商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 書肆侃侃房 |
発売年月日 | 2016/07/01 |
JAN | 9784863852273 |
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炭坑の絵師 山本作兵衛
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炭坑の絵師 山本作兵衛
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2011年5月、1つのニュースが日本を驚かせた。 炭坑を描いた無名の画家の「記録画」が、ユネスコの「世界記憶遺産(現:世界の記憶(*))」に認定されたというのである。 快挙ではあったが、それ以前に、大半の人にとっては、「『記録画』って何? 『世界記憶遺産』って何だったっけ?」とい...
2011年5月、1つのニュースが日本を驚かせた。 炭坑を描いた無名の画家の「記録画」が、ユネスコの「世界記憶遺産(現:世界の記憶(*))」に認定されたというのである。 快挙ではあったが、それ以前に、大半の人にとっては、「『記録画』って何? 『世界記憶遺産』って何だったっけ?」という当惑の方が大きかったのではないだろうか。 当時、日本では「世界記憶遺産」に対する関心自体、さほど高くなかった。ベートーベンの譜面やグーテンベルク聖書、アンネの日記が登録されたという話題が多少耳目を集めていた程度だったろう。 さらにはこの「山本作兵衛」なる人物は何者なのか? そんな画家がいたとは聞いたことがない。それもそのはず、作兵衛は職業的な画家ではなかったのだ。注目された絵は、筑豊の炭坑夫として働き、地の底で汗を流し続けた男が、後年、往時の記憶を元に描いたものだったのである。 貧しく、働きづめで、絵を習うことなど夢のまた夢だった作兵衛だが、絵を描くことは幼少時から好きだった。時は移り、かつて繁栄を誇った炭坑は次々と閉鎖されていった。そんな中、老境に至り、幾分暮らしにゆとりが出来た作兵衛は、炭坑の暮らしを孫に伝えたいと日々絵筆を握り始めた。彼にはもう1つ、並外れた記憶力という強みがあった。何者かに突き動かされるように、坑内の作業の様子、坑夫や家族たちの暮らし、喧嘩、伝説など、往時を偲ばせる千を超える絵を描き進めた。 どちらかというと朴訥な印象を与える絵だが、綿密で独特の画風である。ここに自筆の説明書きが添えられ、作兵衛が目したとおり、「おじいちゃんが孫に昔の暮らしを伝える」趣きである。だが、通り一遍でない詳細さが、凄みのある迫力を生んでいる。 作兵衛翁は、記憶遺産に登録されるより前、1984年12月に92歳で大往生を遂げている。 本書は、生前の作兵衛を知り、親しく酒を酌み交わしたこともある著者が、作兵衛の一生を追い、記憶遺産に登録される背景も語る1冊である。 表紙の写真がよい。作兵衛の飾らない人柄と酒好きな一面が感じられる。 幼い頃から苦労を重ね、小さな炭坑で汗水垂らして働いた。地の底で、危険と隣り合わせの日々。長寿を全うできたのは、おそらくは慎重な性格と適確な判断力の賜物なのだろう。 ススまみれで働いた坑夫たちの思いをすべて背負うように、今はない炭坑の暮らしを描き尽くした後半生。 記憶遺産として登録されたのは、作兵衛の絵に魅入られた人々の尽力が大きい。学者・画家・作家。さまざまな人が作兵衛を支援し、本を出版し、画展を開き、人々に無名の画家の「記録画」を紹介した。さほど遠くない過去の炭坑の暮らしは、多くの人の胸を打った。 記憶遺産への登録が決まったのは、ふとしたきっかけからであった。作兵衛の地元、田川市は、当初、九州・山口の他市とともに、近代産業遺産群として、世界遺産への登録を目指していた。だが、田川の遺跡は残存状況が思わしくなく、この対象からは外された。しかしその過程で、「もしかしたら作兵衛の絵画は記憶遺産でいけるかもしれない」と海外委員会からの意見が出た。作兵衛が描いたのは筑豊の炭坑だが、しかし、世界各地の同様の炭坑で働いていた人々の肖像とも重なる。これは人類の記憶の遺産といえるものだ。 その後、やはり作兵衛の絵に心打たれた人が申請に尽力する。結果、登録までこぎ着けた。それまでの支援者の活動が花開いた形となった。 本書は、作兵衛や取り巻く人々の人柄にも迫る裏話も多く、作兵衛本人を知る著者ならではのものだろう。 ただ惜しむらくは、作兵衛の絵自体はそれほど多くは収録されていない。 作兵衛作品についてより知りたい向きは、別途、画文集(『新装版 画文集 炭鉱に生きる 地の底の人生記録』など)や実物を鑑賞する必要があるだろう。 作兵衛の絵をもっと見てみたい。そう思わせる1冊である。
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