持するよりも、立場を柔軟に変えていくこと」。 現代の「指導者(leader)」は、自らが属する社会動静や大衆感情などを巧みに読み取る「読み手(reader)」であらねばならない162

Posted by ブクログ

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