商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 作品社 |
発売年月日 | 2019/03/20 |
JAN | 9784861827297 |
- 書籍
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黒人小屋通り
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黒人小屋通り
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商品レビュー
3.3
4件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
ポッドキャスト番組『翻訳文学試食会』の2025年一回目の放送で取り上げられた本作。 主人公のジョゼ・アッサンは、カリブ海に浮かぶフランスの海外県の一つマルチニック島で生まれた黒人である。育ての親は祖母のマン・ティヌ。毎日日が暮れるまでサトウキビのプランテーションで働く、きれい好きの祖母である。 ”みんな帽子もかぶらず、羊の毛みたいな神は太陽で赤く焼けて、鼻からはナメクジを下げたみたいに緑がかった鼻水を垂らしている。膝の裏は庭話鳥の葦みたいにうろこ状になって、石みたいな色をした足は、砂ノミに刺された親指が前に飛び出ている。”(p.13) 生まれた時からジョゼの周りにあったのは、絶対的な貧困と人種差別の高い壁。住まいのある黒人小屋通りの住人は、どれほど働いても、いや、何度生まれ変わっても、中間管理職的存在のムラートと呼ばれる白人と黒人の混血人種や現地生まれの地主の白人に届くことはない。ここの住人は毎日の生活が精一杯で、多くがその壁の存在に気づきながらも、現状を受け入れるしかない状況だった。 しかしマン・ティヌだけは、孫をこの貧困から抜け出させようと地道な努力を続け、実際にそのとおり、ジョセは島で初等教育を、そしてフランス本土で高等教育を受ける。 本作は著者の自伝的小説ということもあって、想像すらできない絶対貧困の状況から這い上がった立志伝中の人物であるが、時々に与えられるチャンスを、前向きなだけでとらえている訳ではない。黒人小屋通りを離れ、小学校に通うことになった時も、最初の頃は、元のサトウキビ畑を懐かしんでいたし、フランスで高等教育を受けた時も、親からの期待に全面的にこたえるために勉学にいそしんだかといえば、そうでもなかったりする。フランスで勉強中に祖母が死んだときには大いに悲しんだものの、かといってサトウキビ畑(での生活)には戻れないともいう。しかし、そのあたりの心の成長の複雑な過程が、読むもの共感を生む要因となっている。節々に、「あ、私も同じような思いにかられたことがあった」という瞬間があるのだ。 本作品はこのような一人の男の成長譚であることは間違いないが、もちろん重要なテーマは人種差別である。訳者あとがきが補助線以上の役割を果たしていて、まず改めて、イギリスやフランス等、他の国に先駆けて工業化した国々のその発展が、いかにアフリカや南米の社会のポテンシャルを食い尽くした上に成立しているかが理解できる。そして植民地化の過程で生み出された黒人差別は、単に血筋の「生物学的人種」ではなく、外見上の形質で美醜を判断される社会的人種に基づくものだという説明が続く。 作品中にも新たに現れる登場人物の容姿(肌の色、髪の毛の質、唇の形、身なり等)が事細かに描写されたりされなかったりするが、これは「自分より黒いかそうでないか」が、その人物の相対的な地位を定め、それによってその人物との付き合い方の大部分が決まってくるという。描写がなされないのは、相手が自分と大体同じぐらいの地位にあることの表れなのだという。 黒人といえばなんとなく十把一絡げにしてしまいがちだが、実態はもちろんそうではなく、様々な考えを持つ人がいるし、そのことは作中でも描かれている。白人に媚びへつらうことで自分や家族を護ろうとする者もいれば、自分より肌が黒い人を虐げる人もいるし、与えられた状況を無条件に受け入れる人もいる。主人公のジョゼは、そのどの立場に対しても嫌悪感を示さず、今を生きる同胞に対して静かな賛意を送る。 物語はジョゼと白人の雇われドライバーをしているカルメン、そして旧友であり今は白人の家でボーイをしているジョジョの3人が、マン・ティヌの死に悲しむジョゼのもとに毎晩集まり、何かを語ろうとする場面で終わる。”でも何の話をしたらいいのか。(中略)この時一番したいと思った話は、カルメンやジョジョがしたいと思っていたものとまったく同じだった。それは、目や耳をふさぐ人たちに向け、声を大にして言わなければならない話だ。”(p.264)
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最初は黒人の生活を描いていたが、主人公がリセに通うようになるとなぜ、黒人たちはひどい生活をしているのか、おばあちゃんが亡くなったことからもよりいっそう感じさせる。黒人の中でもプランテーションで働くのが普通であったり、ベケに従うことに何も感じない、洗脳されているような環境に徐々に疑...
最初は黒人の生活を描いていたが、主人公がリセに通うようになるとなぜ、黒人たちはひどい生活をしているのか、おばあちゃんが亡くなったことからもよりいっそう感じさせる。黒人の中でもプランテーションで働くのが普通であったり、ベケに従うことに何も感じない、洗脳されているような環境に徐々に疑問を感じていく。環境が変わることで外から自分の世界を見つめることができたからこそ思えたことで、今でも同じようなことが起こっているのではないだろうか。
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訳のせいかなー。1950年代に書かれた感じがしなくて、最近の本なのかと思った。マルチニック諸島生まれの作者の自伝的な話。多分10代の始めから終わり位までゆるゆると書かれる。青春時代なのに異性の話題いっさい無いんだ。不思議。もっと濃厚に人種差別の表現や、自分のアイデンティティを問う...
訳のせいかなー。1950年代に書かれた感じがしなくて、最近の本なのかと思った。マルチニック諸島生まれの作者の自伝的な話。多分10代の始めから終わり位までゆるゆると書かれる。青春時代なのに異性の話題いっさい無いんだ。不思議。もっと濃厚に人種差別の表現や、自分のアイデンティティを問うような、息苦しい本なのかと思ったら、ちっとも。婆ちゃんと母ちゃんが身を粉にして働き、なんとか子供に学を付けさせたい。けど、あんまり本人はがつがつしてない。自然や、地名の表記も少なく、とても読みやすい、優等生の本でした。
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