商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2021/01/12 |
| JAN | 9784065223826 |
- 書籍
- 文庫
ヴァレリー 芸術と身体の哲学
商品が入荷した店舗:店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
ヴァレリー 芸術と身体の哲学
¥1,540
在庫あり
商品レビュー
4.5
4件のお客様レビュー
芸術と身体の関係性を深く探求する本作は、詩がどのように鑑賞者に作用し、行為を促すのかを独自の視点で解説しています。ヴァレリーの言葉を通じて、詩や芸術が持つ「装置」としての機能が明らかにされ、コミュニケーションの可能性や注意の本質についても考察が展開されます。特に、芸術における感動や営みは偶然の産物ではなく、意図的な行為であることが強調されています。著者は、これらの問いがスポーツや演劇など他のジャンルにも通じると感じており、幅広い視点からのアプローチが魅力的です。とはいえ、参照される文献の抽象度が高く感じられる部分もあり、読み進める中での理解の難しさがあるかもしれませんが、それでも非常に興味深い内容が詰まっています。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
本書は「詩」がいかにして身体(観者)に作用するかと言う事を通じて、芸術一般についての「装置としての機能」を独自の視点で解説した文章である。 ヴァレリーが語る「装置」とは、おそらく「詩」ないしは、芸術表現における表現が、鑑賞者にいかに作用するか、または作用させる効果を持てるか、と...
本書は「詩」がいかにして身体(観者)に作用するかと言う事を通じて、芸術一般についての「装置としての機能」を独自の視点で解説した文章である。 ヴァレリーが語る「装置」とは、おそらく「詩」ないしは、芸術表現における表現が、鑑賞者にいかに作用するか、または作用させる効果を持てるか、と言う問いが主な命題であっただろう。 いわゆる「芸術」と称される学問において、世間一般的な感覚からすると、かなり主観性が強く、尚且つ精神論やスピリチュアルを想起させるのではないだろうか。しかし、本書では「芸術」(詩作)というものがいかにして鑑賞者に作用し、「効果」を持っているのか、と言う事が名言されている。芸術における感動や営み、これは偶然の産物ではなく、確信犯的な諸要素における「行為」であり、決して主観的なものではないと言う事だ。 この様な問や、身体への作用などはある種のコミュニケーション論や「作者 - 作品 - 鑑賞者」という関係性を明瞭にし、芸術におけるアカデミックな働きになると感じた。また、この様な問いはジャンルを横断して、スポーツや演劇?などにも共通するのでは、と直感しています。とても面白い本でした。 補足: 一点懸念する部分があるとすれば、参照しているテキストや文献が人文学が多いのか、抽象度が高く感じる部分が散見されたのがもったいないなと感じた。私自身この本を読みかけなまま放置していたり、忘れている部分が多いので間違っている可能性もあるので、一意見として参考にしてもらえるとありがたいです。
Posted by 
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
ようやく読めた伊藤亜沙さんの著書。 1900年あたりの詩人であるポール・ヴァレリーの詩感をまとめてくれている本。人間の感覚論・身体論のような生理学みたいなところから芸術を定義して、詩学へと発展する過程がわかりやすくまとめられ、身体-芸術を繋げる1つの考え方が書かれている。 芸術を考えるスタンスとして、意味的なところからスタートせず、人間の知覚から立ち上げるところがかなり好み。 詩(芸術)とは、身体機能の散文的な繋がりに違和をきたすことによって、各部位に備わる機能を開放し、その機能自体を知覚させる。そして、その知覚により、"真の行為"を読者に促すものだと僕は受け取った。 僕は身体と芸術の関係について、これまでアフォーダンス的な、何かの行為を人間に触発する・想起させるような形状、つまり人間の行為に埋め込まれた形状を作ることによって、身体をより自由にできると考えていた。しかし、ヴァレリーの芸術感を見ると、そういった散文的な繋がりを促進させるような創作行為では、人は自身の身体知を希薄化させてしまうらしい。身体をより自由に振舞わせる方向性と身体の知覚を促す方向性はベクトルとして逆の要素があるよう。身体と芸術について考える1つの指針を手に入れた。再度読み直してまとめてみようと思う。
Posted by 
68 読者を行為させる 装置 74 ヴァレリーにとって詩とは「詩として表現された…生理学的生」 「創造的誤読=読みの複数性」は「不可避の副産物」にすぎない 109 反復や同化 「他者と同じ状態になる」という私たちの衝動が、コミュニケーションの可能性を作っているとヴァレリーは...
68 読者を行為させる 装置 74 ヴァレリーにとって詩とは「詩として表現された…生理学的生」 「創造的誤読=読みの複数性」は「不可避の副産物」にすぎない 109 反復や同化 「他者と同じ状態になる」という私たちの衝動が、コミュニケーションの可能性を作っているとヴァレリーは考えている。 130 詩をつくることは詩 169 ヴァレリーにとって注意の本質とは、注意の対象と注意のシステムの分離不可能性に、より単純に言い換えれば、注意の対象と注意する主体の分離不可能性にある。初期の『カイエ』で、ヴァレリーはこの分離不可能を「対象の受肉incarnation」と呼んでいる。 184 リズムとは、ある列の模倣可能な特性である。模倣可能であって理解可能ではない。
Posted by 
