商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 白水社 |
発売年月日 | 2020/01/21 |
JAN | 9784560072288 |
- 書籍
- 新書
旅に出る時ほほえみを
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旅に出る時ほほえみを
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これはおとぎ話だ。 ”人間”は怪獣を作った。その骨格は、高飽和磁気を帯びて永久透磁性を持ち耐熱性の高い合金でできている。血液のような金属パイプには明るい緑の液体が流れ、生命活動を維持するためには生肉を餌にする必要がある。この怪物は地下の奥底を歩き回るために造られたのだ。 設計家...
これはおとぎ話だ。 ”人間”は怪獣を作った。その骨格は、高飽和磁気を帯びて永久透磁性を持ち耐熱性の高い合金でできている。血液のような金属パイプには明るい緑の液体が流れ、生命活動を維持するためには生肉を餌にする必要がある。この怪物は地下の奥底を歩き回るために造られたのだ。 設計家の”人間”は、怪物の運転室に乗り極限深度沈下を試行し、人間の声を出せる怪獣と話をする。「貫入地層かな?」無表情で金属音を帯びてゆっくりとした声音で怪獣は答える。「斑糲岩(はんれいがん)だ」 地下に潜った時に怪獣が動けなくなると、”人間”は迷わず自分の腕を切り落として与える。 怪獣製造者である”人間”は、国民から、そして首相からも称賛された。 ”人間”の一番弟子の”見習工”は、”人間”の工作所で怪獣を磨き、調整し、餌を与える。 怪獣は”見習工”の口ずさむ歌を覚えた。 旅に出るとき ほほえみを あんまり背嚢につめるなよ 一日 二日や 三日じゃない 二度と帰らぬ旅だもの 工作所に新しく若い女性のルサールカが加わる。生きることに対して真面目すぎる考えを持ち、繊細で、人間と一緒だと恐ろしく感じる彼女は、合金で言葉を喋り生肉を餌とする怪獣と一緒だと安心する。 その頃、国内では労働者ストライキが発生していた。首相はストライキを禁じて力付くで抑える法案を押し通す。多くの武力鎮圧、多くの逮捕者、多くの処刑が行われてゆく。 その首相が”人間”の発明に興味を持っているという。地上ではあらゆる場所には所有者がいて、地上で戦う方法は出尽くされた。だが地下は自由自在だ。侵入することも、爆発物を仕掛けることも。さらに”人間”の工作所では爆発物も所有している。 ”人間”は、科学芸術院の委員だった。そして科学芸術院のメンバーは、そんな首相を芸術院に招く、つまりその独裁権力の側に着く決議を通そうとする。 ”人間”と同じように争いを求めない友人たちも、社会情勢に逆らう事はできない。決議の場では委員達が次々と「賛成です」という宣言をする。”人間”も同じ言葉を言おうとした。だが口をついて出たのは、その場で唯一の「不賛成です」だった。 その否決により”人間”は職を追われ、中傷され、裁判にかけられる。 だからいうではないか。<最初の心の動きに身を委ねるな。それは、高潔なものに決まっているんだ。P142>って。 ”人間”は、逮捕される前に怪獣が恐ろしいことに使われないように手を打っていた。それが首相側に知られたのは、”人間”が「忘却の刑」として名前を抹殺されて国外追放になったあとだった。言葉を喋れる機械である怪獣は、首相に問われればそれを答えてしまう。だから”人間”は、機械である怪獣に嘘をつくことを習得させていたのだ。 名前も故郷も、怪獣制作者の事実も消された”人間”は、どこかの国を彷徨っている。密かに持ち出した唯一のものは、怪獣の運転席にあった小さな鏡だ。その鏡を覗くと怪獣が見えた。 ”人間”の最後の仕掛けにより、怪獣は武器としては使用されていないようだ。怪獣はゆっくりした金属製の声で”人間”に答える。「今は、どこにいるんだ。こっちは心配ない」 だが漏れ伝わる祖国の情況は厳しくなるばかりだ。 ”見習工”の弟はデモに参加し逮捕されている。”見習工”も工作所を追われた。科学芸術院委員も、地位を追われたり、ある日消え去ったりしている。 ”人間”が故郷を離れるにつれて、鏡も怪獣を映さなくなってゆく。「こっちは、心配ない。今どこにいるんだ。場所を教えてくれたら、”見習工”とルサールカを連れてそっちに行く。」本当にそうなればどんなにいいだろう。 「歌を聞かせてくれ。元気になる歌だ」 怪獣のかすかな歌が鏡から聞こえる。 旅に出るとき ほほえみを === 自分が作ったものが、使い方によっては恐ろしい武器になる。国ではその武器を欲しがる権力者の地位は揺るぎない。 ではどうするのか。 正面切って逆らえば自分は殺されて武器を奪われるだけ。 自分が武器を制御するために権力側についても、近い内にその武器を奪われ自分は追い出されるだろう。 では去るか。それなら去る前に、武器として使われないように、できれば自分もあまり酷い死に方をしないようにできる方法はあるか。 ”人間”はなんとか最後の方法を実行できた。 追放された”人間”はある時やはり追放者に出会い道連れとなる。名前も、過去も、持っていた全てを剥奪された人たちがただ彷徨う。 怪獣は、以前は「自分は機械だから嘘がつけない」と言っていたのだが、嘘を習得し、武器にならないためみんなから見捨てられ、孤独でいる間に”人間”たちへの情が育まれている。 物悲しさの感じる終わりだが、"人間"はまだ世界とかろうじて繋がっている。
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ソ連の作家によるファンタジー・プラス・ロジック。 ディストピアSFに分類されるのでしょうか…? 1978年にサンリオSF文庫から出版されたものを復刊したとのこと、なるほど、いま刊行しようと企画された意図をつい考えてしまいます。 地中深く潜れる怪獣を作り出した科学者の《人間》は、自身の信条に背くことができず、独裁者から国外追放と国民からの忘却を言い渡されて東を目指します。 資本主義への批判と共産主義の理想化だろうか、怪獣は核のメタファーのようだからゴジラ的だなあ…と興味深く読みました。 川端康雄さんの「ディストピアによってしか語り得ない希望」という言葉を、ふと思い出しました。
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サンリオSF文庫の復刊。 全く何も知らなくて、SF界隈でちょっと話題になっていたので買ったのだが、非常にユニークなSFだった。こういうものも出していたのだから、サンリオSF文庫に根強いファンが多いのも頷ける。
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