商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 太田出版 |
| 発売年月日 | 2020/07/21 |
| JAN | 9784778317096 |
- 書籍
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相模原事件・裁判傍聴記
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相模原事件・裁判傍聴記
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商品レビュー
3.8
11件のお客様レビュー
衝撃的な事件をテーマにしたこの書籍は、加害者の心理や背景に迫る内容が特徴です。著者の分析や感情に共感する読者が多く、緻密にまとめられた文章が読みやすさを生み出しています。裁判傍聴記として、事件の詳細が描かれつつも、無駄が省かれ、視覚的にその場の様子を感じ取れるよう工夫されています。
また、事件を通じて障碍者支援や福祉施設の問題についても考えさせられる点が印象的です。読者からは、加害者の生育歴や社会的背景に関する情報がもう少し欲しいとの声もあり、さらなる深掘りが期待されています。全体として、社会的な問題に対する鋭い視点と、感情的な共鳴が詰まった一冊です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
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※このレビューにはネタバレを含みます
植松被告の動機の薄っぺらさに力が抜けましたが、同時にこの事件の難しさを感じました。事件当初から植松被告の「コミュニケーションの取れない重度障碍者を生かすことは税金の無駄」といった主張に私は真っ向から否定できませんでした。だったら生活保護もそうだろうと思うものの、その返答は無駄であることを認めてしまう、同意したくはないのに、適切なことばが分からない。最後の対談に「障碍者がいるから未来の支援が進歩する」とあり、その回答だけではすっきりはしませんが、考えの一つとして覚えておきたいと思います。
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随分前に買ったものの、怖くてなかなか読めなかった本。読み始めたら止まらなくて1日で読了。 「障害者はいらない」と言って憚らず、実際に45人を襲い19人もの命を奪うという大事件を起こした植松聖という男。障害者のために莫大な国のお金が使われていて、それにより不幸になっている人がたく...
随分前に買ったものの、怖くてなかなか読めなかった本。読み始めたら止まらなくて1日で読了。 「障害者はいらない」と言って憚らず、実際に45人を襲い19人もの命を奪うという大事件を起こした植松聖という男。障害者のために莫大な国のお金が使われていて、それにより不幸になっている人がたくさんいる、というのが彼の言い分だ。 彼のやったこと、彼の言っていることを否定しきれない部分もあるんじゃないかという論調が、世の中に少なからずあるということは知っていた。この本を読むまで、彼の言い分に「そうかも?」と思わされてしまわないか不安だった。著者もそのことを心配しており、植松のスピーカーになってしまわないように注意を払いたいと書いていた。 しかし傍聴記を読む限り、普通に頭のオカシイ人じゃん、という感想を持った。言っていることは支離滅裂で、すごく思い込みが激しくて稚拙な印象。イルミナティカードに真実が書いてあるとか、自分は救世主だとか、字面で読むと完全にオカシイんだけど、面会した印象は病的ではないらしい。根っからの悪人とかサイコパスっていう感じでもない。深さや闇、底知れなさのようなものは感じない。あまり頭が良さそうではない。環境が違ったらこんな犯罪に手を染めることもなかったんだろうか… 彼の言い分にしても、実際の日本の障害福祉予算の割合は先進国の中でも極めて低いというのは常識だそうで、かつそのお金の大部分は健常者の給料として支払われ、一部は税金として収められているため、障害者の存在が雇用を生み人々を幸せにしているとも言える。ただ、面会でこのような彼にとっての「不都合な事実」を伝えると、彼は心のシャッターを降ろすらしい。 危険ドラッグや大麻を長年常習していて、もともとは普通の人だったのに、事件の2年前ぐらいから急におかしくなっていったというのが弁護側が想定していたシナリオのようだが、既に小学生のときには「障害者はいらない」という作文を書いていたということが裁判中に明らかになったという。こうした彼の生育歴にまつわることは、事件の解明に最重要だと思われるが、彼の両親についての質問はタブーとされ、幼少時代や家族との関わりについて掘り下げられないまま裁判は終わってしまった。 植松が元々やまゆり園で働いていたことや、犯行前に衆議院議長宛に犯行予告の手紙を渡して、措置入院させられていたことは知らなかった。なぜそこまでヤバい人物ということがわかっていたのに、事件を防げなかったんだろう。そうした部分にも反省はありそうだ。 この犯罪を生んだ背景には、この社会に蔓延する「役に立たなければ生きる価値がない」という強迫観念があるのではないかと筆者は言う。そんな今だからこそ、「どんな人だって価値がある」といったタテマエやキレイゴトを復権させていかなければならない、と。そして今まさに、高額医療費制度の限度額の引き上げが強行され、「命の選別」に近いことが行われようとしている。「貧乏人にだって生きる権利はある!」とばかりに断固抗っていかなければならない。「無条件の生存の肯定」とは良い言葉だと思う。ただそんなことは当たり前なのだ。揺らいではならない。
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読んでいて気持ちが良いものではなかった。今年からノンフィクションの事件レポを読むようになり、自分がいかに狭い世界で生きてきたのかを痛感した。到底理解し得ない思考を持つ人たちが存在しているし、その人たちも行きにくさを感じている。 当時のこの事件のニュースを見た私は、ショックと同時に時代が変わってしまったなと感じた。重度障害者施設で働いた事があるからである。介護の理想と現実を少しは理解しているし、綺麗事だけではやっていけない。毎週面会にくる家族もいるし、苦渋の選択で施設入所を選択した人もいる。一方で全く面会に来ない家族もいるし、本人の暴力に苦しんで施設入所を望んだ人もいる。施設入所させて、本人の存在を無かった事にさせる人もいる。 「いない方がいい」と考えるまでは自由だ。でも、それを発言したり、ましてや行動に移すとなると話は違ってくる。植松死刑囚は、相手がどう感じるかを理解する能力が乏しい。ひとつ、尾野剛志さんとの会話が印象的だった。 植松死刑囚に謝罪を要求したら、「最初に会った記者にすでに謝罪はしている。記事になってると思います。」と。 自分の発言が相手にとってどのように捉えられるかの想像ができていない。これからの世界は、このような人がどんどん増えてくるんだと思う。
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